謎解き作家の楽しい短編集『日曜の午後はミステリ作家とお茶を』
「あなたが、自分は警察が事件を解決する手助けができると思いこんでいるような作家でないといいんですが、といったんです」
「まさか」
「そううかがってうれしいですよ」
「ぼくは話をつくるだけです。本物の事件を解決する方法など何ひとつ知りませんよ」
(「シャンクス、スピーチをする」)
エラリイ・クイーンの昔から、読者は「警察が解決する手助けができる」有能なミステリー作家に親しんできた。レオポルド・ロングシャンクスもその系譜に連なる主人公の一人だ。ただ彼は、おかしな形で人目を引くような真似をすることを好まないだけ。「リアル名探偵の作家現る」なんて軽薄な見出しがテレビ欄に躍る? ぶるぶるぶる、めっそうもない。望みはただ、書いた本が売れて、妻との穏やかな生活が続けられることだけ。あ、できれば原作がハリウッドに売れるようなことがあるとなお嬉しいんだけど。
ロバート・ロプレスティ『日曜の午後は、ミステリ作家とお茶を』(創元推理文庫)は、初老の作家レオポルド・ロングシャンクス(お気に入りの愛称はシャンクス)が活躍する14の作品を収めた短篇集だ。本国版「アルフレッド・ヒッチコック・ミステリー・マガジン」に発表されたものの単行本化で、原書は悪魔の1ダース、つまり13篇の収録だったが、日本版には1つ追加があって14篇になっている。各話に「著者よりひとこと」が付されているのも楽しみどころである。
作品の長さはさまざまで、中にはいわゆる〈日常の謎〉のようなものもある。「シャンクス、タクシーに乗る」は、酔っぱらって乗った車の運転手から、過去に起きた不思議な出来事の謎解きを頼まれる話だ。そうかと思えば刑事事件に関与してしまう内容のものもある。冒頭に引用した「シャンクス、スピーチをする」では、母校に自身の著書を寄贈する相談をしにいったシャンクスが殺人事件に巻き込まれる。また、「シャンクス、殺される」という衝撃的な題名の一作では、彼はミステリーナイト(目の前で進行するミステリー劇を見ながら観客が謎解きをするイベント)に参加する羽目になり、そこで事件に巻き込まれる。謎解きの正解者にはダシール・ハメット『マルタの鷹』の初版本が贈呈される予定だったが、それが盗まれたのである。煽情的な題名の理由は、ミステリー劇の中で彼が最初に殺される被害者役だったから。推理に参加する必要もなく手が空いているシャンクスは、関係者の証言を集めながら盗まれた稀覯本捜しを始める。
上にも書いたようにシャンクスにとって人生の最優先事項は二つ、本が売れることと結婚生活の維持だ。その最愛の妻であるコーラがちょくちょく話を進める上での重要な役割を担うのがおもしろい。たとえば「シャンクスの手口」は、あるパーティーの席上で詐欺の模様を聞かされたシャンクスが有用な助言をするという話だが、その場に彼の作品に対して意地悪なことを書いた書評家がいて、そいつと喧嘩をしないようにコーラが釘を刺した、という設定がうまく効いている。冒頭の「シャンクス、昼食につきあう」は、作家としてはまだまだ駆け出しのコーラがインタビューをされるのに同席したシャンクスが、彼女が話す邪魔をしないようにしながら、窓の外で起きている事件に対応しようとするお話だ。収録作は一場一幕で終わるものが多いのだが、そこにユーモアのセンスはあるが少々へそ曲がり気味のシャンクスと彼を牽制するコーラというキャラクターを投げ込むことで、話がいくらでも発展していくような造りになっているのである。私のお気に入りは「シャンクス、物色してまわる」だ。自宅近所で起きた車上荒らしに絡む内容なのだが、シャンクスの物言いがいかにも作家そのもので、それにつきあわされた警官の心情を思うとちょっと笑えてしまう。愛らしい短篇だ。
さて、本書の楽しみ方をもう一つ。14篇の中でシャンクスは、たびたび小説及びミステリー、さらにその書き手をよく知らない人たちから心無いことを言われて傷つくのである。それを拾って読んでいくとたいへんにおもしろい。それらの発言は「(ミステリー)作家に言っては絶対にいけません」集としてまとめておきたいぐらいである。せっかくなので、ちょっとだけ引用しておこう。
「お会いできてとっても光栄です—-」ローズ・マロッタはまくしたてた。「こんな有名作家の奥さんに! それにレオポルド・ロングシャンクスご本人まで! あなたの御本は子供のころから読んでます!」(「シャンクス、昼食につきあう」)
こんなことを作家夫妻に言ってはいけません、あと年配の作家の中には気にする人もいるかも。
「〈スコーピオの街角〉の作者だ!(中略)そうそう、ノベライズを書いた人だ」
シャンクスはひどく眉をひそめ、険悪な表情になった。「ぼくが書いたのは原作で、それに基づいて脚本が書かれたんだ。ノベライズと小説を一緒にしないでくれ。あれは小説の陰みたいなものだ、脚本の幽霊がいっぱしの本のふりをして……」(「シャンクス、ハリウッドに行く」)
お気持ち察します。ノベライズを手掛けたことがある者としては、映画と原作小説の知名度に関するこの手の無理解はよくわかるつもり。
「去年、最初の本が出ました」(中略)
「知らない出版社だな」シャンクスはいった。
「ああ、自分で出したんです」フィル・フォールは笑みを浮かべたまま答えた。「大きな版元が私たちのような作家を搾取する現状にうんざりしてましてね」
一緒にしないでくれ、きみはまだ作家志望者だろう。(「シャンクス、殺される」)
ノーコメント。こんな感じのやり取りがいろいろ出てくるので、読んでみてください。
(杉江松恋)
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