「1つの専門」だけ極めていては、キャリアは“守り”に入ってしまう――東京大学・柳川範之教授が語る「AI時代のキャリアプラン」
とにかく変化が激しい今の時代。進化する人工知能(AI)が既存の職業を肩代わりしていくという未来予測も発表され、20代・30代のビジネスパーソンの中には「上の世代をそっくり見習うわけにはいかないが、これからどうしていけばいいのかもよく分からない」と戸惑っている人も多いでしょう。はっきりした将来がかつてないほど見えづらい中、よりよいキャリアを築いていくために、私たちは一体どうすればよいのでしょうか。
厚生労働省の「働き方の未来2035:一人ひとりが輝くために」懇談会で事務局長を務めた、東京大学大学院経済学研究科の柳川範之教授に聞きました。柳川 範之 (やながわ のりゆき)
1963年生まれ。経済学博士。専門は金融契約、法と経済学。高校生時代を父親の赴任先であるブラジルで過ごし、独学で大検に合格。慶應義塾大学経済学部通信教育課程を卒業後、1993年3月に東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。慶大経済学部専任講師、東大大学院経済学研究科助教授を経て、2011年12月から同教授。2016年8月に経営者や人工知能研究者、法律家らが報告書をまとめた厚生労働省「働き方の未来2035:一人ひとりが輝くために」懇談会で事務局長を務めた。
著書に「40歳からの会社に頼らない働き方」(ちくま新書)などがある。
企業は少人数になり「プロジェクト化」していく
―「働き方の未来2035」では、働き方の未来像について各界の専門家からの意見がまとめられました。その結果もふまえ、これからの10年、20年でどんな変化があるとお考えですか。
「職場」と「企業」のあり方が、技術の発展によって急速に変わっていくでしょう。
クラウドで共有された資料を外出先から確認している人や、離れた場所にいる同僚とお互いの空き時間にメールし合って仕事を進めている人は多いと思います。資料を持ち出す手間が減り、時間や場所をそろえなくても一緒に働けるようになったという意味で、既に以前よりも働き方への制約が実は少なくなっています。当然こうした動きは、今後どんどん加速していきます。育児や介護のかたわら自宅で仕事を続ける、あるいは海外にいながら日本の業務に加わるといった「時間と空間に縛られない働き方」が当たり前になるでしょう。
技術革新のスピードが速くなり、しかも時間や場所にとらわれない選択が可能になるため、ビジネスを取り巻く環境の変化も一層激しくなるはずです。その速い変化に対応するためには、組織や人の構成を迅速に組み替える必要が出てきます。その結果、企業は、それぞれのプロジェクトごとに目的にふさわしいメンバーが集められ、そのプロジェクトが終了したら解散するという、プロジェクト型の組織に変わっていくという見方もあります。そうなると、人々は複数のプロジェクトに所属して活動するのが一般的になっていくでしょう。近ごろ注目されている兼業や副業も、こうしたいくつかのプロジェクトに所属するという形の、さきがけとみることができるかもしれません。
―制約がなくなるのはよいですが、同時に「これならずっと安心」という確かな道筋も消えていく気がします。
そうですね。「手に職をつけておけば安定した生活が手に入る」と考える人は今でも少なくないと思います。しかし、どんなスペシャリストであっても、その技能をAIの方がうまくできるようになれば社会的な需要を失ってしまいます。実際そういうケースが出てくる可能性が、かなり高い。専門性を身につけることで直近の安定を手に入れられても、未来までは保障されない時代を迎えたのです。
もちろんこれからも、専門を持てば強みとなることに変わりはありません。ただ、その専門性を時代に合わせて、少しずつ変えていける能力が重要になってくるでしょう。
1つに賭ける潔さが、かえって「しがみつき」を招く
―経済学の理論には、先が見えないときに取るべき行動のヒントがあるそうですね。
ええ。ポイントは2つあって、1つは「オプション価値を残しながら進むこと」。もう1つは「リスク分散」です。
オプション価値を説明するときに分かりやすい例が「都心部にある舗装しただけのコインパーキング」です。人が集まる都心なら、オフィスやマンションを建設すれば、もっと家賃収入が得られそうです。なのに、あえてタワー型の駐車場でもない、舗装だけしたコインパーキングのような、もったいない土地の使い方をするのは「いつでも建てられる状態にとどめている間は、自由にプランを変えられるから」。どんな用途の建物を選べば最も有利か、はっきり分かるまで待つことに価値があるのです。しかも、待っている間も更地のままではなく、駐車場として収入を得ている。選択肢は残したまま、少しずつでも前に進んでおくことが重要です。
これをキャリアに置き換えると、将来性が不確実なうちは、できるだけ自分のキャリアの幅を狭くしないことが大切と言えるでしょう。任された仕事を覚えることは当然大切ですが、今の会社だけでなく他の会社でも通用するスキルに、できるだけしていくことは、キャリアの幅を狭めないために必要です。また、今の会社で働き続けるにしても「所属する部署の仕事を覚えながら、他部署の業務についても関心を持つこと」は、仕事の幅を広げて、よりよい働き方を実現する上で有効といえるでしょう。例えば、もし他部署との業務に関われるチャンスがあるならば、積極的に手を挙げて、少しでも関わっていく、ということもいいと思います。
リスク分散は金融経済学の初歩で、投資の世界には「卵は1つのカゴに盛るな」という有名な格言があります。生卵をまとめてカゴに入れておくと、うっかりそのカゴを落としたときに全滅する可能性が高い。だからいくつかのカゴに分けて入れておくべきという考え方で、キャリアのリスク分散で典型的なものとしては「夫婦共稼ぎ」があります。どちらかが体調を崩しても相手の収入に支えてもらうことができれば安全ですし、例えば夫がハイリスク・ハイリターンのベンチャーで働き、妻は安定重視の役所に勤めるといった形でバランスを取ることもできます。
キャリアのリスク分散は夫婦間に限ったことではなく、今後多くの人が兼業や副業といった形で複数の仕事を持つようになれば、そうした仕事の組み合わせ方によって1人でもさまざまなリスク分散を実践できるようになります。むしろ「一人ひとりが自分の仕事をバリエーション豊かなものにしていかなければならない」というのが私の考えです。
―選択肢を残したり、リスクを分散させたりするのが大切な一方で「1つのことに専念すべき」という考え方や、「退路を断って臨むのが潔い態度」という価値観も根強い気がします。
やることを1つに絞って重点的に進めるべき場面は確かにあり、手を広げたばかりに大事なことがおろそかになる可能性は否定できません。一生を捧げてようやくたどり着ける職人芸のような境地もあるでしょうし、今後も確実に伸び続ける分野であれば、退路を断って一生を賭ける決断も経済学的には合理的です。問題は、技術革新による世の中の変化が激しいせいで、せっかく努力を重ねても「はしごを外されかねない」ということ。1つに賭ける決断のリスクが高まっているのです。
こうした時代に、なお1つのことに専念し続けようとすれば、それは潔さよりも「過去にしがみついて守りに入る」という態度につながるおそれがあります。慎重に選択肢を残し、リスクを分散させておいたほうがチャンスで身軽に動けますから、むしろ“攻め”の姿勢でいられるでしょう。
また、ビジネスの仕組みが大きく変わっていく中では、異なる領域のさまざまな知識を組み合わせていく必要があるので、専念している1つのことしか知らないよりは、いろいろな得意分野を持っていたほうが価値ある仕事ができると思います。
想像は自由に、行動は慎重に
―これからの働き方として「40歳定年制」「人生三毛作」を提唱されています。具体的にどのようなものですか。
40歳定年制は、終身雇用のベースになってきた「期限の定めのない雇用契約」を20年契約とみなすように法改正しようという提案です。20年ごとにいったん区切りをつけて、それまでの経験を整理し、新たな知識をしっかり学び直す。「20~40歳」「40~60歳」「60~75歳」という各時期、その年代の自分自身と時代に合った仕事に就いてはどうかというのが「人生三毛作」のアイデアです。
生まれてから働き出すまで、だいたい20年。終身雇用の全盛期も40歳前後で管理職とそれ以外のルートが分かれ、60歳前後で定年を迎えていましたから、「20年」というのは人生のステージを移す目安になるはずです。さらに今後は、70代でも意欲と能力のある方には活躍の場があると考えています。
―75歳まで働くというのは、何だかとても大変そうです。
日常生活に制限がない「健康寿命」は年々確実に伸びています。しかも、体力を補うロボットスーツなども進化していくでしょうから、今までの75歳と、これからの75歳では事情がまったく違うはずです。また、単にお金を稼ぐために働くのではなく、社会貢献や好きなことを思い切りやることも含めた、新しい「働く」が75歳までにはあるはずです。
この先、現在ある仕事がなくなったり、新たな仕事が生まれたりするので、現時点で「どのような仕事なら75歳でも働き続けられるか」を正確に予測することはできません。一方、技術によってさまざまな制約がなくなっていくのは確実で、行動の選択肢は増えていくでしょう。「歳をとったら、あれもこれもできなくなる」と決めつけたりせず、「この先の人生で何をやりたいか」を、少しずつ考えていけばよいと思います。
―想像は自由に、ということですね。
はい。未来を想像するときには、現在の自分の仕事やスキル、社会環境といった条件・制約はいったん横に置いておいたほうがいいです。ただし、行動するときは別。いきなり今の職を捨て、まったく違う能力を身につけるといった選択が簡単にできるものではありません。
目の前の仕事に向き合うという軸足は変えずに少しずつ幅を広げていき、多少の余力を持って他のことを身につけていく姿勢が大切です。「環境を変えたときに自分に何ができるか」というチャレンジとして副業をとらえるのも一つの方法ですし、仕事と直接関係ない分野の勉強を始めてみるといったことでも構わないでしょう。「航海はとりあえず順調で船を移るつもりはない。でも救命ボートは確保しておく」というバランスをうまく取れる人が、これからは強いと思います。
参考図書:『東大柳川ゼミで経済と人生を学ぶ』/柳川範之/日経ビジネス人文庫
WRITING/PHOTO:相馬大輔
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