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ある日突然、夫が倒れて――。医師が直面した「介護の現実」と「夫婦のあり方」

ある日突然、夫が倒れて――。医師が直面した「介護の現実」と「夫婦のあり方」

ある日、突然夫が倒れた――。

高齢者が高齢者の介護をしないといけない「老老介護」が社会問題になっているが、その始まりは突然訪れるものだ。

日本を代表する麻酔科医の一人であり、エッセイストでもある川村隆枝さんが夫・圭一さんの介護をすることになったのは、2013年のことだった。

産婦人科医院を営む圭一さんが、脳出血で倒れた。その一報が隆枝さんのもとに届き、その瞬間から2人の人生は大きく変わる。

川村隆枝さんが執筆した『「夫の介護」が教えてくれたこと』(アスコム刊)は、終わりの見えないリハビリと介護、産婦人科医院の行く末、自身の仕事…さまざまな壁を2人で乗り越えていく夫婦のエピソードが詰まった一冊だ。

「今は夫が倒れる前よりも幸せを感じている」とは隆枝さんの言葉。その壮絶な介護生活の先に見えた「夫婦の愛」の形とは? 前編では夫が倒れた直後のこと、そしてその背後にある「現実」について話を聞いた。

(聞き手・文:金井元貴)

■執筆のきっかけは「夫の代わりに書こうと」、途中からは「自分のために」

――まず執筆の経緯からお聞かせ願えますか?

川村:主人が病院生活を終えて自宅に戻って来たときに、自分の闘病記を書きたいと言ったのがきっかけでした。

もともと主人は大酒飲みで「太く短く生きる」というタイプでしたが、実際に病気を経て苦しい体験をしたことで、自分と同じ病気の予備軍の人たちに、「今のままではいけないよ」と伝えたいと思ったようなんです。それで「闘病記を書くから、『3年日記』を買ってこい」と。

――『3年日記』を。

川村:そうです。それで夫は書き始めたのですが、書けないんです。主人は左半身がまひしているのですが、左手と左足が動かないだけではなく、左半側身体失認といって身体の左側の感覚がない状態なのだそうです。

私たちの身体の中心はまさに中央にありますが、主人は左側の感覚がないので、右側の中央が身体の中心になります。だから文章を書こうとしてもズレてしまうし、パソコンを使おうとしてもマウスを上手く操作できないんです。

その事実に主人は落胆してしまって、「もう書かない」と言ったのですが、せっかく書こうと決心したんだし、世のためになるのだから、私が代わりに書くから話をしてちょうだい、と。

――隆枝さんが代筆しようと思ったんですね。

川村:そう、代筆ならばできるんじゃないか、と。ただ、主人は自分で書けないことに落胆してしまって、本を書くことは断念しました。

でも、この本にもいろんなエピソードを書きましたが、介護っていろいろなことが起こるんです。その中で、私たちの軌跡といいますが、闘病と介護の記録は誰かの役に立つと思っていましたし、主人もだんだん体が良くなるわけですから、一つの例になるだろうというとことで、介護の記録を私が書き始めました。

また、もう一つ理由がありまして、文章を書いていくうちに、介護する立場にある自分自身のためになるということにも気づきました。

――自分のため、というのは?

川村:主人が倒れて、介護生活が始まって、いろんなことが起こって…ということって周囲の人たちに伝えづらいんですよ。言われた方もどう反応していいのか分からないでしょうし。だから、自分の中に溜め込んでしまいがちなんですね。

でも、こうして文章にすることによって、自分を客観的に見ることができたし、思いの丈を書けてすっきりするんです。

実際、この本はかなり短時間で書いています。一人になれる唯一の場所、新幹線の中の45分でわーっとボールペンで紙に書いて、その必死に書いた文章を病院の秘書さんがタイプで打ち直すという形で完成しました。

■「意識はある」――その安堵とともに襲ってきた「現実」とは?

――ご主人の圭一さんが倒れたと聞いたとき、隆枝さんはどんなことを思われたのですか?

川村:そのときは勤務先の仙台医療センターで仕事をしていましたが、一報が届いたときは頭が真っ白になりましたね。この本にも書きましたが、知人のドクターから電話があって「お宅のダンナが倒れてさ」って、呑みに誘うくらいの軽い調子で言われて。それで岩手医大に運ばれたことを知りました。

――その言葉を聞いて、気が動転してしまった。

川村:そうですね。その後、容態が知りたいと思ったので、「意識レベルは?」と確認しました。意識はあるのか、話せる状態かどうかが知りたかったんです。でも、何も考える余裕はあまりなかったですね。急に「お先真っ暗」になった感覚です。

――ご自身が冷静になれたのはいつ頃でしたか?

川村:主人が運ばれた病院に駆けつけて、主人に「私のこと分かる?」って聞くと、「うんうん」と反応があったんです。話はできないけれど意識があることは分かりました。そこで「良かった、主人は生きている」と思うと同時に、その背後にある現実が一気に見えてきたんですね。

――背後にある現実とは?

川村:主人は産婦人科医で、自宅で開業していました。その医院には、これから出産を控える人たち、他にも中絶手術を受ける予定の人たちなどもいて、まずは彼女たちのことを考えました。

出産は先延ばしにすることができません。一分一秒を争う話なので、すぐに知り合いの産婦人科の先生たちに連絡をして、妊婦さんを受け入れてもらったりして。だから、主人に意識があって、私の声に反応したことに一旦安堵したところで、冷静さを取り戻しましたね。

――そこですぐに乗り越えるべき現実が見えてきたわけですね。

川村:身内の人間が亡くなるとその後が大変だとよく言いますよね。それと同じだと思います。犬やペットが死んだときは深い悲しみに浸れるけれど、親や兄弟が亡くなったときは、その後にやることが多いので悲しんでいられないということと。

冷静になった瞬間に、今度は妊婦さんの行く先と、主人が経営する川村産婦人科医院の従業員の解雇、それと解雇に伴う出費が頭をよぎりました。彼らに対して責任を果たさないといけないわけですから、これからどうしよう、と。

■リハビリに励む夫に「今までの恩返しをしよう」

――ご主人の圭一さんとのご関係についてお聞きしたいのですが、病気をされる前と後で関係に変化はありましたか?

川村:病気をするまでは、家に独身貴族が2人いる感じでした。夜しか会わないし、楽しみは年末に休みを取って行くハワイくらいで、一緒にいることをあまり意識しませんでした。

でも、倒れたあとに、生きていてくれて良かったと思いましたし、自分にとって大切な人だと改めて気づきました。自分が今まで自由闊達に行動できたのは主人のおかげでしたし、今度は私が恩返しをしようと純粋にそう思いましたね。

また、たぶん主人は寂しかったのだと思います。私にもっとそばにいてほしかったのだと。

圭一さんが倒れてから最初に私に言ったのが「ありがとう、愛してる」という言葉なんですけど、そんなことを言われたのは初めてだったんですね。彼は東北人で、優しいけれど口下手なところがあって、あまり自分の感情を素直に表に出さないのですが、そう言われて私を大切に想っていたのだなと実感しました。

私たちには子どもがいないので、私がいろいろな場所で活躍することが主人にとっての喜びになっていると思っていたんですが、そうではなく、もっとそばにいてほしかったのかな、と。

――「そばにいてほしい」とお分かりになったんですね。でも川村さんご自身は介護と仕事を両立する道に進みます。

川村:これは本にもエピソードとして書きましたが、主人がすごく不機嫌になっていた時があったんです。なぜか聞いてみたら、地元の同級生がお見舞いにきて「なぜ、女房がずっとそばにいないんだ。お前が気の毒だ」と言われたそうなんですね。

どういうつもりでそう言ったのかは分からないけれど、仕事を辞められる状況ではありませんでした。今まで2人で仕事をしてきたのが、主人が倒れて1人になって、家計的にも苦しくなります。仕事を休んで介護をすればいいのかもしれないけど、経済的に破たんするだけですよね。

これから長く2人で生きていくわけですから、楽しく生活するために私は働く。だから我慢してくださいと主人に言ったんです。そうしたら主人は分かってくれたみたいです。

それともう一つ、エピソードがありまして、自宅介護をすることを決めて病院から家に連れて帰ったときに、ちょうどヘルパーさんがお休みだったので、彼がベッドから車いすに移乗するためのサポートを私がしたんです。

移乗のサポートって、はたから見るとすぐにできそうに思えるんですけど、すごく難しいんですよ。ヘルパーさんの技術はすごいです。それで私と夫、2人して転んでしまって。その経験が怖かったらしく、それ以来主人は「君は仕事を頑張ってくれ。そのお金でヘルパーさんを雇ってくれれば十分だ」と言うようになりました。

―― 本書には様々なエピソードが書かれていますが、一つ一つのエピソードを通して学んでいったんですね。

川村:そうですね。でも、こんなに身近に主人を感じたことは、それまでなかったです。

倒れる前は1年に2回は喧嘩していましたけど、今はなくなりました。夫婦ですからそんなに話はしないですけど、そばにいるだけで幸せを感じます。むしろ私の方が主人に助けてもらっているように思っていて、本にも書きましたけれど、主人から四六時中電話がかかってくるんですよ(笑)。それは、彼にとってその電話が社会の窓口になっているからなんですが、逆に電話がないとちょっと心配になりますよね。

一方、主人は電話が通じれば安心するので、なるべく電話を取ってあげます。病院にかけてくるときもあって、窓口のスタッフはおそらく変に思っているかもしれないけれど、私につなげてくれますね。

――その意味では、周囲の方々からの協力も得られていらっしゃる。

川村:もちろんです。介護と仕事の両立は周囲の協力がないとできないと思いますね。

(後編に続く)

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