20年間の公務員生活から起業!その時、妻の思いがけない一言「○○するね!」【挑戦者を支えた「家族」の葛藤】角勝さん前編
もし、企業に勤めている家族に突然「起業したい」と打ち明けられたら、皆さんはどうしますか。これからの生活を考えて反対する人もいれば、志を感じてすぐ賛成する人もいるのではないでしょうか。たとえどんな結論を出したとしても、そこへ至るまで家庭ではさまざまな葛藤や話し合いがあったはず。
この連載では「挑戦したパートナー」を家族がどう支えたのか、ご本人に取材してお話をお聞きしています。
第2弾に登場するのは、20年間の大阪市役所勤務を離れて起業を果たした株式会社フィラメント 代表取締役CEOの角勝さんと、妻の志保さんです。現在の角さんは新規事業提案や関連するコンサルティング、オープンイノベーションイベントの企画運営などを手がけています。
安定性抜群の市役所勤務から、なぜ角さんは起業に踏み切ったのか。そのとき志保さんとはどんなお話をしたのか。同じようにサラリーマン生活から起業し、フィラメントでもアイデアソン・ハッカソンに取り組んでいる羽渕彰博(ハブチン)さんが起業の裏話を伺いました。
角 勝さん (左)
1972年島根県生まれ。1995年に大阪市役所に入庁。鶴見区役所税務課固定資産税係からキャリアをスタートさせ、1999年以降は福祉局で総務、介護保険、高齢者福祉、障害者福祉の業務に従事。2008年に市政改革室、2010年に都市計画局に配属。2012年に科学技術振興担当として大阪イノベーションハブの立ち上げを担当以降、多くの企業、起業家、自治体とのつながりができる。2015年3月に大阪市役所を退職、9日後には早くも株式会社フィラメントを設立した。
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角 志保さん(右)
1974年生まれ。1997年に大阪市役所に入庁、福祉局勤務時に勝さんと出会い、2008年3月に結婚。2010年3月に長女、2014年8月に長男を出産。福祉局と区役所での勤務を合わせて13年間生活保護を担当し、その知識と経験は夫からも一目置かれている。現在も時短勤務制度を活用しながら市役所職員として勤務し、子育てと仕事を両立させている。
羽渕 彰博(ハブチン)さん
1986年大阪府生まれ。2008年パソナキャリア入社後は自社新規事業立ち上げに従事しつつ、アイデアを短時間で具現化する「アイデアソン・ハッカソン」のファシリテーターとしても活躍。2016年4月に独立し株式会社オムスビを設立した。
株式会社フィラメントのイベント・メディア事業部長としても活動している。
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20年間の市役所勤務を辞めて、なぜ起業したか
ハブチンさん 僕は、角さんが市役所職員として大阪イノベーションハブを盛り上げていた2013年に知り合ったんですよ。それから2年後に起業の話を聞いて、まず「20年間も大阪市役所に勤めていた人が退職して起業した」というのが衝撃的でした。普通は辞めないじゃないですか。
勝さん 市役所には1995年に入庁して、区役所で固定資産税係、その後、福祉生局に異動しました。役所はだいたい3~4年のスパンで異動があるので、どの部署に行ってもみんな「そのうち異動する」という感覚なんですよ。2008年に異動した市政改革室は当時、大問題になっていた大阪市職員の厚遇問題を受けて、市役所全体のコストカットのために作られた部署でした。
ハブチンさん 調整力を求められる大変な部署ですね。
勝さん ええ。でも次に移った都市計画局は別名「大阪市の頭脳」ともいわれるセクションで、スマートな人たちばかりで調整関係の仕事がすごく楽になったんですよ。やっとそこで精神的な余裕が出てきた。その頃、長女も生まれました。この子を見ながら自分の仕事を振り返ったとき、急にそれまでの考えが全部つながったんです。
人類は少しずつ自らの生活の質を上げたり自由を獲得していますが、それは先人たちの飽くなき努力の結果です。自分も先人たちのような貢献をしているか考えると、まだ何もできていない。たしかに仕事はこなしていたけれど、課された義務を何とか果たすというスタンスでしかやっていない。でも子どもの顔を見たとき「この子により良い未来を渡してあげるのが自分の役割なんだ」とわかりました。そこから「もっと能動的に良いことをしたい」というマインドに変わったんです。
ハブチンさん 志保さんから見ても何か変わった感じがしましたか。
志保さん そうですね。日々面白おかしく生きている人だと思っていたんですけど(笑)。目的ができたというか。「世の中を良くするために」という話をたくさんするようになりましたね。
ハブチンさん でもまだ、起業は考えていなかった。
勝さん 公務員を続けるつもりで、起業するなんて思ってもいませんでした。その後2012年に科学技術振興担当になって大阪イノベーションハブの立ち上げに携わっても、「フットワークが軽い変わった市職員」としてどんな貢献ができるか考えていたくらいです。
ハブチンさん 角さんに起業のスイッチが入ったのはその後ですか。
勝さん 数年かけて自分なりにイベントを成功させようと集客動線を考えたり、出張時や自分の休みを使って人に会ったり、イノベーションハブを知ってもらう努力を続けているうちにだんだん成果が出てきました。それで関わった企業からイベント登壇を持ちかけられたり、雑誌の取材を受けたりするとまた大きな反響がある。
でも実績が積み上がってきたときに、ある人から「お前はもう前に出なくていい」と忠告されたんです。せっかくイノベーションハブを生かそうと自分の時間もお金も使って頑張ってきたのに、「それは認められないのか」と切なくなって。
ハブチンさん あー。その言い方はきついですよね。
勝さん 2014年の12月初めにそれがあって、気持ちが固まりました。次の3月に辞めるなら12月中に結論を出さなければいけないので、帰ってきてすぐ彼女に「もう潮時かもしれない」と話したのを覚えています。
辞める1年前にこぼしていた不満と、そこからの準備
ハブチンさん 志保さんもそのときのことは覚えていますか?
志保さん 最初に「辞めるかも」と相談されたのは、もっと前だったと思います。たしか2014年2月に経済産業省に出向する話があったんじゃないかな。めちゃくちゃ遅く帰ってきて、私は下の子を妊娠中だったんですけれど叩き起こされて「相談がある」と言われて。1年間東京に行く話を受けてもいいかと聞かれて「今のタイミングは最悪だからやめて」と答えました。妊娠中で何があるかわからないし、大阪にいてくれないと困ると。でも育休に入るんだから一緒に東京に来れば、みたいなことを言い出しました。
勝さん あったあった、100%忘れていた。
志保さん 上の子の保育所もあるし、環境を変えるのはそんな簡単ではないので断ってほしいと頼みました。その頃に「辞める」という話も少し出ていて、じゃあそれまでに何ができるのかは考えていたみたいです。東京に知り合いが増えたら起業前に自分のステージも少し上げられるんじゃないかと話していた気がします。
勝さん それ言っていたわ。完全に忘れていましたね。
志保さん 辞めるにしても、まだ下の子が生まれるまで何があるかわからないし、私も復帰できる状態になるかわかりません。それまでもうちょっと待ってほしいと言いました。
ハブチンさん そりゃそうですよね。でも公務員20年からの“転職”ではなく最初から“起業”で、志保さんは反対しなかった。
志保さん そうですね。ただちょっと不安なところはありました。起業といっても何をするのか、何でお金を稼ぐのかが全然わからない。今は大阪市の看板があってみんな一目置いてくれているだけかもしれないし、それがなくなった個人の角勝がどれくらい認めてもらえるのか、それはしっかり見極めたほうがいいよと。
勝さん そうだった。聞いたとき、ほんとそうだなと思いました。マネタイズのポイントも不明確でしたから。ただ異動するくらいなら辞めて起業する道で食べていきたい。でも彼女を安心させるにはちゃんと準備をしなければいけない。そこで考えたのが「2つのKPIを作ってできるだけ達成するよう1年間努力をすること」でした。
ハブチンさん 個人で業績評価指標を立てたんですね。
勝さん そうです。1つは、東京にできるだけたくさん行くこと。出張のときは1日とか2日、有給休暇をつなげて営業活動をする。営業といっても話すのは大阪イノベーションハブのことですが、僕が動けば「ミッションに向かってこれだけ情熱的にアタックする人間が大阪にいる」という情報も伝えられます。ハブの宣伝と一緒に自分自身の宣伝ができると考えました。
もう1つは、いろんな登壇機会を捕まえて出ていき、自分のプレゼンスを上げることです。パネルディスカッションや講演の依頼があればできるだけ引き受けて、平日のときは有給休暇を使って出かけるようにしました。
ハブチンさん その2月からの積み重ねがあったあと、12月の「潮時」話になるんですね。
志保さん 話を聞いて「もういいかな」とは思いました。子どもは無事に生まれて復帰できるだろうし、家庭は回していけるだろう、何かあったら私が稼げばいいと。彼は「給料だったら上がらないけれど、自分でやるなら可能性はめっちゃ広がる、努力次第で何でもできる」と言っていた気がします。ただ8月に子どもが生まれてずっとバタバタしていたので、あまり詳しく覚えていないんですよね……。
ハブチンさん いや本当に、奥さんは大変だったと思います。
勝さん でもそのとき、彼女が「ワクワクするね」と言ってくれたんですよ。その言葉がずっと心の支えになっています。
志保さん えっ、そのときはまだワクワクできる状況じゃなかったと思うよ。言ってない気がする。
ハブチンさん えー! そうなんですか! 全然話が違うじゃないですか。
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公務員という安定した仕事から起業するまでには、勝さんの経験と志保さんの冷静なアドバイスがありました。でも夫と妻では認識に少しズレがあるような……? 後編では、起業を成功させるために勝さんが立てた戦略と、志保さんの本音をお伝えします。
インタビュー・文:丘村 奈央子
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