【メシのはてな】蕎麦研究家に聞く、なぜ蕎麦屋さんにはカツ丼があるの?
三大欲求のひとつである「食欲」。栄養を補給するため、おいしいものを食べるため、空腹を満たすため。食事をする理由は人によってさまざまですが、朝昼晩と口にしている食べものに、疑問を持ったことはありませんか?
本連載「メシのはてな」は、普段当たり前のように食べている“飯”に隠された文化や歴史、よりおいしく楽しむための作法を識者に教えてもらう企画。
今回は寿司、天ぷらと並ぶ日本料理、「蕎麦」に関する疑問を解決します。
フリー素材モデルの大川竜弥です。
私の好物は、「蕎麦」。近所の蕎麦屋さんに通うだけではなく、旅行や仕事の出張先では、必ずその土地の名店を調べ、足を運ぶようにしています。
蕎麦だけだと一食あたりの目標としているたんぱく質摂取量(30g)に満たないため、毎回カツ丼セットを注文しているのですが……実は、ある疑問を持っていました。
なぜ、蕎麦屋さんには「カツ丼」があるのか? そして、なぜ蕎麦屋さんの「カツ丼」はおいしいのか?
なぜ、蕎麦屋さんには「カツ丼」があるのか?
日本初の蕎麦屋さんの主人が、カツ丼好きだったから……? それとも、蕎麦屋さんの店員の方がまかないで食べていたカツ丼がおいしく、品書きに加えたところ好評だったから……?
どちらも、日本中の蕎麦屋さんにカツ丼がある理由としては、いささか弱いような気がします。気になって、箸が進まない……。
その疑問、私がお答えしますよ。 あ、あなたは!? 蕎麦研究家の前島敏正です。前島敏正(まえしまとしまさ)
蕎麦研究家。ほぼ毎日そばを食べ歩きながら、ブログや監修本での蕎麦の情報発信や、蕎麦同好会のセミナー主宰など幅広く活動している。蕎麦鑑定士、江戸ソバリエ及びルシック(ソバリエ上級者)の資格を保有。
なぜ、蕎麦屋さんにはカツ丼があるのでしょうか? 蕎麦とカツ丼、全く接点のない食べものだと思うのですが……。 蕎麦屋さんの出汁は「かえし」という独特なもので、このかえしを使ってカツ丼を作るお店が多いんですよ。 なるほど。蕎麦屋さんにカツ丼があるのは、蕎麦とカツ丼に「かえし」という共通点があったからなんですね! ちなみに蕎麦屋さんには蕎麦にカツをのせたものと、ご飯の上にカツをのせた2種類のカツ丼があります。 えっ! 蕎麦の上にカツですか……? 僕はよく蕎麦屋さんに通っているのですが、蕎麦にカツをのせたタイプのカツ丼は見たことがありませんね。 蕎麦にカツをのせたタイプのカツ丼は、神楽坂の「翁」が有名ですね。日本橋の「十六文そば七 本店」も有名でしたが、残念ながら閉店してしまったのです。このタイプのカツ丼は油のくどさが口の中に残りません。蕎麦のコシが強く、出汁の味が濃いので、カツによく合いますよ! た、食べたい……。なぜ蕎麦屋さんの店名は「更科」が多いのか?
もうひとつ気になっていることがあるのですが、なぜ蕎麦屋さんの店名は「更科(さらしな)」とつくものが多いのでしょうか? 大川さんは「更科」の他に、「藪(やぶ)」や「砂場(すなば)」といった蕎麦屋さんを目にしたことはないでしょうか。 確かに「藪」と「砂場」とつくお店も多いですね。 実は「更科」「藪」「砂場」というのは江戸前蕎麦の御三家と言われています。「更科」のルーツは、信州の布屋さん。蕎麦打ちの腕前に長けていた信州出身の堀井清右衛門が、領主に布屋さんから蕎麦屋さんへの転身をすすめられ、江戸の街に「信州更科蕎麦所 布屋太兵衛」の看板を掲げたのがはじまりとされています。
布屋さんから蕎麦屋さんって、随分と大胆な転職……。一方、「藪」系には「かんだやぶそば」「並木薮蕎麦」などの老舗があり、幕末のころ、東京・根津の団子坂にあった「蔦屋」が発祥といわれています。蔦屋は藪に囲まれていたことから、通称「藪蕎麦」と呼ばれ、それがいつからか店名になったと聞いています。
「砂場」の発祥は、なんと大阪です。「藪」と同じく「砂場」は通称で、大阪城築城の際の資材置き場だった砂場近くにお店があったことに由来すると伝えられています。江戸の街に移ったのは、江戸時代中期。ちなみに現在は、砂場ののれんを引き継ぐお店は大阪には残っていないそうです。「砂場」系といえば、東京の老舗「室町砂場」では、「ざるそば」と「もりそば」を打ち分けているんですよ。
「ざるそば」と「もりそば」の違いって、のりの有無じゃないんですか? 一般的には、そういわれていますね。でも、「室町砂場」の「ざるそば」は蕎麦の実の中心の粉を卵水で、もりそばは甘皮を含んだ粉を水だけで打つそうです。意外と知らない! 蕎麦をよりおいしく食べるための作法
大川さん、蕎麦の食べ方にも作法があるのをご存じですか? いつもなるべく音を立てないようには食べていますが……。 箸の持ち方は斜め45度。まずはつゆをつけずに蕎麦の香りを楽しみ、一口食べて、つゆだけを飲みます。 まずは素材そのものの味を楽しむと。やっぱり箸の角度は大事ですか? もちろんですよ! 斜め45度を維持することで蕎麦を持ち上げたときに香りが立ちますし、食べ姿も美しい。ほら、やってみてください。 蕎麦の香りがフワッと広がりますね! あとは、ズズッと音を立てて豪快に食べる! えっ!? 豪快に食べたほうが、蕎麦の香りが引き立ちます。ドラマや映画などで、江戸っ子が豪快に蕎麦を食べるシーンがありますよね? あれは江戸の暮らしを演出するものではなく、蕎麦をよりおいしく楽しむための作法なんですよ。 知りませんでした。音を立てるのはマナー違反かなと思っていたので……。 他には蕎麦をつゆに浸さず半分だけつける、薬味のわさびはつゆに溶かさずそばにのせるなどの作法がありますが、どれもそばをよりおいしく食べるためのものです。 30数年間も蕎麦を食べていたのに、間違った作法で食べていました……。「そば湯」は栄養満点! 二日酔い効果あり?
最後に、「そば湯」の魅力をお伝えしましょう。 「そば湯」には蕎麦の栄養素が含まれていると聞いたことがあるので、必ず飲むようにしています。 蕎麦はバランスのよい栄養食で、そば粉には良質な植物性たんぱく質が含まれています。しかし、何度も釜で蕎麦をゆでているうちに、栄養素が溶け、釜の湯に凝縮されていきます。そこで栄養素を無駄にしないように、生活の知恵として「そば湯」を口にしたのがはじまりとされています。 植物性たんぱく質以外には、どのような栄養素が含まれているのでしょうか? ポリフェノールの一種であるルチン、ビタミンとミネラルも豊富に含まれています。また、そば湯に含まれる植物性たんぱく質は、二日酔いにも効果があると言われているんですよ! そば湯が二日酔いに効果的とは知りませんでした……。「蕎麦のはてな」を知るともっとおいしくなる!
勉強になりました。普段何気なく蕎麦を食べていたのですが、想像以上に奥深い世界でした。 でしょう? 私は蕎麦好きが高じて数十年、ほぼ毎日食べ歩くだけではなく、訪問した全国の蕎麦屋さん約1,000軒のデータベース化を進めています。 蕎麦屋さんって全国に1,000軒もあるんですね……。 いやいや、全国には約28,000軒の蕎麦屋さんがあるといわれています。他にも蕎麦焼酎や蕎麦スナック、蕎麦味噌がありますし、最近は蕎麦サラダなど洋食の食材にもなっています。蕎麦には無限の可能性が秘められています! すごい……。 ほら、もう一度蕎麦を食べてください。蕎麦の魅力を知り、さっきよりもっとおいしく感じられるはずです。 そんなことありますかね。さっきより蕎麦がおいしくなるなんて……ズズッ! ウ、ウ、ウマくなってる!
蕎麦研究家・前島さんのおかげで、蕎麦の疑問を解決することができました。
蕎麦屋さんにカツ丼がある理由、蕎麦屋さんの店名に「更科」が多い理由、「そば湯」に含まれる栄養素など、これまで知らなかったことばかり。
普段当たり前のように食べている蕎麦に隠された、奥深い世界。
みなさんも今回紹介した知識を踏まえ、作法を実践し、よりおいしい蕎麦ライフを堪能してください!
「メシのはてな」を知ると、食はもっとおいしくなっていきますよ。
取材協力
満るゐ(まるい) そば店
住所:東京都中野区新井1-6-5
電話番号:03-3388-2681
営業時間:月曜日〜金曜日11:00〜21:00
土曜日11:00〜19:00
定休日:日曜日
www.hotpepper.jp
※この記事は2017年6月の情報です。
書いた人:大川竜弥
1982年生まれ。アパレル販売員、Web開発会社、ライブハウス店長、ザ・グレート・サスケ氏のマネージャーなどさまざまな職を経て、現在は”自称・日本一インターネットで顔写真が使われているフリー素材モデル”として活動している。 Twitter:@ryumagazine
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