幻都ヴェネツィアをじっくり堪能できる味わい深いエッセイ
せわしない日常から離れて、どこか海外でのんびりしたい。そんな夢はなかなか実現しないものですが、ときに本がそうした願望のなぐさめになってくれることがあります。
『対岸のヴェネツィア』はイタリアのヴェネツィアに移り住んだ日本人ジャーナリスト・内田洋子さんによるエッセイ本。これまでにも『イタリアン・カップチーノをどうぞ 幸せが天から降ってくる国』『十二章のイタリア』などイタリアに関する著書を数多く執筆している内田さんですが、本書ではさらに円熟味を増した滋味あふれる語り口で読む者をヴェネツィアの街へといざなってくれます。
ぜんぶで12章からなる本書。読み始めると、ヴェネツィアを訪れたことがない人でもすんなりとその世界へと入り込んでいくことができます。なぜかといえば、それは彼女が書く文章にあるかもしれません。
「暮らし始めると、幻都ヴェネツィアですら日常になる。駅、友人との待ち合わせに喫茶店、キオスクで新聞を買い、青果店にパン屋、映画館や書店、毎日の公園に薬局もときどき」「天候の良いときは観光客で身動きが取れないし、歩けば橋に当たり、頻繁に冠水、蒸す夏に凍る冬、敷石は揺らぎ、走り抜けるドブネズミ、漆喰が剥がれ落ちた壁はカビで黒ずみ、湿り気と澱んだ臭いが路地裏に重なり合う」「灰色の空と深緑色の運河、黒ずんだ煉瓦を背景に、野菜と果物が赤、黄、緑と鮮やかに浮かび上がり、店主と主婦たちの掛け合いが活き活きと響く」。……どうでしょう。けっして大げさではない、けれど情景が脳裏にぱーっと思い浮かんでくるような文章ではないでしょうか?
本書で描かれている内容についても、何か大きな事件が降りかかるわけではありません。あくまでも彼女の身の回りで起きた日常が描かれていきます。たとえば「陸にあがった船乗り」という章では、内田さんはアントニオという男性と広場で出会います。もとは船乗りだったという彼は、あるとき裕福なマダムに拾われ、彼女に仕えることになったといいます。アントニオと女主人との関係性や暮らしぶりはまるで古いイタリア映画でも観ているかのようで、美しく抒情的。とても心地よい読後の余韻を私たちにもたらしてくれます。
また『コンサートに誘われて』の章では、上階の住人ブルーノから招待されておとずれたコンサートの様子が描かれます。会場は14世紀に県立されたというヴェネツィアを代表する建築物、フラーリ教会。地図を描いてもらったにもかかわらず道に迷った内田さんは、ゾクゾクするようなちょっと不気味な体験をすることに……。
ヴェネツィアでの日常を、街やそこに住む人々を通して魅力的に描き出しているエッセイ12章。読めば皆さんも自分がヴェネツィアに住んでいるかのような気分を味わえること請け合いです。すぐに旅には出られないけれど、本書を通して皆さんも異国気分をぞんぶんに味わってみてください。
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