車内恋愛#04「ラブストーリーは充電中に」前編
何も考えずに借りた車は、宇宙船!?
まずい……。前方ディスプレイの電池マークは68%……あ、67%に減った!
いつ電池が切れるともしれない電気自動車の中で私、長野めぐみは孤軍奮闘していた。
ミラーに映った額にはじっとり汗がにじみ、おでこに貼り付いた短い前髪はほとんど弁当箱のふたに引っ付いた海苔状態。背中を冷たい汗がツーと伝い、オールインワンのバックストラップとカットソーが皮膚に貼り付く。
緊張で頬は紅潮し、もともと高い頬骨が余計に目立ってペコちゃん人形のようだ。
一刻も早く充電スポットを探さなきゃ……。
都心で過ごす華やかなキャンパスライフに憧れて入学した大学だったが、3年からキャンパスが移転するとは。しかもこんな田舎……もとい、のんびりした街とは。生まれ育った札幌の方がまだ栄えている。
で、その引越しのために、大学1年の時に免許を取って以来1年ぶりの運転で新居までドライブなう、というわけだ。
なかなか大胆な作戦だったと今さら気づいても後の祭り。
ナビで充電スポットを探さなければいけないが、画面に手を伸ばした途端、信号が青に変わる。慌ててハンドルを握り直し、アクセルを踏み込む。
先ほど右折のタイミングをはかりかねてもたもたしていたら、後ろのトラックにクラクションを激しく鳴らされ急かされたのがトラウマになり、つい焦ってしまう。
走っても走っても見慣れぬ景色ばかりで、まったく気が休まらない。
出発した都内は交通量も道路標識も多くて目がいくつあっても足りないし、高速道路もうまく乗れず、やっと入れたかと思えば降りる場所を間違え、あたりの景色がのどかになり道路が広くなってほっとしたのもつかの間、熟練の地元ドライバーが規定速度以上で猛追してくるわで、緊迫状態がかれこれ2時間以上続いている。
さらに私を困惑させているのがこの電気自動車だ。
当然、初搭乗である。引っ越し先周辺で乗り捨て可能な一番安い車種をたいして調べもせずに予約した結果だ。
家政学部の私はメカにめっぽう弱く、「電気」と聞くだけで身構えてしまう。
「エンジンオン」ではなく「スイッチオン」だし、シフトレバーは丸っこくてモンスターボールみたいな形だし、燃料はガソリンではなく電気だしで、エヴァンゲリオンにでも乗っているようだ。
そして今、まだいくらも走っていない気がするのに電池残量はすでに67%……このペースで減れば、目的地到着までに電池切れしてしまう予感がする。
やっと路肩に停車し、一番近い充電スポットを探した。近くの大手家電量販店に2台分の充電器があるらしい。ラッキー! とりあえず、ここに行こう!
たどり着いた全国規模の大手家電量販店の駐車場は、都会では考えられない広大な面積を保有していた。「EV QUICK」と書かれた看板を頼りに車を進ませる。ナビの情報どおり、充電器と2台分の駐車スペースが見えてきた。
すでに、先約がいるようだ。
空いたもう片方の駐車スペースに隣にならって前から突っ込み、なんとか駐車できたことに安堵する。
実は先ほど喉が渇いてコンビニに入ったものの、運転の最難関である「バックで駐車する」ができないために水が買えなかったのだ。
狭い駐車スペースで何度もハンドルを切り返しているうちに、タイヤとハンドルがどう連動するのか完全に混乱。間の悪いことに後から入ってきたサラリーマンの営業車のプレッシャーに負けて、リアルにドライブスルーするしかなかった。
降りてみると、車は左の白線ぎりぎり、つまり隣の車スレスレに止まっており、しかも大きく傾いていて、点数をつけるとしたら40点くらいの駐車だ。
しかし、ここまでの必死の道のりを思うと疲労が一気に襲ってきて、とても駐車し直す気になれない。
数時間ぶりに車外の新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。めっきり春らしくなった日が気持ちいい。暖かな風が汗を乾かし、貼り付いたカットソーを肌からはがしていく。
どんだけ必死だったのよと、おかしさがこみ上げてくる。とにかく電池が切れる前に充電スポットにたどり着けてよかった……。ほっとして体中の筋肉が弛緩するようだ。
さーて充電するか、とひとりごちた途端、大きな壁が目の前に存在していることに気づく。
……で、どうやって充電てするわけ!?
一難去ってまた一難。でも、私はもう慌てはしない。
だって今は21世紀。困ったことがあればすぐにネットで調べられる時代よ?
次々に現れる使徒に、知恵と勇気で立ち向かうエヴァのパイロットのごとく、『電気自動車 充電 仕方』を華麗な指さばきで検索し、検索結果トップに躍り出た日産「リーフ」のページに飛んだ。
しかし、肝心の充電方法になかなかたどり着かない。
半ばいらいらしながら画面を下にスクロールしていたら、突如画面が暗転。
「え?」
思わず出た自分の声の低いこと。白い罫線で縁取られた円がぐるぐると回ったかと思うと、画面は静かに動かなくなった。
……緊急事態だったのは自動車の電池ではなく、スマホだったのだ。
どうしよう、新しい自宅の住所も覚えていないし、後ほど合流する引っ越し業車の電話番号さえ控えていない。文明の利器に依存しすぎた現代人が陥る典型的な失敗例だ。
またもや私の頭の中で『緊急事態発生!!!』の警報が鳴り響き始めた。
落ち着け、落ち着け……。まずは物事の優先順位をつけよう。車の充電が先、電話のことはその後考えればいい。
呼吸を整えると、取扱説明書があったことを思い出す。テンパっている私にしてはさえた判断だ。当然、充電方法について明記してあるはずである。
あった! 該当ページを見つけ、見よう見まねで充電を試みようと思うが、メカが苦手とは、すなわち取扱説明書を読み解くのが苦手とほぼ同義だ。たくさんの文字や図解がまるで頭に入ってこない。
……ちらりと横の車を見やると、充電器が車前方に刺さっているようだ。むむむ、よく見ると「LEAF」の文字。見た目は全然違うけど、同じ日産 リーフみたいだ。
あ、つまり同じようにやればいいってことじゃない!?
解決方法の糸口をつかんだ私は、リーフ初号機(私のを零号機としたとき)に近付き、その構造をじろじろと眺める。このフタってどうやって開けるんだろうと、2台のエヴァならぬリーフの間を行ったりきたりして見比べる。
「あの」
突然背後から声がして、
「ぎゃ!!!」
と毛の逆立った猫のような声が出たのと、
「わ!」
と私の声に驚いたその人が反射的に出した声が重なった。
振り返ると、男性が立っていた。初号機パイロットの帰還らしい。
「あ、すみません!」
何に謝っているのかわからないが、考えるより先に勝手に口が動く。
「いえ、全然、何も」
男性も恐縮して頭を下げている。
都会でも見慣れたコーヒーチェーン店の紙カップを持ったその人は、ベージュのチノパンに白と紺のボーダーのカットソー、サッカニーの緑のスニーカーを履き、黒ぶちのメガネといういでたち。
20代前半なのだろうが、色白で穏やかな表情のせいで実年齢より老成して見える。内村光良をほうふつとさせるその彼を、心の中では『ウッチャン』と呼び始めていた。
絶好の助っ人が現れたことに私は歓天喜地の境地だった。しかも、相手は優しそうなウッチャン。聞きやすそうでしかない。
「これ、レンタカーですよね?」
ナンバープレートを見ながら、ウッチャンが尋ねる。マイカーをじろじろ見ている私を、不審者ではなく困った旅人だと認定してくれたらしい。
「充電の仕方、大丈夫そうですか?」
きたーーーーー!!!!!
初号機パイロットからその話題を切り出してくれるとは。まさに渡りに船。期待以上に、ウッチャンは親切と見た。
私はほとんど感動でウッチャンを抱きしめたい気持ちで、
「はい、大丈夫じゃないです!」
と答える。
「ははは、わかんないですよね」
ウッチャンはそう言って優しく笑い
「キー、もらえますか?」
と、私からキーを受け取る。
「そうそう、この部分ね」
ボタンをこちらに見せようと近寄ってきたウッチャンから、春の風に乗ってふわりと柔軟剤の香りがする。男の人なのに、洗濯ちゃんとしてるんだ。
ボタン押すと、ボンネットの前部分のにじり口のような充電ポートリッドなるものがパカッと開いた。
太いホースのようなものが巻かれた充電器らしき機械を慣れた様子で操る。
「はい。これはレンタカー屋さんに返してくださいね」
差し出されたのは、私がレンタカー屋さんから預かり、ダッシュボードに置いていた白いカード。なるほど、コレが充電用のカードなのね……。
あっという間に手続き的なことは終わったらしく、ホースから出たピストルのような形のコネクターをウッチャンが構える。袖をまくった腕は真っ白だが、浮かんだ血管は紛れもなく男性のそれだった。
「入れてみますか?」
差し出されたウッチャンの指は、長くほっそりしていて思わず見とれてしまう。まるで神から授けられた聖剣のごとく、それを恭しく受け取って充電口にグッと差し込んだ。
エントリープラグ、挿入!
と心の中で叫びながら、最大の懸念事項であった「リーフ充電作戦」をこの瞬間見事遂行した私は、解放感と達成感で満ちていた。う~ん、見上げた空の青いこと!
エントリープラグ、じゃなくて充電コネクターを握りしめたままにやにやしている私に向かってウッチャンは、慣れれば簡単なんですけどね、と言いながら、親切にも一連の充電の流れを再度最初から通しで説明してくれている。
ありがとう。でも、自分の車じゃないからもうこのスキル生かすことないな、と内心思っていたら、
「でも、レンタカーならもうこの知識必要ないかー」
とウッチャンは自分で言って笑っていた。ウッチャンはエスパーらしい。
何度もお礼を言う私を、ウッチャンは、いえいえ、と穏やかに見返して微笑んでいる。
見つめ合う私たち。しばし沈黙が流れる。
……ん? なんでこの人なかなか立ち去らないんだろう? もしや、これは新手のナンパの手口か!?
微妙な空気を察したエスパーウッチャンは、
「電気自動車って充電に時間かかるから、大変ですよね」
と、先手を打ってこちらが電気自動車ならではの事情を知っている体で話を振ってきた。
もちろん私がそんなことを知る由もない。充電なんてガソリンスタンドの要領で、ものの5分くらいでできると思い込んでいたのだ。
「え? どのくらい時間かかるものなんですか?」
寝耳に水の私が尋ねると、ナンパ師の汚名を返上されたウッチャンは
「これは急速充電器だから、30分くらいでほぼ満タンにできますね。普通の充電器なら、もっとかかるかな……」
と申し訳なさそうに言う。
さ、30分!?!?
想定外の待ち時間にくらっとする。
腕時計を見ると11:45。13時に引っ越し業者と新居で合流することになっているが、レンタカーを返したり、不動産屋に鍵を取りに行ったりしていたら間に合わない。電話しなきゃと思い、ダッシュボードに投げ置かれたホールドリングを手繰り寄せると、スマホの画面は深い暗闇が広がっていた。
……そうだ、充電切れてたんだ。
しかし、なんという幸運。ここは家電量販店だ。充電器を買おう! 後部座席にあるバッグから財布を取り出して中身を見る。なんと! 千円札が2枚しかないではないか。
そうだ。レンタカー店で料金を支払い、ETCなんて持っていないので高速料金を払い、道を間違えまくったもんだから予想以上に支払いがかさんだのだ。
お金を下ろそうにも、ATMがどこにあるのかもわからない。ここで充電器を買えば、かなり心細い残金で明日まで過ごすことになる。
しかも、これから引っ越しだ。追加料金などが発生する可能性もあるし、非常事態で緊急に必要品が発生する可能性だってある。
横を見やると、EV初心者の私からこの後も2、3は質問が出てくることを想定しているのか、教壇に立つ教師のごとくウッチャンはスタンバッていた。
「あの、すみません」
ん? と目だけで返事をするウッチャンに、
「大変厚かましいお願いなのですが、5000円貸していただけないでしょうか? 必ずお返ししますので!」
……相手がウッチャンでなければ、初対面の相手にここまで大胆になれる私ではない。
いや、気心の知れた相手にだって金の無心などフツーできない。EV詐欺だと思われても仕方あるまい。ていうか、むしろこれこそ新手のナンパではないか。
脳内で常識や体面が最後の抵抗をみせたが、今日ここにたどり着くまでの山あり谷ありでなんだか私も妙なテンションになっており、もうやぶれかぶれだった。
私の悲愴感漂う必死の形相に、ただ事ではない何かを感じ取ったらしいウッチャンは、勢いに気押されつつも平静を保って、
「一体、どうしたの? 突然」
と今度は保健室の先生のように傾聴態勢に入った。
充電器が欲しいけど買うお金がないという事情を一通り話すと、ウッチャンはマイカーに上半身を突っ込んでUSBケーブルを引っ張り出し「これで充電できるよ」と。
目からウロコとはこのこと。
さすがエヴァ!!! テクノロジーの極み!
(後編につづく。2018年5月31日11時頃、公開予定!)
text/武田尚子
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