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経験していないことを「思い出して書く」 小山田浩子 新刊『庭』を語る(2)

気取りのない率直な文章を辿っていくと、いつの間にかどこかわからない未知の場所にいる。どこにでもある日常の描写が気づくと裏返り、異世界が口を開けている。

小山田浩子さんの小説にはこうしたマジックがある。そのマジックはデビュー作の「工場」や、芥川賞を受賞した「穴」で高く評価されてきた。

この特異な才能が存分に発揮されているのが、今年3月に発売された新刊『庭』(新潮社刊)である。

ありふれた田舎の風景や動植物、生活音、人の声が、何かとてつもなく奇妙でおもしろいものに変わっていくこの短編集について、小山田さんご本人にお話をうかがった。今回はその後編をお届けする。

(インタビュー・文/山田洋介)

(前編 ■若手注目作家は「決めセリフ」を書かない 小山田浩子 新刊『庭』を語る(1) を読む)

■書きあぐねた時にアドバイスをくれる夫

――蟹を巡る少女の記憶を書いた「蟹」もイメージを掻き立てられました。この短編は小山田さんご自身の経験が元になっているそうですね。

小山田:「蟹」は「早稲田文学」の増刊女性号に掲載されるものだったので、「女性」をテーマにという依頼だったんです。

「女性」というと、それこそ「出産」ですとか「授乳」とか「結婚」とか、いろいろトピックがありますが、私はまず自分の思春期のことが思い浮かびました。

私は中高一貫の女子高に通っていたのですが、埋立地に建てた学校で海が近かったんです。だから作中の描写そのままに、雨上がりの日には校内を蟹が歩いていたりして、そういう記憶を思い出しながら書きました。

――「叔母を訪ねる」はすごく短いながらも、異世界を垣間見たような気になりました。

小山田:これも依頼の話になってしまいますが、「5枚以内で」と言われていたんです。

5枚というとかなり短い枚数です。どうしようかと考えている時期に夢を見まして、長く音信不通になっていた叔母を訪ねたら、家にいる犬が本来飼っていた犬じゃないといって叔母が怒り狂っていて、私はそれを見て困ったなと思いながら対峙しているという。その夢を割とそのまま書いているところがあります。実際には、私に叔母はいないのですが。

ただ、はじめから終わりまで全部夢で見たままというわけではなくて、最後の部分は夫のアイデアが入っています。私の夫は本が好きなので、書いたものはまず夫に読んでもらって感想を聞きますし、書きあぐねると相談することもあります。

表紙

――相談するとアドバイスをしてくれたりするんですか?

小山田:「こんなふうにしたらどうか」とアイデアを言ってくれたりはしますね。大体私はあまりピンと来ないのですが、言われた通り書くと何となく「これでいいんじゃないか」と。

――いい旦那さんですね!

小山田:そうなんです。時によっては図を描いてアイデアを一生懸命説明してくれたりもします。それを聞いてもやっぱり私は全然わからないのですが、助かっていますね。いつも「何も考えてなさすぎる」と怒られますが(笑)。

――お話を伺っていると、原稿の依頼に様々なテーマがあっておもしろいですね。

小山田:そうですね。今回の本に載っている作品も、半分くらいはテーマありきだったと思います。

「動物園の迷子」は「音楽の聞こえる話」がテーマでしたし、さっきお話に出た「彼岸花」は、「英訳されることを前提に」とのことでした。イギリスの「GRANTA」という文芸誌の日本版の仕事で、うまくいけば本誌に掲載される可能性があったんです。

――英訳を前提に書くというのは難しい取り組みに思えます。

小山田:確か「なんとなく、マジック・リアリズムの流れをくんで見えるような」という依頼もされた記憶があります。どう書こうか迷ったのですが、書いていると日本っぽく、土俗っぽくなっていって、ああいう話になりました。

――その他に変わった依頼はありましたか?

小山田:「庭声」は、「谷崎潤一郎のオマージュを」という依頼で書いたものです。「文學界」の谷崎特集号ということで、短編を一つ選んで自分なりに書き直すというものでした。

何人かの作家と横並びでそれぞれオマージュを書くという企画だったのですが、誰がどの短編を選ぶかがわからなかったこともあって、作品選びが難しかったのを覚えています。他の方と被りたくないという気持ちもありましたし。

元の素材があって書くのは初めてだったので楽しかったですね。

――『穴』で芥川賞を受賞された時にもインタビューさせていただきましたが、その時に「人間よりも動物や植物をきちんと描写したい」ということをおっしゃっていました。今回の『庭』も人間以外のものの描写がすばらしいですね。「死んで乾燥した蟹」の描写とか。

小山田:作中で書いたように、本当に死んだ蟹をポケットに入れたことはないのですが、そういう経験のある人が思い出しながら書いているような感じで書けると、すごくいいんです。植物でも動物でも、現物を見ながら書こうとするとかえってうまく書けなかったりします。

――感覚的には見ながらの方がうまく書けそうな気がします。

小山田:あくまで自分は、ということです。たとえば、ある庭についての文章を書くとなったら、写真を撮って持ち帰ったりその場で書くのではなくて、全体を漠然と見たらあとは家に帰って思い出しながら書くと思います。

――人間についても、ことさら重点を置いてはいないものの何ともイメージが湧くように書かれています。そこでお聞きしたいのですが、普段人を見る時にどんなところを見ていますか?

小山田:イメージが湧くと言っていただけるのはうれしいですが、どこを見ているかと言われると、ちょっとわからないです。もしかすると、どこも見ていないのかもしれません。

以前に出した『工場』という本の中に「いこぼれのむし」という作品が入っているのですが、その作品について「人間を記号としてしか捉えていない」という評をいただいたことがあります。それはあまり良くない文脈で書かれていたのですが、確かに私自身そういう感じで現実を見ているところがあって、人間味だとか見た目の素敵さというのが苦手なのかもしれません。

――作品を読むに、本来人が注目するところの周辺に目が行っているような印象です。

小山田:確かに、誰かの話を聞く時に話している人の後ろにある別のものに気を取られていて怒られたり、皆が見ているところを見ていないせいで場の空気がわからなかったり、ということは子どもの頃によくありました。

たとえばみんなが素敵な髪型に注目しているのに、私はその人の喉ぼとけの方が気になったりする。現実生活でこんなところばかり見ているのは嫌な人ですし、集団生活をするには決していい特性ではありませんでしたが、こうして小説を書くようになって少しはその特性が生きているのかなと思います。

――最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いします。

小山田:本として出るのは久しぶりですが、その間にぽつぽつと書き続けていた短い作品がこうして形になってすごくうれしいです。各作品が短いぶん、好きなことや好きなものしか書いていない作品が多いのですが、いい短編集になったのではないかと思っています。

動物の描写や自然の感じなどを楽しんで読んでいただければいいなと思っています。

(インタビュー・記事/山田洋介)

(前編 ■若手注目作家は「決めセリフ」を書かない 小山田浩子 新刊『庭』を語る(1) を読む)

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