「赤ん坊の鳴き声なんかウザい」妻の意外な決断に大パニック! 優柔不断の兄がはじめて大きく見えた瞬間 ~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~

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運命の子誕生……脳裏をよぎる過去の因果

小侍従が柏木の見舞った夜、女三の宮の陣痛が始まりました。源氏も慌てて安産祈祷などを命じ、自身も待機しますが「ああ、これが本当に自分の子ならどれほど嬉しいか」と、複雑な胸中を抱えてその時を待ちます。

陣痛は一晩中続き、日が昇る頃についに出産。男の子でした。それを聞いても源氏は苦々しく「男か……。女の子なら人と顔を合わせる機会も少ないが、男の子ならだんだん実の父親に似てくるだろう」と、将来を懸念。

一方で「でもかえって手のかからない男の子でよかったのかも知れない。こうして妻の不義の子を自分の子として授かったのも、因果応報か……これで来世へのカルマが少しでも消化されたならいいのだが」などとも思います。

源氏の3人の子、冷泉院、夕霧、明石の女御(ちい姫)は全員占いによって示されたとおり。思いがけぬ形で子の誕生を迎えた彼の脳裏をよぎるのは、かつて生まれたばかりの冷泉帝を抱いて微笑む父・桐壺帝の面影でした。

今、47歳で父と同じ立場に立たされた自分。表向きは源氏と正妻・三の宮の息子として、数奇な運命を背負って生まれたこの男の子は『薫(かおる)』と呼ばれるようになります。

何も知らない周りの人々は、女三の宮がついに男の子を出産したと大騒ぎで、どこからも豪華なお祝いが大量に届きます。源氏も相応の祝宴は開いたものの、いつもと違い楽器を演奏して祝う気持ちになれず、どこか物足りない出産祝いになりました。

「赤ん坊の泣き声なんかウザい」意外な妻の決意に仰天

お祝いが続く中、初産を終えた三の宮は寝付いていました。産前から体調が良くなかったのに加え、源氏のイビリ倒しに疲労困憊で「もうこのまま死にたい」。彼女ももうボロボロです。

源氏は昼間にちょっと顔を出すだけで、赤ん坊の顔もろくに見ようしない。おばさん女房たちが「こんなにきれいな赤ちゃんなのに、なんて冷たいお父様でしょう」とブーブー言うのを聞いて、宮は「私にも子供にも、今後はもっと冷酷な仕打ちをなさるんだわ……」と先が思いやられます。

寝込んでいる宮へも、源氏は「ご気分はどうですか。この頃は世の無常が身にしみまして、子供の声の聞こえないところでゆっくりお経をあげたかったものだから、ご無沙汰してしまいました」と、几帳の端から覗き込んで言うだけ。要するに俺の子じゃない赤ん坊の泣き声なんかウザい、と。すごい嫌味。

宮はすこし頭を上げて「もう生きていられない気がします。産後に死ぬのは罪が重いと聞いたので、それならいっそ尼になりたい。たとえそれで死んでも、少しは罪も軽くなるでしょうから」。いつもの彼女とは違った、強い言い方です。

これには源氏も驚き「縁起でもない!どうしてそこまで思いつめるのですか。お産は恐ろしかったでしょうが、誰もがお産で死ぬわけじゃない。とにかくちょっと落ち着いて」。

口ではそう言いつつも、源氏は宮が出家するのも悪くないと思います。お互いに今までどおりではいられないのだし、そうなると宮への愛情が薄いとまたあれこれ言われるだろう。この段階で、産後の肥立ちが悪いのにかこつけての出家なら、目立たなくていい。

でも一方で、若く美しい宮が黒髪を断ち切って、尼姿になるのも非常にもったいない。青ざめた顔で横たわる可憐な様子がいじらしく、源氏も思わず、どんな間違いを犯したとしても、許して上げたい気持ちが起こります。宮はまだ21、22歳位です。

「気をしっかり持って。紫の上だって復活できたんだから、諦めないでいたらきっと良くなりますよ」。源氏はそう言って宮に薬などを勧めて、慰めるのでした。

最愛の娘に会いに……パパ、突然のサプライズ下山

朱雀院は、山寺で宮の出産の無事を聞いて大喜びでしたが、今度は産後の肥立ちが悪いと聞き、非常に心配していました。

そのうち「お父様が恋しくてたまりません。こんなにお会いしたいのは、もう死んでしまうからかしら」と、宮が激しく泣いたという話も伝わってきました。パパはもうたまらなくなって、ある夜に山を降り、六条院まで来てしまいました。

源氏は兄の電撃訪問にびっくり。事前連絡もなにもない、ホントのサプライズ訪問だったのです。「急にお邪魔して申し訳ない。俗世との絆を立たねばならないとわかっているが、宮があまりに弱っていると聞いて、子ゆえの煩悩を捨てきれずに来てしまいました」。

お忍びでやってきた朱雀院は質素な墨染の衣だけを来ていますが、源氏にはその僧侶らしさ、清々しさがかえってうらやましい。自分はまだまだ煩悩まみれですからね……。「特別にどうというわけではないのですが、産前からずっと弱っていたところに、お食事も召し上がらないので一層衰弱なさっています」と説明しつつ、源氏は宮の寝室へ案内。宮は女房たちに帳台から抱き降ろされて、父と対面します。

「お父様が来ましたよ。僧侶の格好はしていても、まだまだ修行不足で大した霊験もないのが悔しい。ともかく、会いたいと言っていたパパの顔をじっくり御覧なさい」。

涙をふきふき言う父に、宮も泣きながら「お父様、もう私は生きていられそうにありません。こうしておいでになったついでに、私を出家させて下さいませ」

娘の発言に朱雀院も驚き「それは立派な志だが、人生とは先がわからないものだよ。あなたはまだ若いのだから、もっとよく考えて……」となだめます。が、源氏に向かっては「このように言っています。もう助からないのなら、少しの間でも出家させて功徳を得られる方がいいと思うのだが」と意見を述べます。

宮の出家に同意している兄に、源氏は「最近よくこんな風に仰るのです。物の怪などが取り憑いて言わせるとも聞きますので、私の方では受け合わないで来たのですが」と、説得したことを伝えます。

「まさか!」優柔不断の兄が下したスピード決定に大パニック

朱雀院はボロボロの愛娘を見て、つくづく源氏との結婚を後悔するばかりでした。「信頼できると思って源氏との縁組を勧めたのに、これだ。夫婦関係の悪化は世間も知るところだし、このまま愛のない結婚生活を続けさせるのは、宮があまりにかわいそうだ。

病気を理由に出家させればあからさまではないし、夫婦関係が解消された後でも、源氏はそれなりの面倒は見てくれるだろう。おいおい、自分の持っている邸を宮に譲って住まわせよう。私の生きているうちにそれらの手配を済ませ、源氏の態度も見届けよう」。

こう決めた朱雀院は「物の怪の言うことも、悪いことなら止めなければいけないが、こうまで弱った病人が言うことを無視するのはしのびない。後で後悔することにもなるでしょう。こうしてきたのも仏様のお導き。宮を出家させ、仏縁を結ぶことにしよう」と宣言。自分についてきた僧侶のうち、位の高い者に準備をさせます。

父は娘の顔を見てもうダメだと直観したのでしょう。いつもいつも源氏に押され、優柔不断だった朱雀院とは思えない決断の速さです。源氏にとってもこのスピード決定は想定外。まさか娘の出家を許すとは!と、うろたえ、パニックになって宮のそばに駆け寄ります。

「どうしてですか!? こんな老人を見捨てて尼になるなんて……もうちょっと元気になってからでも遅くはありません。まずはお薬を飲んで体力を戻さなければ、修行なんてできませんよ」。

取りすがる源氏に、宮は無言で首を横に振るばかり。なぜって、あんたのモラハラDVから逃れたいからに決まってるでしょ!!もうこのままの生活なんか続けられないよ!

心の決まった父娘に比べ、オロオロ泣き叫んで、作中でも屈指のみっともなさを披露する源氏。兄は自分と同じく宮を引き止めてくれるもの、と決め込んでいたのでしょう。

女性に去られるのが絶対に嫌な源氏は、紫の上や朧月夜の出家にも強く反対しています(もっとも、朧月夜は勝手に決行しましたが)。そこには「俺を捨てるな!」というエゴがいつもあるわけです。

他方、かつて朧月夜の浮気も許し、秋好中宮も奪われて泣いた経験を持つ朱雀院は、気弱く優柔不断でもありますが、相手の意思をを尊重する人でもあります。裏切られた自分は悲しいし、それを伝えることはあっても、相手がしたいようにするのは自由、という寛容さのある人です。

今大切なのは、娘を苦しみから解放すること。出家でそれが叶うのならと、父は純粋な愛情でそう思ったのです。一方で、しつこく宮につきまとい、なんとか出家を取りやめてくれないかと必死に説得する源氏は、世間体やエゴに囚われたまま。常に源氏に気圧される情けない兄だった朱雀院が、ここで初めて大きく見えてきます。

出家に号泣!またまた登場した物の怪の意味するところは?

そのうちに夜明けが迫ってきました。明るくなってから山寺に帰るのは目立つので、と朱雀院は出家の儀式を急がせます。徳の高い僧侶が、宮の美しい黒髪を切り落としました。ショッキングな光景に源氏は激しく泣きます。

一度は出家するのもアリだなと思っていたし、それほど愛してもいないのにめちゃくちゃ感情的になっている源氏。だいぶ錯乱してるようですが、大丈夫かな、この主人公。

朱雀院も、誰よりもかわいがった娘が眼の前で髪を下ろすのはなんとも無念。でも源氏の号泣に比べてしんみり涙を流す感じで、静かです。本来なら逆の反応でもおかしくないシーンですが、ちょっと源氏のパニックぶりが異常。

当の宮は儀式を終えグッタリ。「元気になってできれば修業に励みなさい」と父が声をかけますが、お見送りもできない状態です。

帰り際、院は「あなたにしてみれば不本意な決断だったでしょうが、今にも死にそうな人間の言うことを無視できなかった。……世を捨てた人間に、華やかな六条院での生活はふさわしくありません。そのうち別に邸を用意します。そうなっても、どうか娘をお見捨てなきよう」。トドメの一言ですね。

源氏はこれに「すべてが夢のように思えて何もわかりません。仰せが恥ずかしいばかりです……」と、白旗をあげます。まさかのどんでん返しに、天下の源氏も完敗です。

さて、この長い一夜の後の祈祷に物の怪が出現しました。「それみたことか。紫の上を取り戻したといい気になっていたのが悔しくて、こっそり宮に取り憑いてやったのよ。ああ気分がいい!さあ、帰ろうか」と嬉しそうに笑います。

源氏はあの物の怪がこっちに移っていたのかと知り、絶句。「物の怪が取り憑いて出家をそそのかす」というのはまんざらでもなかったわけですね。そこまで読みつつ、結局止められなかった源氏ですが、もうここまでくれば、出家は宮の意思なのでは?

物の怪が去ってもまだ頼りない宮を見て、源氏はとにかく命を取り留めることだけに必死になります。不思議なことに、物の怪はいつも取り憑つく相手に、というよりは、源氏に目にものを見せるために登場し、彼を脅かすのです。

嫉妬、罪悪感、無念……。人は自分の中に最も恐ろしいものを見ると言いますが、源氏が見る物の怪のおぞましさこそ、彼の心の最も見たくない部分なのではないでしょうか。物の怪はそれを知らせるために、彼の愛する女性たちを苦しめ続けるのかもしれません。

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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