翻訳家・柴田元幸が挑む「広告なしで赤字が出ない雑誌」づくり
出版業界の最重要人物にフォーカスする「ベストセラーズインタビュー」。
2009年にスタートしたこの企画も、今回で100回目です。
節目となる第100回のゲストは、アメリカ文学研究者であり翻訳家の柴田元幸さんが登場してくれました。柴田さんといえば、翻訳書だけでなく自身が編集長を務める文芸誌「MONKEY」でも知られています。
今回はその「MONKEY」のお話を軸に、お仕事である翻訳について、そして研究対象であるアメリカ文学についてお話を伺いました。(インタビュー・記事/山田洋介)
■「MONKEY」創刊は「魔が差した」
――まず、柴田さんが「責任編集」として携わっている文芸雑誌「MONKEY」についてお話をうかがいたいと思います。長く翻訳家として活動されている柴田さんが雑誌制作に関わったきっかけはどんなことだったのでしょうか。
柴田:知人に「やりましょー」と言われて、勢いで始めました。郷雅之さんという、以前みすず書房にいたフリーの編集者が言い出しっぺです。
――文芸雑誌の売り上げが良くないと言われて久しいなかで、新しいものを始めるというのは勇気のいることだと思います。
柴田:「なぜ始めるのか」とかそんなにちゃんと考えたわけじゃないです。文壇だとか文芸誌に不満があったわけではないし、「文芸誌はかくあるべき」という考えがあったわけでもありません。
ただ、アメリカの文芸誌を見ていると、日本より自由というか、インディーズなんですよね。日本だと大抵が月刊で、大手出版社から出ていますから、年に12回きちんとしたものを出さないといけない。考えてみるとこれってかなり過酷な条件ですよね。
こういうのを「本物の文芸誌」だとして、それとは違った何かおもしろい「偽文芸誌」ができないかと夢想したことはありましたし、やるなら既存の雑誌と同じことをやっても仕方ないとは思っていました。まあ、魔が差したとしか言いようがない(笑)。
――「責任編集」の中身が気になります。企画やコンセプト作り、掲載作品の翻訳以外にはどんなことをされているんですか?
柴田:この雑誌での僕の一番大きな仕事は、校正・校閲です。
――えっ、それは意外です。
柴田:専門に校正をする人がいないので僕がやっています。「この行、一文字増やす」とか「ここは半角でなく全角に」といった指示を、気合い入れて出してます。
たとえば「揃う」という字の作りの「月」の部分は、横棒はまっすぐではなくて、左上から右下に向かって斜めに垂れています。そういうところがきちんとしているかどうかで僕自身まっとうな出版社かどうか判断しますし。だからたまに誤植が出てしまうとすごくくやしい。
――「MONKEY vol.14 絵が大事」の号でも、最新号の「MONKEY vol.15 アメリカ短篇小説の黄金時代」でも、ご自身でかなりの量を訳されていますよね。それに加えて校正・校閲もするとは……。
柴田:自分で翻訳をやってるのは単にお金がないからですね。「広告0で赤字の出ない文芸誌を出す」が大前提なので。
――それはものすごく難しいことですね。
柴田:日本に限らず、他の国でも文芸誌で元がとれるなんて普通はありえないです。だからできるだけお金をかけずに作るわけですが、編集長が自分で古典を訳せば版権料も翻訳料もかかりません。これが一番、ページ単価が安い。なんだかお金の話ばかりですが(笑)。
でも、自分で翻訳をやるのは精神衛生的にもいいんですよ。
――他人の翻訳には口を出したくなったりしますか?
柴田:口を出したくなりますし、逆に「でも僕がここまで口出しすべきじゃないよな」と考えてしまったりもするしね。そうやってあれこれ考えるより、自分で好きにやった方が気持ちいいです。時間はかかりますけど。
――毎号組む特集の内容はどのように決まっていくのでしょうか?
柴田:そこは雑誌づくりのセンスがいるので、編集会議をやって皆で決めています。スイッチ・パブリッシングの新井敏記社長とデザイナーの宮古美智代さん、あとスタッフ2人と僕の5人で編集会議をやって、そこでできるだけ民主的に決めているつもりです。そこで特集のタイトルが決まると、その号の全体像が見えてきますね。
――前号の「絵が大事」という特集の中では、ジェシ・ボールとブライアン・エヴンソンのセッションにリリ・カレの画が入った「ヘンリー・キングのさまざまな死」に惹かれました。こうしたセッションのセッティングなどもされているんですか?
柴田:あれはできあがったものがあって、それを僕が訳して掲載しています。エヴンソンは僕が前から訳している作家で、ものすごく売れているというわけではないから、自分が書いているものを気軽に送ってくれるんです。「ヘンリー・キングのさまざまな死」も、アメリカでの出版社が見つかる前にPDFを送ってくれましたから、イベントなどでスクリーンに映して朗読したりしていました。
――エヴンソンは柴田さんの訳で馴染みがあるせいか、アメリカの有名作家だと思っていました。
柴田:いわゆる「ライターズ・ライター」です。好きな人は熱烈に好きだけど、ちょっと本を読むくらいの層は知らないと思います。
ミネソタに「コーヒーハウス・プレス」というノンプロフィットの出版社がエヴンソンの本を多く出しているんですけど、そこが抱えている作家はすごくいい人がたくさんいます。レアード・ハントとか、カレン・テイ・ヤマシタとか。
――日本では馴染みがありませんが、非営利の出版社というのがあるんですね。
柴田:そうなんです。そういうところはたぶん、営利の出版社よりも採算を気にしなくていい。それにしてもよくやってるなと思います。地元の人もそういう出版社を誇りに思っていて、寄付がよく集まるみたいです。
――すごくいい関係です。
柴田:日本でも最近、クラウドファンディングで一般の人から出資を募ることがありますが、ああいうことがもっと楽にやれる体制があるんです。制度が整っていて税金の控除対象も広いので、寄付もしやすいですよね。
1990年代にスチュアート・ダイベックに会いに行った時、一緒に食事をしていたところへ「TriQuarterly」という文芸雑誌の編集者が来て挨拶をしていったんですけど、その後でダイベックが「ああいう編集者の仕事の三分の一は寄付集めだよ」と言っていました。
そうやって資金捻出に苦労しているので、文芸出版社も寄付を活用しているんだと思います。フランシス・コッポラがお金を出している「Zoetrope」のようにスポンサーがついてるのが一番楽でやりやすいんでしょうけど。
第二回 ■「誰もが高度なことをやっていた時代」1950年代アメリカ文学の凄み につづく
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