販売で大切なのはモノに宿る「ストーリー」を語ること――アメリカンクラフトビール会社代表・大平朱美さんが実践した営業スタンス
営業や接客、販売に携わる中で、思うように売り上げることができず、悩んでいる人もいるのではないでしょうか。
まだ「クラフトビール(※)」という言葉さえ一般的でなかった10年以上前からアメリカンクラフトビールの輸入販売を開始し、着実に売り上げを伸ばしている株式会社ナガノトレーディング代表取締役の大平朱美さんに、商品や業界に対する想いをベースにした営業スタンスをうかがいました。
※クラフトビール…(1)小規模(年間生産量が決まっている)であること(2)醸造所が独立していること(3)醸造所の販売のメインが伝統的ないし革新的な醸造原料や発酵技法のビールであることの3つの条件を満たしているビール。(BREWERS ASSOCIACIONより)
プロフィール
大平朱美(おおひら あけみ)
岡山県出身。大学卒業後アパレル会社に女性初の総合職として入社。企画営業職として活躍するも、興味のあった貿易業への思いを捨てきれず、アイルランド食材輸入卸売会社へ転職。アイリッシュ食材・酒類の輸入、卸、小売りおよびパブ運営に関わる。ニューヨークの食材輸入販売を行うアメリカ人の夫のバルマス氏と出会い、営業活動を手伝うことに。現在は株式会社ナガノトレーディング代表取締役としてアメリカンクラフトビールおよびビール器具の輸入販売を行うかたわら、クラフトビールおよびアメリカのカルチャーを紹介するショールームショップ「アンテナアメリカ」を3店舗展開、経営している。
多種多様な背景が魅力! アメリカ“風”ではない、本場のおいしさ・フードカルチャーを届けたい
―大平さんがアメリカンクラフトビールを扱うようになったきっかけを教えてください。
フーデックス(アジア最大級の食品・飲料専門展示会)に出店していたアメリカ人の夫と出会ったのがきっかけです。彼は「アメリカの本当においしいもの、“本物の味”を日本に届けたい」と、出身地のニューヨークワイン、バーベキューソース、そしてクラフトビールを扱うNAGANO TRADINGという会社を起こしていました。
フーデックスには一般客として行ったのですが、当時私はアイルランドの酒類や食材を輸入卸売し、アイリッシュパブを経営する会社に勤めていたので、国は違うけれども夫の未来予想図に一番近いことをやっていたのです。その私の目から見たら、夫は日本への輸入ノウハウも販路も全然なく、ノープラン同然で大量の在庫を抱えている。「このままじゃこの人破産する、ほっとけない!」と見かねて(笑)手助けし始めたのが、すべての始まりです。
―面倒見がいい!(笑) 輸入を始められた10数年前はクラフトビールという言葉さえ一般的ではなかったように思います。そんな中で販売していくのは相当なご苦労があったのではないですか?
私たちがクラフトビールの取り扱いを始めたのは2004年なので、今から14年前ですね。輸入している業者も少なかったですし、卸先となる会社がほとんどありませんでした。「アメリカのビールなんですけど」と商品を持って営業に行っても「うちは〇イネケン(オランダ産)があるからいいよ」「うちはコ〇ナ(メキシコ産)入れているから」と門前払いで。どちらもアメリカのビールではないのですが(笑)。
アメリカは誰もが知っている国なのに、商品のことはほとんど知られていない。取り上げられている雑誌を持って行ったり、Webサイトを見せたりしながら「こういうビールがあって、こういう商品が面白いですよ」と営業しながら地道に紹介していくところからのスタートでした。
―「相手が知らない商品を売る」って途方もない話ですね。クラフトビールの輸入自体を諦めなかったのはなぜですか?
買ってくださったお客さまに対する責任です。クラフトビールの良さを謳って一度紹介したのに途中で止めるわけにはいきません。
「クラフトビールのことはナガノトレーディングに聞いたらなんでも答えてくれる」、お客さまにそう思ってもらえることが私たちの冠だと思っています。「次はどんな商品が出るの?」「アメリカで流行っているビールは何?」と聞いていただけるようになっていき、今では毎月1回の無料セミナー(得意先の業界関係者向け)も始めました。
毎回違うテーマですが、ここでは、クラフトビールについてはもちろん、クラフトビールを注ぐときに使う器具の洗浄方法までお伝えしています。商品を売って「はい、オシマイ」ではだめだと思っています。
弊社の商品を扱っていただいているからこそ得られる知識や情報を共有し、その上で弊社がお勧めする商品の後ろにあるもの、“背景”までちゃんと知ってこそ良さが伝わると思ってここまでやってきました。卸先なら、そこからさらにお客さまにお勧めすることができる。営業にとって“話題の引き出し”になるのです。
人もビールも「ストーリー(背景)」があってこそ! 大事にしている営業スタンスとは?
―大平さんにとって、「醸造所のオーナー」は、仕入れ先の営業相手ということになると思うのですが、必ずお会いになるのですか?
はい、必ず会って話します。相手のことを知ると同時にこちらの方針もわかってもらえるかどうか見極めないといけませんから。
どんな人がどんな環境で作っているのか、クラフトビールにとっては、背景やストーリーが重要です。「こんなユニークな人が作っているのならば次の作品も飲んでみよう」と思わせてくれる相手と仕事がしたい。オーナーは学べるものがあると感じられる相手ですね。
―「商品のストーリーひっくるめ、惚れてこそ取り扱う価値がある」ということですね。初めて醸造所のオーナーと会う時にはどんな話をされますか?
まずは、徹底して相手の話を聞きます。
「どうしてこういうビアスタイルを作るの?」「ここで一番売れているビールはどれ?」と、質問しながらビールに受け継がれている背景を聞きます。その中で何を最優先にビールを作っているのか探り、その優先順位に沿って話をします。
知識を語るのが好きなオーナーだったら「うちのお客さまは、こんなスタイルが好きなのでこちらの商品にはきっと大喜びですよ」という話から入ります。
クオリティー重視であれば「わが社は、冷蔵輸送を国内最初に始めた会社で温度管理は徹底していますよ」という話から始めて、品質にこだわったブランド名を挙げるようにします。
―まずは興味関心を聞いてから、相手が求めるものを探して、自分の引き出しをあけていくということですね。対して、卸先の飲食店や業者とはどんな営業トークをされるのですか?
基本姿勢は同じですね。
大型スーパーのバイヤーがたくさんの人に売れる商品を探しに来ているのか。それとも小さな酒屋が町の中で生き残りをかけてクラフトビールが欲しいと言っているのか。大型スーパーも小さな酒屋も、同じバイヤーですが、最優先課題は違っている。
営業するという点で、持っている素材は一緒ですが、相手の課題を見極めて“見せる引き出し”、切り口を変えていきます。
どうしたら相手の欲求にこたえられるか―仕入れも販売も徹底して相手の話を聞き、バックグラウンドやここにいる意図を探り、自分の中から見せる“引き出し”を選んで相手に提示する
シェアが広がれば、事業も拡大し、「営業」を通じた売上にもつながる
―改めて、大平さんから見た「アメリカンクラフトビール」の魅力はどんなところでしょうか?
ビール伝統国のイギリス、ドイツ、ベルギーは、それぞれに「ビールとはこういうもの」という定義や基準があって、それはそれでおいしく楽しめます。でも、アメリカは“人種のるつぼ”なので、それぞれが独自の文化や価値観といった“背景”を持っているんです。
アメリカのクラフトビールはその背景や自由な発想で作るから「どんな味なんだろう?」と好奇心をそそられるのが最大の魅力です。しかも、アメリカではそんなビールがピザ屋さんや映画館、お寿司屋さんといった街のあちこちで飲めるんですよ。
―各国料理店が立ち並ぶ日本も、「食の多種多様さ」を受け入れる土壌があるといえますね。でも、日本で「アメリカ料理店」というのはあまり聞かないような・・・。
そうなんです。アメリカ“風”はあっても、本場のアメリカの味はほとんどない。だからこそ「本当のアメリカの味、おいしさ」を届けたいんです。私たちはクラフトビールを専門に扱っていますが、クラフトビールだけを輸入していくつもりはありません。クラフトビールを含めたアメリカのフードカルチャーを紹介していくのが目標です。
―なるほど、だからこそアンテナショップ「アンテナアメリカ」なんですね。
アメリカのアンテナショップという意味のネーミングに惹かれ、来店されたアメリカ人のお客さまに「アメリカの味がここにある」と言われます。
卸売だけでなく、実店舗を持つことで、クラフトビールをご存知ない知らないお客さまに存在を知っていただくことができます。いつも1本お求めのお客さまに2~3本、というよりも1本お求めのお客さまを2人、3人と増やすことを考えてきました。でもたくさん魅力的な商品を揃えているので、強い信念がない限りは1本では終われない魔力にとりつかれてしまうでしょうね。(笑)
横浜店に揃えられたクラフトビールのほんの一部。開店して間もない時に、通りすがりの方がバラエティーさに惹かれて来店、クラフトビールのことは全く知らなかったけれど試飲して気に入り、大量に買っていかれたというエピソードも。
―そうやって地道にクラフトビールのファンを増やすことが、シェアを広げることにつながるのですね。実店舗を持つ以外に、こだわっていることはありますか?
アメリカのビール樽の注ぎ口と、ガスやビールのホース口をワンタッチでつなげるジョイントのアタッチメント器具を加工会社と共同開発しました。
それまでは日本で流通する商品との口径や形の違いでつなげるのが難しく、業界でも樽での輸入はほとんどありませんでした。アタッチメント器具の必要性を感じていても、どこも手をつけないんですね、大変だから。
それではクラフトビールがなかなか広がっていかない。だから「しょうがない、うちがやるか!」と。“いばらの道”が好きなんですね(笑)。コストはとてもかかりましたが、諦めずに研究し続けたおかげで、器具類のことをより深く知ることができ、卸先のお得意先さまへ知識提供面でのサービス向上にもつながっています。
できあがった物をほかの輸入卸業者が購入してくれることもあり、クラフトビール業界のさらなる底上げの助けになっているとも感じています。
たかがビール、されどビール。 おいしいビールを飲むためには、実にさまざまな器具が関わっている
―まさに身を切って業界全体の底上げを図っていらっしゃるのですね。そこまでするのもやはり、クラフトビールのシェアを広げるためですか。
そうですね。アメリカのビールだけではクラフトビールそのものの国内市場を広げられないから、という理由もあります。ここは日本なので、やはり地元の日本のクラフトビールが一番のシェアを占めるべきで、店頭のクラフトビールコーナーでその他大勢の外国製品だけで棚を埋めてはいけないと思うのです。狭いパイの中でお客さまを奪い合っても先が見えている、「パイそのもの=クラフトビール市場」を広げていかないと。
―目の前にいる人と丁寧に向き合って、クラフトビールの作り手と売り手のピースを丁寧に合わせることでシェアを広げる、その繰り返しで今があるのですね。最後に今後の目標を教えてください。
今はまだ、アメリカのフードカルチャーを伝えきれていません。トップブランドのクラフトビールを揃えていますが、フードの提案がまだできていない状態ですから。クラフトビールメーカーが自社のビールを使ったバーベキューソースやマスタードも展開しているので、食事とお酒を合わせたフードカルチャーの発信が今後の目標です。
「石橋を叩いた後、なお拭きあげて再確認してから渡るような性格なので、着実に一歩一歩、事を進めたいんです」と語る大平さんは、「ほっとけない」と夫の仕事を手伝い始めたころから、クラフトビールへの愛情が尽きることがありません。
専門的な内容をわかりやすい言葉で説明を重ねる姿勢、商品自体だけでなく背景まで含めて惚れ込み、その魅力を伝えるために課題を一つずつクリアしていく情熱。目の前にあるものを大事に、意思を貫き情熱をかけて育むことは、時を経て新たな未来をもたらしてくれる――営業とは惚れ込んだものにまっすぐ想いを燃やすことなのかもしれません。
文:Loco共感編集部 杉本雅美
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