「Maggie’s東京」がん支援の新しい形、秋山正子センター長に聞く[後編]
前編「英国発『マギーズ・センター』に世界が注目」で紹介したように、マギーズは一人の英国人がん患者女性の思いから生まれました。その日本第一号が2016年に東京で誕生したのも、一人の日本人女性の積年の思いが実現したものでした。
筆者も両親をがんで亡くした当事者として「マギーズ東京」を訪問し、その役割を体験。後編では、その内容を紹介します。
予約無しに立ち寄れ、無料で時間を気にせず相談
東京・豊洲、築地市場の移転先と目と鼻の先に、がん支援センター「マギーズ東京」が2016年10月にオープン。高いビルも無い埋め立て地の一角、海を背景に緑の植栽に囲まれた平屋の建物がたたずんでいました。【画像1】ナチュラルなガーデン・アプローチと開放感のあるデッキが、人を招き入れる(写真提供/マギーズ東京)
ドアを開けてくれたボランティアの男性が、「よくカフェと間違って、入って来られるんですよ」。実際、近所のイベント会場から女性たちがふらっと入って来ては、がん支援センターと知り帰っていくのが何度か見えました。庭と建物のランドスケープが醸し出すWelcomeな雰囲気が人を惹きつける、前編で紹介した”空間の力“がここにもあるようです。【画像2】木製デッキ沿いから入口まで大きなガラスドアが続き、歩きながら中の雰囲気を感じることができた(写真撮影/藤井繁子)
ドアを開け一歩入ると、むくの床から建具、天井まで木がふんだんに使われた明るく柔らかな空間になっています。【画像3】日当たりの良いオープンなダイニングとキッチン(右手の奥)。折り上げ天井で空間に変化と豊かさを創り出し、アフリカンチェリーの大きな一枚板のテーブルや柳宗理デザインの和紙の照明などが空間のクオリティを高めている(写真提供/藤井浩司(ナカサアンドパートナーズ))
丁度お昼時で、お弁当を広げている方やお茶を飲んでくつろぐ方、利用者は看護師などの専門家・ボランティアの方と思い思いに過ごされている様子。【画像4】木製の建具や家具が利用者の体と心を優しく包む。病院や施設とは違う、柔らかな空気感(写真撮影/藤井繁子)
「マギーズ東京」センター長の秋山正子さんに、お話を伺うことができました。「医療の発達とともに今、がんは何年も付き合っていくような病気に変わっています」と、訪問看護で長年、がん患者にも接してきた秋山さん。
「病院と自宅、それぞれでできることがあり、またできないこともあります。通院中の患者さんが、日常の中で何か頼れる人や場が自宅以外にあればと考えていたところ、2008年に英国マギーズ・センターの活動を知り日本でも実現したいと思ったのです」【画像5】長年、医療現場や看護教育などに携ってきた秋山さんも、40代の姉をがんで亡くされた経験者。訪問看護を最前線で推進しながら、がん患者支援のあり方を模索されてきた(“市谷のマザーテレサ”の異名を持つ、秋田生まれの67歳)(写真撮影/藤井繁子)
「マギーズ・センターをモデルに、無料で気軽に医療や生活相談をできる『暮らしの保健室』を立ち上げて活動をしてきました。5年がたったころに出会った、鈴木美穂さん(24歳でがんを経験したテレビ局報道記者)たちの若い力を得て『マギーズ東京』実現に向けて大きく動き出しました」
英国のようなセンターをつくるには、まず用地や建築資金が必要。利用者は無料なので運営資金も継続的に必要です。
「英国のようにチャリティー文化が根付いていない日本で、資金集めのハードルは高く、皆様の知恵とご支援によって何とか船出をしたところです」
設立に向けては、クラウドファンディングも活用して資金を集めるなど、さまざまなチャレンジによって夢を実現されたようです。
ここ豊洲の建築地は2020年までの借地ということでパイロット・プロジェクトの形になりますが、2016年10月オープン後1年間の利用者6000人超は「英国本部からも初年度としては多いとの感想でした」(秋山さん)。現在も日に25人前後、多い日には40人くらいが利用。マギーズの支援活動を必要とする人々が、まだまだいるようです。
英国のコンセプトを実現しながら、低予算でも日本らしい住空間に
秋山さんにお話を伺ったのは、中庭に面したリビングルーム。マギーの提案した10の建築要件(前編で紹介)どおりの空間。でも、必須アイテムの「暖炉」と「水槽」が無い?
「暖炉は英国人がHome(家)を感じるものなので英国には必要ですが、日本人としては障子なんかが日本の家を感じるものとして、ここでは使いました。それと水槽は無いのですが、この豊洲の埋め立て地は静かな海の水辺なので、天然の水槽?ということで(笑)」【画像6】障子ドアの向こうは、仕切れば個室になる。この日も看護師さんと利用者が対話中(写真撮影/藤井繁子)
英国のマギーズとは違って低予算の事業、このように快適な空間はどうやって実現したのでしょう?
総合プロデュースを佐藤由巳子さん(建築・アートコーディネーター)、総合監修を阿部勤さん(建築家)が担当。平屋2棟を中庭で廊下を渡してつなぐ配置の工夫や、その1つのアネックス棟(設計:日建設計)は建築関連のイベントで活用したものを移築し再利用するなど、関係者の涙ぐましい努力によってローコストでハイクオリティな空間が実現しています。 【画像7】本館は予算の関係で軽量鉄骨プレハブ構造だが、内外装に木製建具を活用し木造建築のよう(設計施工:コスモスモア)(写真撮影/藤井繁子)【画像8】木製サッシにする予算が足りず、追加でファンドを立ち上げたというこだわり!断熱性だけでなく、空間の質感も高まった(写真撮影/藤井繁子)
「すてきな場所で迎え入れられると、人は”認められた”という気持ちになるでしょ。受け入れられ心が落ち着くと、自分から話をしたくなるもの」(秋山さん)
“空間の力”によって対話が生まれることを教えてくれました。
患者も家族も「自分の力を取り戻せるよう」支援
利用者の気持ちを受け止めてくれるケアリングのプロたち。看護師や心理士、ソーシャルワーカーなど専門家が、個々の悩みや問題を解決するために一緒に考えてくれます。個別相談以外に、1時間程度で参加できるセッションも企画されています。「食事のお話」や「体・脳のリラクセーション」など、日常的に役立つテーマ。訪問当日は、【心のリラクセーション】が企画されていたので筆者も参加してみました。 【画像9】アネックス棟は三角屋根のオープン空間に合わせてデザインしてつくられたソファでもくつろげる。リラクセーションのセッション時には家具を移動させ、椅子を並べマットが敷かれてあった(写真撮影/藤井繁子)【画像10】心理療法士の方が、心を体で調整する方法をレクチャー。「深く息を吐くことから」と呼吸の大切さを教えてくれた(写真撮影/藤井繁子)
マギーの遺志を継いだイギリス本国のローラ・リー(故マギーの担当看護師)マギーズ・センターCEOからは
「『マギーズ東京』の運営を継続していくために、資金集めを行っていく必要があります。私たちは必要としているすべての人が、マギーズの支援を受けられるようにしたいと強く願っています。一度ぜひ『マギーズ東京』にお立ち寄りいただき、私たちのやっていることを皆さんの目で見てください」と、運営の後押しを願うメッセージ。
秋山センター長も「直接的ではなくても、さまざまな方向から大きな渦のように支援の輪が広がり、マギーズの活動が世の中に役立てばと願っています」
同じような境遇の人たちと出会うだけでも、患者の心は和み勇気が湧いてくるかも知れません。ここへ来れば、自分の置かれた状況にどう向き合って行けば良いのかを考える、手助けをしてもらえるのです。患者を抱える家族や友人も、患者に対してどう接するべきなのか……。悩む気持ちを打ち明ければ、何か解消するきっかけが見つかりそうです。
今回マギーズという場があることを知り、私にも次にやって来るその時のあり方が、両親の時とは違ってくるだろうと感じることができた取材でした。●取材協力
・マギーズ東京(特定非営利活動法人maggie’s tokyo)
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