空き家だった150年前の祖父母の家を解体。古材を使って一戸建てを新築
一時期、ブームにもなった「古民家再生」。建っているその場で修繕して使うケース以外にも、建物を別の場所に移動して建てる「移築」などが知られている。だが、古民家を家ごと移動させるのではなく、まだ使える部材だけ選び出して再利用するやり方もあるのをご存じだろうか? 今回は、35年間、空き家になっていたという祖父母の家の部材を使って家を新築したSさん夫婦の話を紹介。Sさん夫婦のケースは、空き家問題のヒントにもなりそうだ。
35年間、空き家だった祖父母の家は近隣に迷惑をかけていた
家に一歩入ると、目に入るのは、木、木、木……。Sさん宅では、柱、梁(はり)、床、一戸建てを構成する部材のどれもが、加工を施された後も、鮮やかな木目を見せている。なかでもひときわ目を引くのが、1階から吹抜けを見上げたときに目に飛び込んでくる、屋根裏の黒くて太い梁。Sさん夫婦の妻C子さん(65歳)の祖父母宅から運んできた、150年前の松の木だ。
「長野県上田市にあった祖父母の家は、祖母が亡くなった後、従兄が所有して、母が管理していたのですが、誰も住まなくなった空き家って、動物がすみついたりして、なかなか大変で。近隣に住む方々にも迷惑をかけてしまっていたので、これを片づけてあげたら、皆が喜ぶのではないかと考えていました」(C子さん)
そんな折、Sさん夫妻が住んでいた一戸建てもいよいよ古くなり、建て替えようかという話に。ちょうどそのころ、夫のKさん(69歳)も、仕事の関係から環境問題に関心が高まり、古民家再生や古材活用に興味を抱き始めていた。
「あるとき、会員として参加していた『NPO法人日本民家再生協会』の勉強会で、古民家再生を手掛ける『田空間工作所』のスタッフに、『家の建て替えに、妻の祖父母宅の材木を使えないかな』と相談してみたんです。すると、『できますよ』という答えが返ってきて、『それならやってみよう』ということに」(Kさん) 【画像1】神奈川県中部、小田急線沿線の閑静な住宅街に建つSさん夫妻宅。建築費用は、設計費、ダイニングテーブルや椅子等の製作費を含めて3000万円台だった(写真撮影/片山貴博)【画像2】敷地面積約285m2、建物面積約134m2と、首都圏ではゆったりとしたつくりのSさん夫妻宅。長い縁側は日当たりが良く気持ちが良い
祖父母宅を解体して、リサイクル可能な部材を選別
祖父母宅の部材は、150年も前のもの。だが、解体する際にホゾ(土台などに刺すために凸状になっている部分)を抜いてしまう柱の再利用は難しかった一方で、梁は問題なく使えたのだと言う。Sさん宅の屋根の小屋組みに使われている黒い梁は、一番太いところ(元口)で直径40cm、細いところ(末口)でも直径30cmもの太さになるが、十分な強度を保っていた。
「“移築”ではなく、古材のみを再利用することにしたのは、地方の家屋は大きすぎて、ここ神奈川県では、そのままの規模で建てるのが難しかったから。さらにここは第一種住居専用地域なので、建ぺい率、容積率の制約もあり、部材もすべてが再利用できたわけではありませんでした」(Kさん)
再利用が可能なのにあえて使わなかった部材もあると言う。
「母が嫁いできた家なだけに、あの家で生きてきた人たちのいろいろな思いも染みついているような気がして……。複雑な気持ちがこもった場所のものは使わないようにしました」(C子さん) 【画像3】写真左:2階に上がると、再利用した古材の丸太梁を間近に目にすることができる。写真右:玄関の上がり框(かまち)の床材も、祖父母宅で梁として使われていた松を削り上げたものだ(写真撮影/片山貴博) 【画像4】写真左:1階の書院(床の間と障子、棚などから構成されるコーナー)の障子も、祖父母宅から運んできたもの。写真右:同じく書院の床の間。床框(とこかまち)にも、祖父母宅の古材が使われている(写真撮影/片山貴博)【画像5】写真左:取り壊す前の祖父母宅。武士の兜に似ている「カブト屋根」が特徴的だ。この家をつくるための木材はすべて、所有していた山林から切り出してきたと言う。写真右:解体工事を行いながら、再利用が可能な部材を選び出した。なかには長さ8mに及ぶものも(写真提供/田空間工作所)
新しい部材は長野県の各所から品質の良いものを調達
もちろん、祖父母宅の古材だけで家が建てられたわけではない。Sさん宅には、ほかの古民家の部材や、新しい部材も使われている。
「トイレの扉や、中のランプは、設計者がよその古民家解体で出てきた古材を持ってきて立て付けてくれました。庭の踏み石は、建て替え前のこの家の庭で使っていたものをリサイクルしています」(C子さん)
設計と施工を請け負った田空間工作所が長野県諏訪市にあることもあり、古材以外に使われている新しい木材は、すべて長野県産。リビングの床板には床暖房に比較的適した信州カラマツが使われ、土台と柱は木曽のヒノキ、壁には木曽のサワラ板と、品質にこだわったものが使われている。
「新旧の木材や建具をパッチワークのように組み合わせるので、ちぐはぐにならないか心配だったのですが、出来上がって見ると実にうまく調和していて、杞憂(きゆう)だったことが分かりました」と話すC子さんに、Kさんが「もう少し、黒い部分があっても良かったかもね」と付け加える。
養蚕農家だった祖父母宅には、生糸を巻くための糸巻き等が多数あったのだとか。そのうちのいくつかが、この家のインテリアとして台に使われていたが、それもまたこの空間にしっくりとなじんでいた。【画像6】写真左:1階トイレの扉。ほかの古民家から出た古材を、長さを調整して再利用。写真中央:同じく1階トイレの照明も、ほかの古民家のもの。写真右:建て替え前の自宅の庭にあった踏み石も再利用した(写真撮影/片山貴博)
古いものも、使い方によってはまだまだ活かせる
祖父母の家にあった150年前の梁を、C子さんは今、どんな思いで眺めているのだろうか。
「毎晩、寝室で横になるとこの梁が目に入ってくるんです。その度に、亡くなったおじいさんやおばあさんも、自分たちの家がこんな形で今も生き残っていることを、喜んでくれているんじゃないかなと思えてきます」(C子さん)
祖父母宅の部材を使って家を建て替える計画をC子さんの親戚たちに話したときは、「ただ壊してしまうよりは、ずっといい」と賛成してくれたと言う。また、この家に遊びに来た友人のなかには、「こんな風に昔の家のものが使えるのなら、取り壊した家の一枚板の床材を捨てるんじゃなかった!」と悔やむ人もいたのだとか。古材を使うアイデアに、Sさん夫妻の周囲の人たちは、かなり興味を引かれているのだ。
「古いものも、使い方によってはまだまだ活かせるということを、皆さん、この家に来て、発見するようです」(Kさん) 【画像7】2階の吹抜けから見下ろせるリビングで談笑するKさん(右上)とC子さん(左下)、田空間工作所取締役社長の関謙二さん(左上)。机や椅子もすべて、田空間工作所で製作した。リビングは、床暖房のおかげで冬はエアコン要らず。屋根に空気の通り道を設けたことで、夏も涼しい(写真撮影/片山貴博) 【画像8】浴室の壁には木曽のサワラを使用(写真撮影/片山貴博) 【画像9】Kさんの作業場兼書斎の本棚と、右側のCD棚など、すべての収納はつくり付けになっている(写真撮影/片山貴博)【画像10】端材を使ってKさんが自作したラジオ(写真撮影/片山貴博)
Sさんの家を設計・施工した田空間工作所は、これまでにも古民家再生を数多く手掛けてきた、古民家再生のエキスパート。C子さんの祖父母宅のような古い木材を使って家を新築する場合でも、強度の面での心配はまずないと言う。
「例えばヒノキ。切り出して使われ始めたときをゼロ歳とすると、それから次第に強度が上がり、200年たったあたりで一番強度が高くなって、そのあと緩やかに下降します。だから今、日本の建築ストックのうち多くを占める1945年代~1975年代あたりの木造一戸建てに使われている木材は、まだ強度が上がっている途中。耐震補強や断熱工事をすれば、まだ十分に住めるし、Sさんのように部材だけ再利用して家を建てることだって可能です」(関さん)
ただし、伐採された時期や環境によって、木材に虫が入っていたりすることもある。薬剤処理などの対応が必要かどうかは、プロの目でチェックする必要があるため、関さんは、特定非営利活動法人(認定NPO)日本民家再生協会の無料相談などを利用して、プロの手も借りることを勧めている。
35年もの間、空き家となり、C子さんや関係者の心配の種となっていた祖父母宅を解体したことで、管理に煩わされることはなくなり、「近所迷惑なのでは?」と気をもむ必要もなくなった。しかもその一部であった梁が、今も孫のC子さんの新しい家で、「第二の人生」を歩き始めていることは、Sさん夫妻だけでなく、皆の心の支えとなっているのではないだろうか。
全国の空き家は約820万戸(2013年住宅・土地統計調査結果/総務省統計局)。2008年調査時から約63万戸(8.3%)の増加となり、その8割は一戸建てだ。Sさん夫妻の家づくりのケースは、急増している空き家問題解決のひとつのヒントを含んでいるように思う。●取材協力
・田空間工作所●参考
・特定非営利活動法人(認定NPO)日本民家再生協会
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