「自分で風を起こし、その風に乗れ」アパホテル“逆境をチャンス”に変える力とは?――代表取締役専務・元谷拓氏インタビュー

「自分で風を起こし、その風に乗れ」アパホテル“逆境をチャンス”に変える力とは?――代表取締役専務・元谷拓氏インタビュー

いまや、どの駅に降り立っても目にしない事はないほど、日本を代表するホテルグループに成長したアパホテル。フリーチェックアウトシステムやオロナミンC100万本サンプル配布など、これまでのホテルのイメージや「常識」を次々と打ち破る経営戦略で、創業以来常に黒字経営を続けています。そんなアパホテル株式会社の代表取締役専務 元谷拓氏に全2回のインタビューしました。アパホテルの「弱者の戦略」について伺った前編に続き、後編である今回は「人脈を築く・部下をまとめるための心構え/逆行をチャンスに変える力」について伺いました。

プロフィール

元谷 拓(もとや・たく) アパホテル株式会社 代表取締役専務

昭和50年5月21日石川県小松市生まれ。県立金沢二水高校卒。中央大学経済学部卒。大学1年時に宅建に合格。北陸銀行にて3年間勤務。アパグループに取締役として入社。常務取締役、アパホテル株式会社代表取締役専務に就任。リポビタンD300万本、ベビースターラーメン、柿の種3種ミックス100万食配布等各企業様と300事例超のサンプリングやコラボレーションを実現。日本最高層ホテルであるアパホテル&リゾート〈東京ベイ幕張〉のプールをポカリスエットプールに名称変更。現役プロ野球選手やタレントのトークショー、マジックショー、真心笑顔美人No.1決定戦、累計300万食達成したアパ社長カレー、アパ社長コーヒー、アパ社長ハンカチをプロデュース。ビジネスマッチングやコラボレーション、企画提案、業務改善、セミナー等のプロデューサーとして各種団体、会合、大学等で講演実績あり。

人脈を築く、部下をまとめるには… 自分のことより相手のために「Win-Win-Win」を考える

自社発行の月刊誌「Apple Town」(約8万部発行)では、毎回各分野でご活躍の方にインタビューし、ホテル事業では様々な異業種企業とコラボレーションさせていただいています。

人をつなげる、人と何かする時に私が気をつけていることは、まず相手が何をしたいと思っているかヒアリング・分析しながらその人のニーズを把握するように努めています。その上で、自分が協力できそうなことであれば私がしますし、そうでない場合は合いそうな人を紹介します。そこからビジネスが広がる可能性が生まれますからね。

その一環として始めて、今ではアパを特徴づけるポイントとなったことが、異業種とコラボレーションしての商品開発やサンプル配布です。これまでに、「G-SHOCKアパホテルモデル」や「アパ社長うまい棒」など、様々な商品が生まれています。サンプリングは、オロナミンC100万本やベビースターラーメン100万食配布など今では約340社の企業とコラボレーションして配布させていただいた事例があります。…実はそれまでホテル業界では、特定の企業やブランドのサンプル商品をお客様にお配りする事はタブーとされてきました。同業他社のお客様がそれを目にした時、心象がよろしくない。苦情に発展しかねない…という事が理由で。

そのタブーを打ち破ってでも、アパが始めた理由。それこそが、「Win-Win-Win」を考えてのことでした。

企業側は、自社製品を知ってもらいたい、買ってもらいたい、というニーズを常に持っています。そこに、全国にネットワークを持ち、消費者と直につながるホテルという存在が介在する事で「陰褒め効果」が生まれます。第三者が間接的に伝えることで、売りつけ感がない。そして心理学でいうと、直接の営業より心に残りやすいのです。学生時代に直接本人から告白されるよりも、クラスメートから「○○さんがあなたのこと好きって言ってたよ」といわれた方が、より気になるのと同じ原理です。

そしてお客様は、タダでもらえて嬉しい。

我々ホテル側としては、他ホテルでやっていない事をすることで付加価値がつき、差別化ができる。「アパに泊まるとオロナミンCが無料でもらえた」と口コミ宣伝効果も生まれる。

正に三方良し。Win-Win-Winのビジネスモデルなわけです。

ちなみに、当初心配されていた、サンプリング商品の同業他社のお客様への悪印象や苦情というものも、杞憂であったと私は思っています。サンプリングにおいて今まで苦情をいただいた事例はありませんし、そもそも評判が悪かったらここまで続いてはいないでしょう。

また実を申しますと、このサンプリングはWin-Win-Winの三方良しに加え、もうひとつのWinもあるのです。

メーカーでは、季節商品やパッケージデザイン変更などによって、まだ消費期限内でもコンビニやスーパーの店頭で売ることができない商品というのが発生してしまうもの。通常それは捨てる事になりますから、廃棄のコストがかかるだけではなく環境への負荷も発生します。それらをアパホテルでサンプリング化することで、コストダウンとエコにつながる。三方良しならぬ四方良しです。

この例のように、既成概念や建前にとらわれず、相手がされたらうれしいことをすれば、それは自然に広がっていくものです。多くの人は、つい自分目線で物事を考えたり、ひとりで何でもやろうと抱えこんだりしがちですが、自分ファーストだけではうまく仕事は回りません。どんどん貢献していくことで、やがては自分に返って来るものであるし、心と時間に余裕をもって働くことができます。

「働く」という字は、「人」のために「動く」と書きます。また、「はた(傍)の人をらく(楽)にする」のが「働く」の意味だとも。『はた(傍)』とは他者のことです。他の人をラクにする、楽しませる。

…私たちは何のために働いているのでしょうか?自分の生活のため、家族のためだけでしょうか。自分ファーストではなく、他者のため、社会のためになること。そう考えると、何をすべきかも自ずと見えてくると思います。

そういった視点から、お陰様で全国に拠点をもつまでに成長したアパホテルは、今後単なるホテルではなく、「街においてなくてはならない場所」という役割を担っていきたいと考えています。

その一環として力を入れているのが、上級・普通救命技能検定証の習得です。現在、アルバイトも含め社員約1,800人が救命講習を受講し、会社から補助金も出しています。もちろん私も上級救命技能認定証の講習を受けています。様々な方が出入りし、24時間オープンしているホテル。体調の悪い方やご高齢の方もいらっしゃいます。万が一心肺停止した時、最初の3分で救命の明暗が分かれます。お客様の安心・安全・安眠のために日々取り組んでおります。実際に、ホテルに入館してすぐ倒れたお客様をアルバイトが迅速に対応し、その後の後遺症もなく生還し、消防総監感謝状をいただいたこともあります。

駅前に24時間灯りのともるホテルがある。それだけで安心感がでますし、ホテルがあることで人の移動が生まれますから、ホテル近隣の商業施設や飲食店、交通機関への売上にも貢献していると思います。

最近では新幹線の停まるJR福島駅前に362室の新築ホテルをオープンしました。被災地復興支援として、中古の改装などよりも新築のホテルを福島に建築することが最大の貢献であると考えました。大浴場つきなのですが、ホテルを建築した施工主の粋な計らいで、大浴場の床にハート型の石が埋められています。見つけた方は幸せになれると思いますので、是非探しにいらしてください(笑)

「逆境こそチャンス」を実践する方法

不利な境遇から出発したアパホテルは、もちろん順風満帆ではありませんでした。それまでの「常識」とはかなり違う戦略をとったことで注目を浴びましたが、批判的な観点からの注目があったことも事実です。また、企業として成長するにつれて、困難で不条理な事態に直面することも多々ありました。しかし、あるひとつのことを常に心がけていたことで、様々な困難も切り抜けられました。

それは、課題や逆境があった時に、「ダメだ」「どうしよう」ではなく、「どうやったらできるだろう」をいつも心がけるようにすることです。

「逆境こそチャンス」という言葉は、いまや成功哲学を少し勉強した方ならご存知だと思うのですが、それは脳科学の側面から見た時にも、真実なのです。

脳とは、思ったことやイメージしたことへの答えを出すようにできています。ですから、逆境に直面した時に「どうしよう」「わからない」「もうダメだ」…と思うと、思考はそれを証明する方向に働き始めるのです。ということは、逆に「どうしたらできるだろう」「実現できるはずだ」と考えると、脳はその答えを出すために努力し始めます

アパホテルで取り組んだ例でいうと、2つのことが挙げられますね。どちらも、逆境をチャンスに変えて、大ヒットにつながった例です。

ひとつは、アパホテル&リゾート〈東京ベイ幕張〉のポカリスエットプール。ここは別のホテルから買い取った物件でしたので、元々屋外プールがありました。しかし、プールというのは使わなくても管理するだけで費用が膨大にかかり、プールの運営だけで赤字になる状態でした。そこで私は「どうしたら黒字にできるか?」を考え続けました。社員に聞いても皆できないと言う。では外に求めようと、私が企画したやり方が大塚製薬さんのポカリスエットとのコラボレーションです。

海に近いという立地。そして、毎年幕張で開催されるライブのスポンサーがポカリスエットであることに気が付き、ホテルのプールをポカリスエットブランド一色にすることで、差別化とブランドアップにつながると思いました。ご担当者にプレゼンした結果、資金を出していただき、現在の、プールの底に巨大なポカリスエットのロゴ、ユニフォームやパラソルなど…全てがさわやかな青と白で統一されたポカリスエットプールが出来上がり、ホテルのプールがブランドアップされ、集客力が向上し赤字だったプールを黒字に変えることができました。

もうひとつの例は、最近特に評価が高い300万食を達成したアパ社長カレーです。アパグループでは、直営レストランも経営しております。ところが、同じブランドのレストランのはずなのに、各店舗のシェフによって、作るカレーの味がバラバラだったのです。それを統一する目的で、私が2011年4月にプロデュースしたのが、業務用のアパ社長カレーです。美味しいものを安定して作れるようになったので、これはPRも兼ねてホテルのフロントで売ったらどうだろうか…と個別パッケージ化したのがアパ社長カレーの始まりです。大手ビジネス誌のホテルカレー番付で「パッケージ・ネーミング共に強烈なインパクト。評価が1か5に分かれるが、5の獲得数では最多だった。」とのコメントや、アパ社長カレーアンケートでは99.3%の人が美味しいと回答されるなど好評です。また、アパ社長カレーは日本赤十字社等に寄付するなど様々な形で役立っております。

会社では、社長であれ従業員であれ、日々様々な困難に直面します。その時に、「難しい」と感じることは普通のことです。しかし、そこでとどまるのではなく、逆境はチャンスと捉え「いかに可能にするか」「どうやったらできるか」に思考をシフトチェンジする。すぐに答えは出ないこともあると思いますが、「可能性」に意識を向けるだけで、他のことをしている時も、潜在意識では脳がその「可能性」への答えを探し続けています。よく、掃除や睡眠前など、仕事とは全く関係ない時に思わぬアイディアが生まれてくる…といいますが、その通りだと思います。信じて探し続ければ、必ず答えは見つかります。

絶対にあきらめない。逆境こそが新しいものを生み出すチャンス…そんな姿勢を、アパグループの成長と共に、間近で学ぶことができました。

代表がつくられた「アパ的座右の銘」で私が好きな言葉があります。 「自分で風を起こし、その風に乗れ」

変化の著しい現代。これからの社会を担う皆さんは、ますます新しい課題やイレギュラーな出来事に出会うことが多いかも知れません。この「可能性」を探し続ける姿勢を持って、積極果敢に挑戦し、行動し、変化を楽しみながら、新しい時代を切り拓いて人や社会に貢献してほしいと願っています。 文・倉島麻帆 写真・山中研吾

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