東京から特急で約70分の「身近な田舎」。千葉県いすみ市が、移住したい若者に人気なワケ
千葉県南東部に位置する「いすみ市」。山と海に囲まれたこの町は、移住専門誌の「住みたい田舎ランキング」で首都圏エリア総合1位を獲得するなど、“移住先進地域”として注目を集めている。
農業と漁業が盛んで、市の中心部にある大原駅から東京駅までは特急で約70分。そうした“田舎暮らし”に適した条件を活かし、自治体ぐるみで移住者を増やす取り組みが行われてきた。その結果、若者世代が憧れる移住先として、熱い視線が注がれているというのだ。
具体的にどんな取り組みが行われたのか? 実際に移住してきた若者は、いすみ市の何に引かれたのか? 現地を取材した。
10年前から「移住促進プロジェクト」がスタート
まずは移住者の支援や市の取り組みを行う、いすみ市水産商工課移住・創業支援室を訪ねた。室長の尾形さんによれば、移住者を呼び込むための施策は約10年前からスタートしたという。【画像1】いすみ市水産商工課移住・創業支援室の尾形和宏室長(写真撮影/小野洋平)
「2006年に行われた『まちづくりのための勉強会』が始まりになります。前年に3つの町が合併していすみ市が誕生し、海や山をはじめ河川、田園など多くの“資源”が集まりました。そこで商工会青年部を中心とする地域の若者が、魅力的なまちづくりに取り組もうと動き出したんです。その後、『いすみ市まちづくり推進協議会』や『総務部地域プロモーション室』など、いすみ市を“知ってもらう”活動がスタートしていきました」(尾形さん、以下同)
もともと、海沿いのエリアはサーファーに人気のポイントで、それまでにも一定数の移住者はいたそう。しかし、それでも少子高齢化・人口減少の影は忍び寄っており、本格的な移住者呼び込みに向けて立ち上がったという。
そこからの動きは速かった。特に子育て世帯に訴求するべく、魅力的な生活環境の整備に着手。なかでも力を入れたのが「子育て支援」だ。
「現在では高校生まで医療費無料なんて当たり前になりつつありますが、早くから取り組んだことで、現在の『子育てしやすいまち』というイメージにつながっているのだと思います。とはいえ、財政的に豊かな自治体ではないので、予算が潤沢な都市部との『価格競争』に参加してしまうとキリがありません。さまざまな支援は、あくまで移住を考えている方の背中を押すきっかけだと思ってほしいですね。重要なことは田舎で暮らすこと自体を夢見るのではなく、その田舎で何をして生きたいかという具体的な目標をもつことです。そのやりがいさえもっていれば、私たちもサポートしやすいですし、地域の輪も自然と広がっていきますよ」
その「目標」は人それぞれだが、なかでも「仕事のやりがい」は大きなカギとなる。いすみ市はビジネス支援にも積極的だ。
「今、水産商工課移住・創業支援室では創業支援に着手しています。地域に雇用を生むには、大きな企業を誘致するだけでなく、例えばレストランが1つできるだけでもいいわけです。そうすれば、パートなど従業員の雇用が生まれ、農家にとっては出荷先が増え、それが積み重なって連鎖していくことでまち全体が活性化されます。そこで、市内での創業・起業を促進させる『創業セミナー』や、事業計画や基本的な書類づくりなどをサポートする『いすみ創業塾』を開催しています。市内の空き店舗や空き家を使った施策であれば補助金も交付しています」【画像2】創業セミナーの様子(写真提供/いすみ市水産商工課)
そうした、いわば種まきを経て「魅力的な移住先」としての認知は着実に広がってきた。現在は、その次の段階のまちづくりも見据えている。
「最初は、いすみ市を知ってもらうために首都圏・関西で移住セミナーを開催したり、里山での農業体験や移住者がどのように暮らしているかを見聞きしてもらう体験交流ツアーを実施してきました。その結果、多くの人に認知されるようになりましたが、一過性の盛り上がりに終わっては駄目だと考えています。そこで、現在は改めて足元を見つめ、“地域づくり”に目線を置いてみようと考えているんです。移住相談や移住セミナー、体験交流ツアーなど『移住希望者側』の目線ばかりではなくて、実際に暮らしている地域の人の目線を大事にしようということ。
例えば、人手不足に悩む農家さんの手助けになるような種まきや収穫のお手伝いをワークショップとして開催するなど、地域の人がおもてなしをするのではなく、外からの担い手が地域の課題を解決することにつながるような仕組みをつくっていけるようにしたいんです」
こうした、地元民ファーストともいえる姿勢は、移住者にとっても魅力的に映る。尾形さんいわく「1人1人が埋もれないまちづくり」が実を結びつつあるのかもしれない。
移住後、収入が3倍に! 忙しくも充実した日々
さて、実際に移住した方にも話を聞いてみたい。1人目は今年の3月末に初めていすみ市を訪れ、4月には移住を決めたという佐々木ゴウさん。今年の5月にオープンしたばかりのコワーキングスペース「hinode」の店長を務めるかたわらWebライターや田舎フリーランス養成講座の講師、シェアハウスのオーナーなど、多岐にわたる活動をしている。【画像3】シェアハウスのフリースペースにはオシャレな盆栽が。佐々木さんの趣味だという(写真撮影/小野洋平)
―― 移住を決めた理由を教えてください
「直感ですね。そもそもは自転車で日本一周しようと思っていて、ここへは少しの間立ち寄るだけのつもりでした。でも、一度来たらもうこの町が気に入りすぎてしまって、すぐにいすみ市に引越してしまいましたね。昔から移住者が多いと聞いていたので、初めての人でも受け入れてくれそうとも思っていましたし、不安は一切なかったですよ」
―― そこまでほれ込んだのですね。実際に住んでみて、いかがでしたか?
「一番の魅力は自治体や地域おこし協力隊の方々が、僕らのような移住者に対して異常なくらい寛容で協力的なところですね。何をするにも力を貸してくれますし、人と出会う機会を提供してくれるんです。しかも出会う人、出会う人がみんな面白い。いすみ市の資源を使ってさまざまな発信をしているプレーヤーばかりで驚かされています。おかげでまだ3カ月しかたってない僕でも多くの方と知り合うことができました」
―― 移住に当たって、仕事の不安はありませんでしたか?
「元々クラウドソーシングで稼いでいましたし、hinodeの店長をやることも決まっていたので心配はありませんでした。その気になれば東京にも通える距離ですし、移住初心者にはもってこいですよ。あと、前職も今も忙しさは変わりませんが、やりがいが全然違うんですよね。もちろん、やりたいことを仕事にしているぶん労働時間は増えましたが、じつは収入も3倍ほどになっています」
―― このコワーキングスペースでは、主にどういった活動をしているんですか?
「田舎で暮らすためのフリーランス養成講座や、ワラーチサンダルづくりのワークショップなどを行っています。こういった取り組みを通じて、もっといろんな方にいすみ市の魅力を知ってもらいたいんです。移住してきた方と地域の方が気軽に交流できるようなスペースにもなればいいなと思っています」【画像4】元市民プールだったコワーキングスペースhinode(写真提供/hinode)
「小さな商売」でも、ここなら十分にやっていける
2人目は、フリーライターになるタイミングでいすみ市に移住したという磯木淳寛さん。ここに暮らして、もう4年になる。【画像5】涼しい風が通る磯木さん宅でお話しを伺った(写真撮影/小野洋平)
―― 移住のきっかけは?
「前職がオーガニック食品の会社でライターをしていたので、よく全国の農家さんに取材していたんですよ。あるとき、取材先の農家さんのところにたまたま別の農家さんが来ていて、その方の質問には“深さ”があったんですよね。プロとして質問をしている僕よりも全然深くて。そのころは杉並区に住んでいたんですけど、都内に住みながら一次産業の話を聞くっていうのは難しいと思い始めたんです。仕事の面でワンランク上に行きたい向上心と田舎暮らしへの憧れが相まって、地方に移住しようと決めました」【画像6】今年の収穫を終えた、磯木さんのいちご畑(写真撮影/小野洋平)
―― いすみ市を選んだ決め手はなんだったんですか?
「僕は北海道出身のわりに寒がりなので、まずは暖かいところがいいなと。このへんの地域って全国的に見て比較的冬は暖かく、夏でも風が涼しいんですよ。夜も熱帯夜が少ないので寝心地は抜群です。それから、東京の友達のところへ気軽に遊びに行ける距離感も大事なポイントでした。ほかにも仕事のしやすさやお金のことも考えた上で、これらの条件に当てはまったのがいすみ市だったんです。住んでから気づいたのですが、房総は晴れの日が多いのも気持ちいいですね」
―― 夏は涼しくて冬は暖かいなんて、最高の気候ですね。ところで、移住と同時にフリーランスになるのは勇気のいる決断だったのでは?
「それはもう、勢いで。でも、今にして思えばフリーランスになるタイミングとしては悪くなかったのかなと。もちろん会社員の方が収入は安定していたかもしれませんが、何より自分自身で選択をするというのが楽しいですね」
―― ご結婚もされているということですが、移住について奥さんから反対はされませんでしたか?
「それが全くなくて、むしろ賛成してくれました。元々、妻は都内の洋菓子店で働いていて、こっちに来てフリーパティシエになりました。あえて店舗は持たず、出店するマーケットなどでの出会いやいすみで採れた旬の果物のケーキを自ら売ることを楽しんでいます。きっと、東京にいるときではできなかった働き方ですが、数年である程度軌道に乗ってくれてホっとしました」
―― 移住者の方は、フリーランスや自営業の方が多いんですか?
「そうですね。妻もそうなりましたが、なによりマーケットなどで自分のつくったものを直接販売することを仕事にして暮らしている人が多くて驚きました。初めは正直、そのやり方で田舎でちゃんと稼げるのか? 本当に生活できるのか? と感じたのですが、いろいろな人に話を聞いていったら、次第に地元を相手にした小さな商売だからこそやっていけるんだってことが分かっていきましたね。あらゆる隙間が多いことがアイデアの元になるし、小さな商いは人間関係を育んで、続けるほどに商売も地域も良くなっていく。
じつは、田舎ならではの“小商い”についての本も書いたんですよ。ここには以前からそうやって暮らしてきた先輩方が多くいらっしゃいますし、彼らの『好きな仕事にまっすぐ向き合う姿勢』は本当に勉強になります。仕事のやり方や身の処し方など、多くのことを学んでいますね」
今回お話を伺ったお二人は、まさに移住の成功例。仕事も私生活も充実し、現在の暮らしを心から楽しんでいる様子だった。
「田舎暮らし」はそう簡単なものではなく、想像と現実のギャップに悩み、“失敗する”ケースも少なくない。いくら環境がよくても、やはり糧となる何かしらの目標がなければ、長く続くものではないのだろう。
いすみ市の場合は自治体が積極的に関与し、移住者がその「何かしら」を見出すための機会づくりをしっかりと行っている印象だった。住む家を格安で提供するだけの移住支援にとどまらない、移住者目線のこうした取り組みが若者をひき付ける理由なのかもしれない。●取材協力
・いすみ市
・hinode
・磯木淳寛さん
著書:「小商い」で自由にくらす~房総いすみのDIYな働き方
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