会社の飲み会は「百害あって一利なし」なんです。──「小さなエビ工場」に大逆転をもたらした“会社のルール”とは(第3回)

会社の飲み会は「百害あって一利なし」なんです。──「小さなエビ工場」に大逆転をもたらした“会社のルール”とは(第3回)

「働きたい日に、働きたい時間だけ働く」「何時に出勤、退勤してもOK」「無断欠勤OK。事前連絡はしてはいけない」「嫌いな作業をやるのも禁止」

この自由すぎるルールを導入したパプアニューギニア海産の工場長・武藤北斗さんにインタビューする連載企画。第3回となる今回はこのようなルールを導入した土台となっている経営哲学、自らに課しているルール、そして自社で運用している独特なルールは他社でも導入可能か、などについてうかがいました。

プロフィール

武藤 北斗(むとう・ほくと)

1975年、福岡県北九州市生まれ。水産加工会社「パプアニューギニア海産」工場長。芝浦工業大学金属工学科を卒業後、築地市場の荷受け業務を経て、父親が経営するパプアニューギニア海産に就職。2011年の東日本大震災で石巻にあった会社が津波により流され、福島第一原発事故の影響もあり、1週間の自宅避難生活を経て大阪へ移住。現在は大阪府茨木市の中央卸売市場内で会社の再建中。好きな時に働ける「フリースケジュール制」や「嫌いな作業はやってはいけない」などの独自の社内ルールを導入。2016年、武藤さんが朝日新聞に投書した自社の働き方に関する記事が掲載されるとtwitterで大きな話題となり注目される。著書に『生きる職場 小さなエビ工場の人を縛らない働き方』(イースト・プレス)がある。3児の父。

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争いをなくせばすべてはついてくる

──会社を経営する上で一番重要視していることは何ですか?

これまでいろいろな改革をやってきましたが、僕の至上目的は、パートさんの間で怒り、憎しみ、妬み、嫉みなどのマイナスの感情を発生させないことによって、極力職場内で争いの種をなくすということに尽きます。それさえ考えていけばあとは全部ついてくる。職場の問題が解決して、その上、効率も品質も上がり、人件費も削減でき、最終的に業績が上がるんです。

これを逆にして「ついてくるもの」を目的にしてはダメなんですよ。だから僕は工場の効率や収益をあんまり追い求めません。本当は会社としてはそれを追い求めないといけないんでしょうけど、それが至上目的になると逆の方向に行っちゃう気がするんですよ。従業員を信用しないで必要以上に縛ったり、ああしろこうしろと上から命令ばかりすると、従業員同士や会社側と従業員側で争いが起こって、効率も悪くなり、最終的に業績も落ちるんです。

だから、その順番を間違えないことが重要で、争わないことを一番にもってくるということが僕の中で揺るぎない大きな指針なんです。

──一般的な多くの会社ではまず業績目標ありきじゃないですか。今期はいくらとか前年比何%アップという経営目標を立てて、それを達成するためにどういう戦略を立てて、どういう戦術を実行するかを上意下達して、社員の尻を叩きます。それとは真逆の考え方ですよね。

そうですね。売上目標って、高ければ高いほどいいに決まってるじゃないですか。それをわざわざ計算したり比較したりするのは時間の無駄だと思いますね。

──売上げや利益の数字の目標も立てないのですか?

立てないです。従業員に言うのは「みんなで頑張って前年よりだいたいまあ1割くらい増えればいいよね」というくらいの大雑把なものです。とはいえもちろん僕の中での数字は最低限はありますよ。何しろ莫大な二重債務を抱えているので、例えば「月にこのくらいの売り上げがあれば銀行にこのくらい返済ができるな」ということはもちろん考えています。でもそれは僕が考えているだけで十分で、パートさんに言ったってしょうがない。それはパートさんの問題ではない。それでプレッシャーを与えて働いてもらうのも逆効果だと思うんですよ。だから数字を全く無視してるわけじゃないし大事だし、いろんな計算もするんですが、それは僕や社員の仕事なんです。

だからパートさんに対してもっとスピードアップしろとか効率を上げろということも一切言いません。一生懸命頑張っていれば個人の結果なんかどうでもいいと思うんですよ。

一生懸命頑張っていればそれでいい

▲工場内でエビの皮むきを行うパートさんたち。武藤さんは多少のスピードの差など気にしないという(写真提供:パプアニューギニア海産)

──一般的には、仕事でお金をもらうプロなら結果が第一で、「一生懸命頑張った」ということになど何の価値もないという言説が多いですよね。

一生懸命頑張っているのに遅い人に「もっと早くしろ!」とどんなにプレッシャーをかけたとしても、本来の意味でのスピードアップにはならないと思うんですよね。確かに威圧されてる時だけはスピードアップするかもしれないけれど、威圧する人がいなくなった瞬間にだらけたり、焦るあまりに品質がボロボロになったりするでしょう。そもそも個人の作業スピードが少しばかり遅いことなんて、全体の業績にはほとんど影響しませんよ。

だから一生懸命やっているならば個人のスピードなんてどうでもいい。例えばエビの殻を剥くことだけを見てあの人は遅いからダメという評価を下すんじゃなくて、あの人はエビの殻剥きは遅いけど、職場にいるだけで雰囲気がよくなる。そのおかげで全体の作業効率が上がるからいい。こんなふうに短所だけ見るんじゃなくて、みんなのいいところを見ていこうよ、そうすれば1つの作業のスピードに目くじらを立てる必要はないんじゃない? ってことです。人間の多様性を認め合うってことですかね。みんなそれぞれいいところと悪いところがあって、その人なりの考え方や能力、得意、不得意もあるんだから、それを認め合おうよということです。

単なるきれい事のように聞こえるかもしれませんが、実際にこうした方が会社全体の業績が伸びるんですよね。その事実、結果がすべてを物語っていると思います。

自分で争いの種をまかないように

──職場で争いを起こさないことを至上目的としているということですが、そのために心掛けていることは他にありますか?

とにかくパートさんたちとコミュニケーションを密に取ることです。事あるごとに、「問題はない?」「困ってることはない?」と常にパートさんに聞いているし、僕も本音を話すようにしています。変にカマをかけたりせずに、パートさんが出してくれた意見に対して僕なりの真摯な答えを絶対に返すように心掛けています。何らかの答えを出さないとみんなも意見を出したのに何だよとなるだろうし、意見を放置してるとその後意見が出てこなくなるので、そこは大事にしてますね。これは僕が工場長になった2013年から今まで継続しています。直接話す機会を頻繁に設けることでお互いの信頼関係を構築できることはもちろん、争いの種を早期に発見でき、その芽を摘むことができますから。

それと、自分で争いの種を生まないように、すごく気を配っています。そのために、すべてのパートさんと同じ距離を保って、公平に接するように心掛けています。例えば忙しい年末に多く出勤してくれたパートさんに対して、「本当にありがとうございました。あなたのおかげで助かりました」と必要以上に感謝したり、個別に報酬を出したりはしません。出勤できなかった人が暗に責められてると感じるかもしれないからです。ですので、「僕としては出勤してくれるとうれしいのですが、出勤できない人にはその事情があるんだから出勤できない人が悪いわけではありません。今だけを見るんじゃなくて、長い目でみんなで一緒に気持ちよく働くためにどうするかを考えましょう。お互いに助け合っていこうという気持ちを大事にしましょう」とパートさんたちにミーティングでいつも言っています。とにかく争わないように、長い目で見ようということを心掛けています。

でももちろん、困っている時に助けてもらったパートさんにはお礼をしたいという気持ちもあります。それで、以前、本当に人手が足りなくてやばい状況になった時は1か月だけ限定で時給を上げました。その時、時給アップしたのは出勤してくれた人だけじゃなくて、出勤しなかった人の時給も上げたんです。こうすることによって多く出勤した人はより多く稼げるし、出勤しない人も少し得をする。このように、なるべくパートさんの間で不平不満が生まれないようにしているんです。それに、会社にとってもプラスなんですよ。繁忙期に短期で未経験者を募集するよりも、時給を少し上げてでも今働いているパートさんが来てくれた方が作業の流れがわかってるし、効率もいいので。

飲み会や忘年会は百害あって一利なし

──武藤さんがパートさんとの接し方で特に気をつけている点は?

パートさんに対しては敬語で、名字プラスさん付けで話すようにしています。すべてのパートさんと一定の距離を保ち、あんまり親しくしない、仲良くならないように気をつけています。

──なぜそこまで徹底するのですか?

“なあなあ”になるのが嫌なんです。「さん付け」と同じで、女性ばかりの職場で特定のパートさんと“なあなあ”になった瞬間に、あの人のことが好きなんじゃないかとか、えこひいきしてるんじゃないかという嫌悪感や疑惑が出てきやすい。それは争いの元になる。そうならないように全員に対して同じように一線を引いて、淡々と接するようにしているんです。

──そうはいっても人間だから相性もありますよね。

もちろんです。16人もいれば性格的に合う人と合わない人は絶対出てきます。だけど、それでも、だからこそ、淡々と仲良くならない努力をしなければならないんです。そのために、お昼ごはんも一緒に食べないし、飲み会も忘年会も新年会も一切やりません。それらは百害あって一利なしだと思います。普段もパートさんたちの休憩室にも行かないし、輪に入るようなことは一切しません。とにかく仕事以外のことは話さない。そこは徹底してますね。僕はそういう人なんだとみんな思ってるし、そのくらいの方がいいと思います。

──部下と信頼関係を築くためにコミュケーションを取らなければと思って、食事や飲みに誘う上司や経営者も多いですよね。それとも真逆ですね。

特にパートさんたちは自分の生活を大事にして、都合よく淡々と会社で働けることがベストだと思ってるはずなんですよ。僕と仲良くしたり親しく話したり飲みに行ったりすることなんかは全く求めていない。そんなことよりも淡々と働ける職場を作ることの方がよっぽど気に入ってくれると思うので、ただそれをやってるだけですね。

──逆にパートさんの方から飲みの誘いは?

一切ないですね。もし誘われたとしても断ります。唯一、全員が集まるから来ませんかと誘われたら行くかもしれないけど、特定の人たちだけがいる場には絶対行かないです。誘われたことがないのに言うのもアレですけど(笑)。

とにかく争わないためにどうするか。すべてはその一点に尽きます。職場にやりがいとか笑いも特に必要ない。淡々と働いてくれればそれでいい。会社を仲良しクラブにしたいわけじゃない。みんなもそれを目的に入ったわけじゃないですからね。

人は放っておいたら争い始める

▲パートさんたち(写真提供:パプアニューギニア海産)

──いろいろと細かいところまで気を配って徹底しているんですね。

そうする理由は、人間関係は気を緩めた瞬間にグチャグチャになるし、何もしなかったらいつでもすぐ、昔の最悪な職場に戻っちゃうと思っているからです。だからフリースケジュール制や嫌いな作業はやってはいけないというルールを導入して終わりではなく、「自分たちはいつでも争い始める」ということを前提として、どうすれば争わないかを考えて実行しているわけです。

ただ、職場の雰囲気がある程度までいい状態にできると、それをわざわざ崩そうという人はほとんど出てこないんですよね。グチャグチャの状態だと足を引っ張り合うんですが、いい状態で、しかも先を見据えて、この人たちとこれからずっと働いていくんだと思ったら、昔は我慢できなかったことが我慢できたりするんですよ。今は、古参パートさんも新人パートさんもこういうふうにした方がいいという改善点をすごく出してくれるようになっているので、昔とは違っていい感じになっていると思いますね。

こういうことを講演で話すと、他の経営者の人たちからよく「どうやったらそんなに従業員と仲良くなれるんですか」と聞かれるんですよ。「いやいや、僕は従業員と仲良くなんかないですし、そもそも従業員と仲良くしようだなんて思ってないですし、従業員と仲良くなることと職場の雰囲気がよくなることは別次元の話だから、そこをごっちゃにしたらダメですよ」と言っています。

経営者の人って、従業員たちに一生懸命取り入ろうとしますが、肝心なところでは威張って怒鳴りつける人が多いじゃないですか。みんなの前で怒鳴ったりあからさまに注意したら人間としての尊厳が傷つけられるし、そういう見せしめみたいな行為も何もプラスの効果は生まないと思うんですよね。要するに自分がやられて嫌なことは他人にもしないということです。それだけで会社はうまく回るんです。

当然のことをやってるだけ

▲3児のパパである武藤さん(写真提供:武藤さん)

子育てと同じですよ。自分が家庭の中で子どもに、「こういうことはやらない方がいいよね、やった方がいいよね」と言ってることを会社の中でやってるだけ。僕が言ってることって当たり前のことばかりだと思いませんか? 普通に考えたらこうした方がいいだろうなと思うことをやってるだけなので、それで効率や業績が上がることは実はそんなに驚くことじゃない。当然のことなんですよね。それなのに、なぜか世間では本当にやっちゃうんだと驚かれ、話題になり、たくさん取材が来るんですよね(笑)。

ということは、当たり前のことを会社でやらないのが今の社会の普通なんですよね。でも僕らのようなやり方の方が職場の雰囲気もよくなるし、効率も上がるということは多分みんなわかってるはずなんですよ。

──ならばなぜ他の会社はやらないのでしょうか。

どうしてでしょうね。やっぱり従業員のことを信じきれてないんじゃないですかね。サボるんじゃないかとかズルしちゃうんじゃないかとか。でも、そこの最初の一歩は乗り越えないといけないのかもしれないですね。経営者が自分で悪い方に想像して勝手にビビってるだけだし、もし本当に従業員がサボったとしたら、サボった従業員が悪いというよりも、経営者自らがそういう職場環境にしてしまったせいだと思うんですね。

だからもしそうなったら今後はそうならないようにどうしたらいいのかを考えないといけません。僕はどう考えても、従業員を疑って縛ってないと回らない状況というのは会社にとってもよくないと思うんですよね。そのうち何か大きな問題が起こると思うので、そうなる前に対処する必要がある。いろいろやってみてデメリットが出てきたとしても、会社をよくするいいチャンスだと捉えればいいと思うんです。

「小さな会社だからできる」は言い訳にすぎない

──フリースケジュール制などのもろもろの独自のルールは、10数名のパートさんが主体の小規模な会社だから導入できているという声もありますが。

会社の規模は関係ないと思います。大きな会社でも小さな部署の集合体なわけなので、その部署ごとで始めることは十分可能なのではないでしょうか。大きい会社だからできないというのは、やりたくない人の言い訳にしか聞こえないですよね。

──正社員もフリースケジュールにする可能性は?

正社員の勤務形態は、月曜から金曜日までは8:15から18:30までで、土日祝は休みなのですが、今のところは難しいかなと思っています。でもこの先はわからないですね。今の僕の考え方が固いだけなのかもしれない。実は以前、社員へのフリースケジュール制導入についてちょっと相談をしたことがあるんですよ。でもその時彼は「フリースケジュールになっても、たぶん僕は今と同じように毎日定時に出社します。そうしないと会社が回らないから」と答えたんですね。その時に、社員にフリースケジュール制を適用するのは意味がないなと思ったんです。彼が本気でフリースケジュールを実践できないなら、対外的なアピールにしかならない。それは僕が一番嫌いなパターンなので、それならやらなくていいと思ったんです。いろんなルールは実際に従業員のためになってないのならやっちゃいけないというのが基本的な考え方なので。もし対外的なアピールのためだけにやっちゃったら従業員がドン引きしますよね。その先に待っているのは会社に対する不信感の増大→職場の雰囲気悪化→効率の低下なので、それは絶対にやっちゃいけないんです。

──仮にその社員がぜひフリースケジュール制を社員にも適用してもらいたいと言っていたらそうしていましたか?

うーん、取りあえず適用はすると思いますがすぐやめていたでしょうね。仕事が回らないし、どう考えても社員が完全なフリーというのはありえないですから。ただ、この先パートさんがもう少し増えて、社員ももう1人増やせたら、工場を土曜日も稼働して、月から土の間で好きな曜日に休めるというのは可能かなと。形を変えて現場に合ったやり方で社員の自由度を増やしていくのはできると思ってるんです。

でも、本質はそこではないんですよ。そもそも僕の目的は「従業員が働きやすい職場を作ること」。そのために何をやるかが肝心で、フリースケジュールはあくまでもその手段の1つにすぎません。フリースケジュールは導入前と後にパートさんとみっちり面談する中で固まっていきました。他の会社でも実際に現場で働いている人と話をしたり、自分自身も現場に入って作業することで、自分たちに合うやり方、こうやったら働きやすい職場になるはずだという方法が見えてくるはずなんです。それをみんなが見つけていけばいい。それが当社の場合はパートさんへのフリースケジュールで、すごくハマったというだけのことなんですよ。

▲エビに衣をつける作業(写真提供:パプアニューギニア海産)

 

「先にやるべきは売上目標を立てるよりも争いの種をなくすこと」「一生懸命頑張っていればそれでいい」「パートさんと仲良くならないように気をつけている」など、多くの企業にとっての“常識”とは異なる経営哲学を貫き、結果を出している武藤さん。シリーズ最終回となる次回は、武藤さんの個人的な仕事観や今後の展望などに迫ります。乞う、ご期待! 文:山下久猛 撮影:山本仁志(フォトスタジオヒラオカ)

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