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定時にお昼が食べられないお仕事短編集〜羽田圭介『5時過ぎランチ』

定時にお昼が食べられないお仕事短編集〜羽田圭介『5時過ぎランチ』

 新刊の書影をプリントしたTシャツで自著をアピールする、という学生の部活のようなノリでありながら意外に効果を上げそうな宣伝方法でおなじみの羽田圭介先生。しかし、『5時過ぎランチ』のTシャツはお召しになっているだろうかと確認したくても容易には実現できないほどに、羽田先生のメディアへの露出は激減していたのだった。2015年7月、初の小説「火花」が大きな話題を呼んでいた人気芸人の又吉直樹さんが芥川賞を受賞。しかし、それ以降は又吉さんをしのぐ勢いで注目を集めたのが、同時受賞者の羽田先生だった。受賞作が発表されるまでの”待ち会”でのデーモン閣下メイク(+聖飢魔IIの曲熱唱)、又吉さんと比較して自分の本の売れ行きが劣ることへのぼやきなど、そのキャラクターのユニークさによって一時期は時代の寵児のようにもてはやされていたといえよう。

 まさに”テレビで見ない日はない”といっても過言ではなかった羽田先生をめっきり見かけなくなったとなると、執筆に充てられる時間が増えたことが予想され、作家・羽田圭介とその読者にとっては喜ばしい状況である。もともと幅広い作風の作家だと思うが、連作集の形をとりつつさまざまな趣のある作品が揃っているのが本書。

 1編目の「グリーンゾーン」は、ガソリンスタンドで長期バイトとして働く萌衣が主人公。高校時代からバイトを始めて卒業後は自動車専門学校に通い、国家資格まで取りながらも正社員になることなく働き続けている。自動車の性能やアクセサリーといったものに関するディテールが細密に書き込まれていて、私自身はまったく詳しくないのだが車好きの読者にはたまらなさそう。私の脳内ではこの作品を読んでいる間ずっと、大藪春彦原作の映画「汚れた英雄」のメインテーマ曲が流れていたのだった(いや、あの映画で主人公が乗っていたのはオートバイだったが)。ヤクザの抗争とも絡むバイオレンスな作品で、『スクラップ・アンド・ビルド』以降の作品にしかなじみのない読者にはちょっとびっくりされるかも。

 2編目の「内なる殺人者」の主人公は、殺し屋のリョウジ(松本人志さんをメインのコメンテーターに据える討論番組「ワイドナショー」に羽田先生が出演されたときに、”自撮り棒を持っているとスナイパーに間違えられるのではないか”といった趣旨の、真面目ともギャグともつかない発言をされていたことを思い出す)。またしても大藪テイストを予感させる設定だ(実際、羽田先生は『盗まれた顔』で大藪春彦賞の候補に挙がったことも)。しかし意表を突くのが、前の職場を辞めた後にこの仕事を始めたリョウジの退職理由。小麦アレルギーを発症したため、団体行動で一緒に食事を摂ることが難しくなったからだというのだ。殺し屋とアレルギー。いや、きっと現代社会においてはこういう人物も存在するのだろう。アレルゲンを少量摂取しただけでも命に関わる危険にさらされる場合があることは知識としては知っていても、自分がアレルギー体質でなければいまひとつピンとこないものだ。殺し屋による襲撃という大がかりなものに限らず、ごく身近に危険は潜んでいることに気づかされる社会派な一作。

 3編目は、昨今話題の文春砲的な題材。主人公の紀世美は、スクープを記事にすることが至上命令である写真週刊誌編集部に勤めている。慢性的な疲労や不規則な生活と切っても切り離せない日々。恋人と会う時間も自由にならず、ときには記事にした相手から訴えられることも。ネタを追いかけての張り込み中に襲撃された同僚たちもいたりと、危険と隣り合わせでもある。正直なところ、ワイドショーで見かける芸能レポーターの方々など対して「そこまでプライバシーに踏み込まなくても…」と思ったりすることもあるし、自分でやりたいとは思わない仕事だというイメージだった。しかし、紀世美がある取材対象に言い放った「巨悪を眠らせたくない」「権力をかさにきて好き勝手やっている巨悪を報じるだけでは、雑誌が売れない」「好奇心を刺激する華やかな記事が必要」という言葉には、そういう視点もあるのかと心を動かされた。職場の環境としては決して良好とはいえないが(自分の子どもがこのような会社で働いていたら不安が尽きないと思う)、それでもやりがいを感じられる仕事ができるのは多くの社会人にとってうらやましい状況であるに違いない。

 さて、本書のタイトルが食に関係があるのはなぜなのかと疑問を持たれる読者もおられるのでは。3人の主人公たちはいずれも、定時にお昼を食べられないような職に就いていたり夕方5時を過ぎてからやっと休憩を取れるようなシフトで働いていたりすることが由来だと思われる。どんなに仕事で忙しくしていてもできる限り規則正しい食事を心がけて、読者のみなさまも健康にお過ごしいただきたいと存じます。

(松井ゆかり)

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