転職は仕事と夢の両立のため──チアリーダー和氣聡美さん(1)
野球やアメフトの試合を盛り上げ、華を添えるチアリーダー。そんな全世界のチアリーダーの憧れの舞台、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)に、この春挑戦する日本人チアリーダーがいます。和氣聡美26歳。これまで金融機関や兵庫県障害者スポーツ協会に勤務しながら、チアリーダーの活動を続けてきました。しかし和氣さんはNFLのチアになることが究極の夢ではないと言います。今回は和氣さんのこれまでの人生の歩み、仕事とチアの両立、そしてNFL挑戦の先にある夢について語っていただきました。
和氣聡美(わけ・さとみ)
1991年、兵庫県生まれ。大学時代にチアを始め、卒業後 3 年間、信用金庫で勤務しつつ、日本のアメリカンフットボールの最高峰リーグである Xリーグのチアリーダーとして活動。2016 年には X リーグのオールスターチアリーダーに選出。2017 年からはガンバ大阪のチアダンスチームに所属。約4万人収容のスタジアムでのパフォーマンスや、ホームタウンでのイベントに出演。2018年2月まで障害者スポーツ支援協会で勤務しつつ、障害者スポーツとチアを繋ぐ活動にも尽力。2018年3月にNFLチアを目指し、渡米。
チアを始めたきっかけ
──和氣さんがチアリーディングを始めたきっかけを教えてください。
高校で友達に誘われてダンス部に入りました。部のみんなと卒業生が所属する関西学院大学のチアリーダー部の卒業公演を観に行った時、チア部のみなさんのパフォーマンスに大きな衝撃を受けたんです。とにかくエネルギーがすごかった。特に、3段タワーを作ったり、空を飛んだりするスタンツというパフォーマンスを初めて生で観た時、どうしても一番上からの景色を見たい、私も空を飛びたいと思ってしまって。それがチアをやりたいと思ったきっかけです。それで龍谷大学に入学後、迷わずチアリーダー部に入部しました。
──実際にチアをやってみていかがでしたか?
すごく楽しかったです。チアは長時間激しく踊り続けなければならないし、人を持ち上げたり、上から降ってくる人を受け止めたりしなければならないので、思った以上に筋力や体力、持久力が必要な競技。特にスタンツは危険を伴う技なので、仲間との信頼性も重要な要素なんです。それだけにトレーニングはハードでしたが、仲間と一緒に自分たちの力を信じて演技をやりきって、その結果が表彰につながるという部分がすごく私に合っていると感じました。野球部やアメフト部の試合に応援に行くので、いろんな感動の場面に立ち会えたり、観客と喜びを共有できることも楽しかったですね。チアをする時は常に笑顔で踊るので自分も楽しいし、しかも観る人を笑顔にできるというなんてお得で素敵な競技なんだと思いました。このチアの魅力は今でも全然変わっていません。
働きながらチアとして活動
──大学卒業後は?
尼崎市の信用金庫で3年勤め、その後兵庫県障害者スポーツ協会に転職して働きながらチアの活動を続けてきました。
──仕事とチアの両立は問題なくできたのですか?
信金時代の3年間は社会人アメリカンフットボールXリーグのチーム「アズワンブラックイーグルス」でチアをしていました。アメフトは試合が土日しかないので、フルタイムの仕事との掛け持ちでも続けることができました。チームの練習は水曜日と土曜日の週に2回。水曜日は仕事を終えてから練習をしていました。その他の日は自主練です。
2016年に、「Xリーグ」の全チームに所属する170人以上のチアリーダーの中から15人しか入れないオールスターチアに選抜され、12月に社会人日本一を決めるジャパンエックスボウルで東京ドームの舞台で踊れました。これがアメフト時代に一番印象に残っている出来事ですね。これが3年間の集大成だと感じて、いい節目となったし、次のステップへ行きたいと思いました。それでJ1のガンバ大阪の専属プロチアーリーダーのオーディションを受けて合格。2017年シーズンからガンバ大阪の試合やイベントで踊っています。
ガンバ大阪は、ホームゲームでチアリーダーが出演できる試合数は年間20試合ほどなのですが、イベントも多くて20回以上あるんですね。だから試合とイベントを合わせて踊る機会は年間40~50くらい。平均すると月に4回、毎週1回は踊っているということになります。試合当日はキックオフの6時間前に集合し、練習やリハーサル、チアパフォーマンスなどを行うので、解散まで9時間はスタジアムにいます。
試合がない時は練習です。チーム練習が週に1回、毎週日曜9時から15時まで。あとは自主練で、仕事を終えた後、チームメイトと一緒に公園などで踊っていました。芝生の方がピッチをイメージできていいかなと(笑)。その他のトレーニングとしては、週に2回ほどジムでダンベル、マシンなどの筋トレ、ランニング、水泳などを行っていました。このようにチアの活動もやるべきことがたくさんあって、仕事をもう1つもっているようなものなので、シーズン中はかなりハードでしたね。でも好きなことだから全然苦ではありませんでした。
──ガンバ大阪で一番印象深い出来事は?
2017シーズンのガンバ大阪のチアメンバーは14人なのですが、シーズン終盤にはセンターで踊ることができました。やっぱりセンターは一番技術レベルが高く、華がある人がなるし、センターで踊るということはチームを背負っているということでもあるので、どうしてもセンターで踊りたいとずっと思っていました。それだけに最後の最後で踊ることができてすごくうれしかったですね。
──プロのチアリーダーということは、チアのパフォーマンスで報酬を得られるんですよね。それで生活していけるくらい、もらえたりするのですか?
いえ、プロといってもチアだけで食べていける日本人はほとんどいないと思います。もちろんアメフトのXリーグなどのアマだと無報酬です。そもそもチアリーダーは名誉職なので、お金を稼ぎたくてチアになる人はいないんですよね。だからみんな仕事は別にもって、空き時間でチアの活動をしているんです。
仕事とチアの両立のため転職
──だから和氣さんも大学卒業後、信用金庫に勤めながらチアの活動をしていたのですね。信金を3年間で辞めて兵庫県障害者スポーツ協会に転職したのはなぜですか?
アメフトのチア時代は問題なかったのですが、サッカーのチアをするようになってから仕事との両立が難しくなってきたからです。3年勤務して、与えられたノルマは全部達成していたのですが、サッカーは平日に開催される試合もあって、その度に休むのは難しかったんです。それで5月から兵庫県障害者スポーツ協会に転職して、嘱託職員として経理の仕事を始めました。
──なぜ転職先に兵庫県障害者スポーツ協会を選んだのですか?
学生時代から障害者と関わる仕事がしたいと思っていたのと、私の大好きなスポーツという要素も加わっていたので、私にぴったりだと思ってこちらに転職したんです。
勤務時間は月曜日から金曜日まで9時から17時までのフルタイムなので信金時代とあまり変わらないのですが、チアの活動にとても理解があって、平日の試合の日に気兼ねなく早退できたので助かりました。試合のある日はチアの用具を詰め込んだキャリーバッグを事務所に持って行って仕事を2時間してそのままスタジアムに行っていました。仕事内容は経理なのですが、信金時代のスキルが活かせるし、業務で障害者スポーツ選手と触れ合える機会も多くかったので、収入はだいぶ下がりましたがこの協会に転職してよかったと思っています。
──信金という安定した会社を辞める時は悩まなかったのですか?
確かに協会は嘱託なので収入は減るし、不安定にもなりますが、悩まなかったですね。その分切り詰めればいいやと。それよりもチアの活動と両立しやすいことと、障害者スポーツに関われることの方が魅力的だったということです。
チアも仕事も同じくらい大事
──和氣さんはこれまでチアと仕事、二足のわらじで活動してきたわけですが、もしチアだけで生活できるだけの収入を得られたら理想的という感じでしょうか?
いえ、そういうわけでもありません。信用金庫や障害者スポーツ協会の仕事も単なる生活費を稼ぐ手段だと思ったことは一度もないし、チアを続けるために仕事をしてきたわけでもありません。
仕事も自分が好きで楽しめることをしたいと思っていました。仕事を通して得た成果や仕事に臨む姿勢はチアにも関わってくるし、その逆もまた然りなので、私にとっては両方同じくらい大事です。チアと同じくらい仕事も一所懸命やりたいんです。チアと仕事のバランスが重要で、もしそれが崩れたら充実した人生じゃなくなると思うんです。仕事をやってる時の私とチアをやっている時の私、どちらも好きで、どちらも本当の自分なんです。もしチアだけの生活になると、チアが嫌いになると思います。
特に障害者スポーツ協会の仕事は自分自身がやりたいことだし、楽しくやらせてもらっていました。そのおかげでチアと仕事の両方を頑張った結果、障害者とチアを繋げるという新たな夢が見つかりましたしね。
障害者スポーツ協会に転職したのは、チアと障害者を繋げる活動ができるかもしれないと思ったからです。協会で働いていた時に、あるイベントで発達障害やダウン症の子たちのダンスを観る機会があったんです。彼らは音楽に合わせて踊るのが好きで、踊っている時、心から楽しそうな笑顔を見せるんですね。彼らの演技の時だけギャラリーがすごく多くて、みんな応援していました。その光景を見た時に、これをチアでやりたいと思ったんです。チアは見ている側も笑顔にできる、周りを巻き込んでいけるパワーをもつ素晴らしい競技。そのチアをあの子たちと一緒にやりたいと思っているんです。
また、車椅子でチアチームを結成することも目標のひとつです。車椅子ダンスは競技としてあるので、その動きに加えて、チアの基本的な動きを教えて車椅子でチアダンスをできたらいいなと。イベントなどでお客さんの前で披露できるようなチームにまで育てたいと思っています。
その時、胸を張って障害者の人たちに教えるためにも、NFLチアを経験したいんです。彼らに頑張れば夢はかなうことを伝えたい。そのために必ずオーディションに合格しなければならない。NFLチアへの挑戦にはそんな思いも込めているんです。
【後編へ続く】
仕事にも誇りをもって打ち込み、この春のNFLチアに挑戦する和氣さん。次回(3月27日更新予定)はその意気込みについて語っていただきます。お楽しみに!
文:山下久猛 撮影:山本仁志(フォトスタジオヒラオカ)
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