あの人のお宅拝見[5] 藤原和博校長「家は生活の舞台」、著書『建てどき』から築17年の自邸を振り返る
東京都の公立中学初の民間校長として、杉並区立和田中学校校長を務めた藤原和博さん(2003−08年)。著書『建てどき』(2001年 情報センター出版局※1)で、自宅を新築する過程には子どもたちにとって学びの機会が沢山あることを気付かせてくれた。その家も17年を経て、家族のライフスタイルが変わり、どうなっているのか?
現在は奈良市立一条高校校長として奈良市在住。夏休みで東京の自宅に帰省中の藤原先生を訪ね、住宅にも一家言もつ教育改革実践家の”藤原節”を聞いてきました。連載【あの人のお宅拝見】
住宅業界に関わり四半世紀以上のジャーナリストVivien藤井が、暮らしを楽しむ達人のお住まいを訪問。住生活にまつわるお話を伺いながら、住まいを、そして人生を豊かにするヒントを探ります。
藤原流のデザイン・コード、純和風ではない”ネオ・ジャパネスク”
実は藤原和博さんと筆者は、元リクルート社の先輩後輩。筆者が編集長であった住宅雑誌「月刊HOUSING」の創刊に携わっていた大先輩。なので、住宅に精通した学校経営者なのである。︎ 何事にも独自の流儀をもった言動は周りの人を魅了し、著書『建てどき』を読んで真似をしたという人が筆者周辺にもいる。
その本の題材となったご自宅が、こちら。【画像1】は新築当時の外観写真。【画像1】”ネオ・ジャパネスク”を武田光史建築デザイン事務所と在来工法で実現(写真撮影/野寺治孝)
藤原さんはなぜか時計やバッグもプロデュースしているのだが、一貫して純和風ではない日本的デザイン”ネオ・ジャパネスク”が藤原流のデザイン・コード。そして17年後の現在は【画像2】、このような趣になっている。撮影時、夏冬の違いがあるものの、緑豊かになった外構によって重厚感が増していた。【画像2】生垣が豊かで道路から見える緑視率の高い家は、街自体の価値を高める(写真撮影/片山貴博)
この17年間で最も大きな変化? 家族の一員として増えた”愛犬ハッピー(12歳)”と、玄関で出迎えてくれた藤原さん。【画像3】ハッピーは長野県南佐久郡川上村原産の川上犬。ペットもネオ・ジャパネスク…と思いきや、純和犬(写真撮影/片山貴博)
藤原邸の玄関アプローチは、門扉から玄関ドアまでが長く深い庇(ひさし)で覆われている。雨風をしのぐ合理性と、訪問者を奥へ奥へと導くドラマ性を兼ね備えたつくり。【画像4】左写真は新築当時(写真撮影/野寺治孝)砂利があしらわれ風情あるアプローチ。右は17年後。格子に木を組みペアガラスを挟んだ特注のドアは、歪みもなく経年で美しい木の色に変化(写真撮影/片山貴博)
コンセプトは『美術館に住む』、好きなものに囲まれて暮らす豊かさ
玄関を入って、部屋に向う廊下には印象的な絵が続き、その先へと誘われる。
「絵が沢山ある家じゃなくて”美術館に住む”って考え方、イイだろ?」
確かに、日常がクラスアップするイメージ。至る所に飾られた絵には、立派な額装とライティングが施されていた。
どうも話を伺っていると、狩野派の血を引く藤原さんの物欲は”絵”にあるようで「実はこの家も、この絵を飾りたいが為に建てたようなものなんだよ(笑)」と、紹介してくれたのはスペイン最後の宮廷画家で”20世紀最後の印象派”とも言われるホアキン・トレンツ・リャドの絵。33歳の時、一目ぼれしてどうしても欲しくなり、友人に大! 大! 借金をして購入したが、飾る場所が無くて温存していた絵だそう。【画像5】ホアキン・トレンツ・リャドの「カネットの夜明け」、この絵のために建てた家と言うだけあって玄関廊下から居間に入った特等席で光輝く(写真撮影/片山貴博)
「このリャドの弟子で、スペイン在住の神津善之介(中村メイコの息子さん)の絵も好きなんだ。マンション用に水墨画の掛け軸風で描いてもらった絵もあるんだけど、この場所にピッタリだったのがコレ!」と、2階への階段踊り場を案内してくれた。【画像6】水上生活者のボートハウスを描いた神津善之介の作品。左右のスリット窓から朝陽が当たると、色が変化して情景が浮かび上がると言う(写真撮影/片山貴博)
広いトイレにも絵。住生活の豊かさには、こういう日常の場こそ大切であることを知っている人の家だ。【画像7】廊下からシームレスで同じ床材が敷かれたトイレ。子供だって、汚さないようにしようと思える仕掛けがここにも(写真撮影/片山貴博)
そのトイレには、アートな洗面ボウルが使われていた。妻のかおるさんが「焼き物市で出会った作家に創ってもらったの」と、常滑焼の洗面ボウルだ。
17年前は、まだ既製品に和物の陶器が見当たらなかった。洗面用ではない陶器に穴を開けてビルトインしたものだが、17年間健在の温もりある質感は焼き物の良さだ。【画像8】手作業の味がある形に、藤原邸アクセントカラーの緑色が壁の絵ともコーディネートされている(写真撮影/片山貴博)
「絵を買い始めたのは20代後半、ヒロ・ヤマガタのシルクスクリーンからだけど、まだ無名作家の気に入った作品を買って、その成長を見るのも楽しいね」
この”永福町美術館”(藤原邸@杉並区永福町)には50点ほどが展示されているが、もう壁のスペースがないのでこの10年は増えていないそう。
17年住んで、良かった家の工夫。マンションでも賃貸でも実践中
藤原邸で目を引くのは、ほかであまりお目にかかることのない空調。放射冷暖房システム(ピーエス工業製)は、冷水・温水をパイプに循環させ自然で柔らかな空気によって冷暖房を行う仕組み。【画像9】藤原邸のダイニングにはパイプが二カ所、パーテーション風に立っている。色やサイズのバリエーションは豊富(写真撮影/片山貴博)
撮影日は真夏の猛暑日、パイプ内を15℃の冷水が循環しヒンヤリした空気を感じることができた。【画像10】夏は冷たいパイプに結露し、下で水を受けて流れるようになっている。除湿をするが、エアコンのように乾燥はしない心地良さ(写真撮影/片山貴博)
「この大黒柱も、子育てには大活躍だったよ!」と、構造上必要な大柱を「どうせなら遊べるように」と敢えてリビングダイニングの中心に据えた。天井まで登ったり下りたりと、子どもたちだけでなく、その友達にも大人気だったようで今もツルツル。 【画像11】杉の大黒柱は直径27cm。家が建った年、子どもが10歳6歳4歳だったころを懐かしむ藤原さん(写真撮影/片山貴博)【画像12】大黒柱の切り株も、椅子やコンソールとして活躍していた(写真撮影/片山貴博)
「家づくりで実感したのは、基本構造はシンプルであるほうが良い。間取りも小割りせず、リビングルームもつくらず和室を活用したのが良かった」と、振り返ってくれた。
藤原邸で最も正解だったと力説するのが、この”40cm高さを上げた和室”。【画像13】和室に合わせて、ダイニングチェアーの座面も40cmにそろえるため足を切ったらしい。テーブルも低めのものを選び、ダイニングと和室に座った人の目線がそろうようになっている(写真撮影/片山貴博)
「和室は子どもの遊び場だったり、親父のくつろげる場だったり。大学生の子どもの友達なんかは皆ここで雑魚寝」
当然、昔ながらに暮らしのハレの場として、お正月やお節句にも大活躍。友人である建築家・隈研吾さんからも「あえて洋室と和室の段差をつけたことで、能舞台のように上手くつながったね」と称賛されたそう。
畳の下を収納にすれば、狭い日本住宅にはとても合理的。このアイデアは、後に藤原さんがデザインしたコーポラティブ方式によるマンション「羽根木の森レジデンス」にも採用(SUUMOジャーナルで2013年に取材した記事はこちら)。
「今、入居者募集してるんだけど、あなた住んでみる?」って……月25万円で募集されていた。︎※2
その上、現在お住まいの賃貸戸建にも
「入居するとき、家主さんにお願いして和室を40cm床上げさせてもらった。15万円自己負担で!」、という実践ぶり。実は奈良には藤原さんのご両親を連れての、単身ならぬ親子赴任中。「シニアや車椅子にとっても、40cm高の和室は有効なんだよ。中途半端な敷居にはつまづくけど、これならしっかり腰かけられるからね」
子どもの成長、ライフスタイルの変化… 家族を育む生活の舞台
ダイニングに面した庭に、木製デッキと藤棚。ここは入居5年後に加わった愛犬ハッピーの居場所。
「藤を植えてもずっと花が咲かなかったので、藤棚を上部につくったら3年目でやっと花が咲いたの」とかおるさん。外構の垣根の手前に木製フェンスを設けた事で、ナチュラルな縦横のラインが外からの視線を優しく遮り、都心と思えぬリゾート感。【画像14】川上犬は長野県指定の天然記念物。ハッピーは藤原家で出産2回を経験し、その保存活動に4匹貢献。詳しくは「よのなかnet」藤原さんホームページにて(写真撮影/片山貴博)
子ども部屋は2階。ワンルームを収納間仕切りで区切る方法で、個室はつくらなかった藤原邸。
「思春期の子どもたちからは不評でしたよー!」とかおるさん。家族の存在をたっぷり感じながら育った3人も、今は立派に独立したりと家族構成は徐々に変化している。【画像15】子ども部屋へ続く2階階段ホールの棚には、無造作に並べられた本が。これも子どもの好奇心をそそる技だなぁ(写真撮影/片山貴博)
「ロンドン・パリ住まいをリクルート時代に経験させてもらったことで、住生活のクオリティに対する意識が高まったね」。ヨーロッパでは家族ぐるみで家に招いたり招かれたりと、家での時間を大切にするライフスタイルだったよう。【画像16】「パリなんてエッフェル塔が見える、アパルトマンのペントハウスだったんだから最高だよな!今じゃ有り得ないだろ?」(写真撮影/片山貴博)
リクルート時代も特別扱い(笑)の自由人だったから、2年半ヨーロッパで過ごした藤原さん。幼い長男と3人家族で赴任し、次男・長女が増えて5人で帰国したという駐在生活。現地での充実した暮らしぶりがうかがえる。
60歳を過ぎてから奈良へご両親を連れて赴任し、新たな仕事へ挑戦し続ける藤原さんに驚かされるばかり。合間に執筆した著書は計78冊(2017年8月現在)総部数で138万部。
「野球の3割バッターくらい頑張ってるけど、時には振り逃げなんかもあったりして(笑)」
筆者とはテニスで一戦を交える仲間でもあり、先日はペアを組んでのダブルス1勝。何事も本気で取り組み、本気で楽しむ藤原さんの暮らしぶりは「人生の教科書」そのものだった。
※1 『建てどき』は、2005年「人生の教科書[家づくり]」として筑摩書房から文庫化
※2 羽根木の森レジデンス 205号室(SUUMO賃貸)藤原和博
教育改革実践家/『人生の教科書[家づくり]』※1著者
1955年東京生まれ。東京大学経済学部卒業後、株式会社リクルート入社。新規事業担当部長などを歴任後、1993年よりヨーロッパ駐在、96年同社フェローとなる。2003年より5年間、都内では義務教育初の民間校長として杉並区立和田中学校校長を務める。2008~2011年橋下大阪府知事特別顧問。14年武雄市特別顧問、2016年春から奈良市立一条高校校長に就任。奈良市で92歳(要介護3)の父と86歳の母と同居中。
藤原和博のデザインワーク「よのなかnet」●【連載】暮らしを楽しむあの人のお宅拝見 記事一覧
・あの人のお宅拝見[1] 編集者・石川次郎さんのセカンドハウス(前編)
・あの人のお宅拝見[2] 編集者・石川次郎さんのセカンドハウス(後編)
・あの人のお宅拝見[3] ザ・ペニンシュラ東京を手掛けたデザイナー 橋本夕紀夫さんの30坪の自宅
・あの人のお宅拝見[4] 30代ワーキングママ、憧れのライフスタイルを実現する住まい
・あの人のお宅拝見[5] 藤原和博校長「家は生活の舞台」、著書『建てどき』から築17年の自邸を振り返る
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