「お前気に食わない」と直接言われたこともある…それでもスーツで働く理由 | 齋藤聖人(農家)

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近年IoT活用などで注目が集まる農業分野。しかし一方でその現場は単純作業が多く、個性やクリエイティビティを発揮しづらい点が若者を遠ざける一因になっているともいわれます。今回お話をうかがったのはビシっときまったスーツ姿での農作業姿が注目を浴びている、「スーツ農家」こと齋藤聖人さん。江戸時代から350年以上続く由緒ある農家に生まれながら、農業への新しいアプローチを模索する齋藤さんに仕事への向き合い方を伺いました。

齋藤聖人(さいとう きよと)

山形県川西町で最も歴史ある農場を持つ齋藤家の16代目。新米農家ながら、スーツを着て農作業を行う姿に国内外から注目が集まっている。

スーツ農家 齋藤聖人 (@suit_farmer) | Twitter

 

好きではじめた仕事なのに

「なぜ働いているのか分からなくなった」

——ご実家は16代も続く農家だとか。幼少期から、家業を継ぐという想いはあったのですか?

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そうではないんです(笑)小さい頃から農業を手伝っていて「家の仕事だからやらなきゃ」と受けいれていたのですが、父親からはずっと「将来は農家にならなくてもいい。好きなことをやりなさい」と言われて育ちました。父はこの家を継いだことで本当にやりたい仕事をできなかったという背景があり、その苦労を子ども達にさせたくなかったようです。私は思春期の頃、地元や農業に対して「つまらない」と思うようになり、建築業界に興味を持ち始めました。高校卒業後は建築について学び、そのまま建築関係の仕事についたんです。

 

——農家を始める前は神戸にいらっしゃったそうですが、その後どのように現在に至ったのでしょう?

神戸に行ったのは、当時神戸で働いていた妻と一緒に住むためです。神戸に行く前にも仕事で東京など各地を転々としていて、地元に帰るつもりはありませんでした。

もともと私は設計やデザインに興味があったのですが、まずは現場で経験を積まないと……と、現場管理の仕事ばかりこなしていました。ハードワークで心身ともに辛くて「一体何のために働いているんだろう」と、好きで始めたはずの仕事が嫌いになりそうでした。

そんな折、たまたま山形に帰省していたときに東日本大震災が起きました。当時多くの人がそうだったように、地震を機に「これからの人生をどう生きよう」と考えたんです。妻との暮らしやその先の子育てのことを考えたら、地元に戻ったほうがいいだろうとう思いに至りました。すでに私の兄弟は別の仕事についていたので、「実家の農業は自分がやるしかない」と決意しました。自分が継がないとこの家が無くなってしまう状況だったので、それは嫌だなと。農業がやりたいというよりも、帰る場所や家を無くしたくないという想いのほうが強かったです。

 

——農家で「スーツ」という発想に至ったのはなぜですか?

アパレル関係で働いている兄が「もし俺が農業やるなら、スーツ着てやる。ダサい格好は嫌だ」と話していたことがきっかけです。私は農業に対して「新しいことができそうだ」という期待がありましたし、農業でなにかおもしろいことをしようと思って、そのアイデアをもらいました。

農業を始めた年、田植えの初日にスーツを着て田んぼに行きました。最初は「結婚式?」って冗談だと思われたり、頑固な祖父には「そんな格好で農業ができるか。着替えてこい」と怒られたりしましたが「自分はこれでやる」と宣言したんです。一年目は田植えや稲刈りなどの“メインイベント”のときだけスーツだったのですが、段々と噂が広がっていって、たまたま自分を見かけた人に「あいつスーツ着てないじゃないか」と思われたら嫌なので、今では農作業のときは必ずスーツを着ています。

農業は自然と向き合う仕事なので、365日24時間休み無しという働き方にどうしてもなってしまいがちです。ですが私はスーツを着ることで、気持ちのオンオフがしっかりできるようになりました。何より、仕事が楽しめるようになりました。

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自分が目立つことで、閉鎖的な田舎社会を変えていきたい

——農業をはじめてから、想像とのギャップはありませんでしたか?

本格的に農家を始める前は、その大変さはなんとなく理解していたものの、のびのびとしていて自由に働けるというイメージをもっていました。でも、実際は全然自由じゃないんですよね。会社に管理されることはありませんが、どこかで手を抜くとそのぶん自分に返ってきますし、また理解や協力を得るために地域とのコミュニケーションは欠かせません。本当は農作業だけに専念できれば良いのですが、地域の集まりなどもあって丸1日オフという日はほとんどありません。

いま新たに農業への注目が集まっている風潮がありますが、実際には後継者不足はまだまだ深刻な問題です。年々畑を手放す人は増えていますし、そのぶん他の農家が見るべき畑が増えてますます忙しくなる……という悪循環。私は代々続く農家の16代目というバックボーンがあるので、地域との関わりでは大目に見てもらえることもあります。しかし、一方で都会からUターン、Iターンでやってきて、農業に新規チャレンジした人が地域と馴染めずに結局去ってしまう……ということもあります。人手を増やすためにオープンにならないといけないのに、田舎社会の閉鎖性は、まだ時代の流れと逆行しているんです。

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だからこそ、私は好きな格好で好きなように仕事をするようにしています。実際に「スーツ農家」というスタイルは万人に受け入れられているわけじゃないですし、「お前が気に食わない」と直接言われたこともあります。でも、地元の16代目農家である私がこうして目立って注目をあびることで、よそからやってきた人に「もっと自由にやっていいんだよ」と伝えたいですし、「農業っておもしろそう」と興味を持ってもらいたい。出身に関わらず同じ想いを持った仲間を増やしていきたいと考えています。

最近では「ファーマーズ5」というJA青年部のユニットを組んで農作業風景をFacebookで発信したり子どもたちに農作業を教えたり、という活動をしています。近年は農家の子でも作物がどうやって育つかを知らない子も多いんですよ。

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いま改めて思う「つまらない」田舎を、もっと「おもしろく」

——今後は、どのような発展を目指しているのですか?

いまの目標は「日本一有名な米農家」になることです。同時に農業の地位も上がって、若者の職業選択のひとつに自然と「農家」があがるようにしたいですね。そのために私自身も若いうちにさまざまなアプローチを見せたいですし、どんな格好でも仕事はできるんだと伝えたいです。あるとき、となりの高畠町に住む20歳くらいの女性2人が、私のことをメディアで知り「雇ってください」と連絡してきたことがありました。残念ながら従業員を雇うほどの余裕がなかったのですが、実際に会って農業についてアドバイスなどさせていただきました。こうした影響が現れるのは、非常にうれしいです。

私はかつて「田舎ってつまらない」と思って、地元を出て就職しました。そして再び戻ってきましたが、正直「田舎ってつまらない」という気持ちは変わっていません。でも、あの頃と違って今なら自分で「どうすればもっとおもしろくできるだろう」と考えて、変えることができる。まだ修行中ですが、もっとこの仕事を愛せるように、自分なりの形を引き続き発信していきたいと思います。

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取材・文:伊藤七ゑ 撮影:向山裕太

 

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