それでも〆切りはやってくる… 〆切りに泣いた大作家たち
「しめきり」。皆さんがこの言葉を最後に意識したのはいつですか? 「仕事の納期が迫っていて……」という人も中にはいるでしょうが、おそらく「〆切り」という単語を鬼気迫る存在として、これ以上ないほどひしひしと感じているのは作家以外にいないかもしれません。
今回ご紹介する『〆切本2』は、明治から現在にいたる作家たちの〆切にまつわるエッセイや手紙、日記、対談などを集め好評を博した『〆切本』に続く第2弾です。表紙からして「とうとう新潮社社長の私邸に監禁」「やっぱりサラリーマンのままでいればよかったなア」「俺は樹になりたい」などおだやかではない文字が並ぶ本書。80人の書き手による勇気と慟哭が詰まった一冊となっています。
まず目次を見て驚くのは、豪華すぎると言っても過言ではない書き手の面々。森鴎外や武者小路実篤、川端康成、芥川龍之介といった日本史に燦然と輝く文豪をはじめ、松本清張や向田邦子、横溝正史など昭和に活躍した大衆作家、川上未映子やリリー・フランキーなど今現在活躍中の作家など、時代やジャンルを超えて実に多彩。中には、ドストエフスキーやバルザックなど海外の作家までもが名を連ねています。
そして、作家名とタイトルと見ただけでも彼らの個性がすでににじみ出ているのも興味深いところ。たとえば、町田康は「だれが理解するかあ、ぼけ。」だし、赤塚不二夫は「バカラシ記者はつらいのだ」。赤川次郎の「ミステリー作家の二十四時間」や松本清張の「灰色の皴」なんてそのまま彼らのミステリー小説のタイトルのよう。
実際に中身を読んでも、それは変わらず。それぞれの作家ならではの文体を通して、彼らのキャラクターがくっきりと浮かび上がってきます。小説や漫画など作品からだけではわからない作家本人の人間性が、〆切りという脅威を前に如実に現れるというのは、作家側としては悲劇でしょうが、読み手としては非常に面白いものです。
たとえば、〆切りに追われる苦難やストレスをエッセイ形式で書いたものなどは読み物としての体裁が整っているといえますが、中には「実際に〆切りに間に合わなかった」なんてものも。数々の奔放なエピソードを持つ野坂昭如については、本書では直筆の原稿とともに、小説新潮編集部によるお詫び文も一緒に掲載されています。「野坂昭如氏、心身不調のため、冒頭の『淫行礼賛』の原稿が遂に締切校了に間に合わず、中絶の止むなきに到りました。不完全な作品を掲載致しましたことを、読者の皆様に深くお詫び申し上げます」とのこと。本人のみならず編集部の心労まで伝わってきて、こちらまで胃が痛くなりそうです。
また、遅筆で有名な井上ひさしによる「遅筆詫び状」なるものも。編集者らしき人に原稿の進捗状況を何度も報告しているのですが、ワープロ酔いしてしまうと言ってみたり、奥さんが産気づいたと書いてみたり。原稿を書けない口実のレパートリーが豊富で、むしろ感心してしまうほど。
〆切りを前にすると、人はここまで追い詰められ苦悩するのかとなんとも言えない気持ちになるとともに、それでも筆をとり続ける作家たちの業の深さには感じ入るものがあります。〆切りと戦い抜いてきた〆切りのプロたちの作品を集めたアンソロジー80編、皆さんも手に汗握りつつ読んでみてください。
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