「母親の顔」のまま、バリバリ働く――島根のワーママが活用する「子ども同伴出勤制度」とは?
取材に訪れた日は、ちょうど小学校の春休み期間中。新3年生と5年生の森映人君・心人君兄弟、新4年生の尾崎暁徳君に話を聞きました。母親の職場に、それぞれ就学前から来ていて、この日は午前中、外でオタマジャクシをつかまえていたそうです
――土日や長い休みのときに来てるって聞いたけど、楽しい?
心人君 いっぱい人がいるから、最初のころは恥ずかしかった。今もまだ、ちょっと恥ずかしい。家にいても近所の友達と遊べるけど、ここは広いからボールが使える。
尾崎君 初めは来るのが面倒だったけど、今は楽しい。でも家のほうが気楽かな。
――お手伝いは何をしている? いろいろしてほしいって言われない?
映人君 机やいすを運んだり、机を拭いたりとか。
尾崎君 いろいろ言われたら、無視しちゃう(笑)。
――働いてるお母さんと家にいるときのお母さんって、何か違うところがある?
心人君 ここでも家でも、あんまり変わらないと思う。
尾崎君 (お年寄りに話しかけるので)ここだと声が大きい。だから家のほうがいいかな。
子どもたちへのインタビューを終えたところで、彼らのお母さんを含むスタッフの方々が、入所のお年寄りも連れてイチゴ狩りへ行くのにご一緒させていただきました。
母から子への接し方は「職場も家も同じ」
施設近くの観光農園へ向かう車中、ハンドルを握る森友恵さんにも話を聞きます。映人君・心人君のお母さんです。
――お子さんを職場に連れてこられるメリットは何ですか?
森さん まず仕事がしやすい。子どもが原因で仕事を大変と感じることがないのが、すごく助かります。周りのスタッフもみんなで接してくれて、わが子でなくても悪いことはきちんと叱ってくれるし、それでもダメなときには私を呼び出してくれます。
――お年寄りのケアに支障はないですか。
森さん 特に支障はないですし、ファミリーさん(入所者の呼び名)にはむしろ歓迎されています。近くに子どもがいるだけで、いつもより笑顔なのが分かる。もちろん、近くで騒がれるのが嫌いな方もいて「うるさい」と怒られることもありますが、にぎやかな子どもがおじいさんに注意されるのは昔からよくあること。そういうものだということで、みんなに受け入れてもらえるから、安心して連れてこられるのだと思います。
――仕事中と家庭とで、お子さんへの接し方は変えていますか?
森さん 仕事の顔と家の顔を使い分けるようなことは考えたことがないですね。いつでも同じように接しています。
出発から10分ほどでビニールハウスが並ぶ観光農園に到着。練乳の容器を手渡された子どもたちは足早にハウス内を回り、熟したイチゴを見つけては口に運びます。カメラを構えるのが追いつかない目まぐるしさの背後から、ファミリーさんが車椅子を押されてゆっくり近づいてきます。
果汁と練乳でだんだん手がべたつくようになり、森君兄弟も尾崎君も、それぞれ母親に拭くものをせがみます。ファミリーさんのイチゴを摘む手を少しだけ休め、わが子にティッシュを手渡すお母さん。なんだか、親戚同士で遠出したときの雰囲気に近いものを感じます。
とはいえ子どもたちも、ただ楽しんでいるだけではありません。帰り際、車椅子を自動車に乗せるときには、スロープへと引き込むフックの取り付けを言いつけどおり、手際よく手伝っていました。「頼まれても無視」というのは、きっと照れ隠しだったのでしょう。“お互い様”の意識で、責任ある仕事と育児を両立
施設へ帰ってきたところで尾崎君の母・尾崎洋子さんにも話を聞きました。肩書は「副施設長」。スタッフのまとめ役であり、同時に「子ども同伴出勤制度」を利用してきた立場から、さまざまなことを感じるそうです。
――施設オープン当初から勤務し、当時からお子さんを連れてきていたそうですね。
尾崎さん 上の子のときは育児に専念していましたが、ここでは保育園を利用しながら、まずパートとして勤務をスタートさせました。行事の準備で遅くなるときなど、一度迎えに行ってここで待たせたりしていたんです。その後、1人勤務や夜勤を伴う正社員になりました。家族の協力ももちろんですが、「せっかく働くなら、なるべくしっかり責任を持つ」という施設の方針や後押しがあったからだと思います。
あとは、うちは核家族なので、子どもが頻繁にここへ来てお年寄りと自然に接することができているのもプラスになっています。介護の仕事に興味を持ってもらえたら、さらにいいのですが…(笑)。
――他のスタッフの子どもも分け隔てなく迎え入れる雰囲気ですね。
尾崎さん 「お互い様」という意識があるからでしょうね。例えば、子どもが病気になったとき。老人ホームという施設の性質上、感染症予防には特に注意しているので、子ども同伴出勤制度は病児保育の代わりにはなりません。そのため親子そろって自宅で休み、代わりの職員がシフトに入ることになりますが、こういうときも、まずは同じ境遇の母親同士で声を掛け合います。
突然夜勤に穴が空いたときなど、本当は独身男性のスタッフに頼りたいんです。予定がなく、お酒も入ってなければ、たいてい応じてもらえることも分かっている。それでもやはり、誰かに負担を集中させないことが大事だと思います。
うちの子どもも、ここへ連れてくると「ずいぶん大きくなった(から手がかからなくなった)ね」と言われることが増えました。なので私も、今度は若いお母さんの急な休みをなるべくカバーするようにしています。これからも「無理なときには無理と言える」「いざというときには何とかなる」という職場であり続けたい。十分な数のスタッフが腰を据えて働ける環境を守っていきたいと思います。
取材を終えて
文字通り、お年寄りの生活の場である老人ホーム。そこで働く人が「職場に子どもを連れてくる」といえば意外に感じますが、おじいちゃんやおばあちゃんの多くが子や孫と同居していた少し前の時代を考えれば、幅広い世代が集まって過ごす自然な状態を取り戻したようにも思えます。実際の様子を見ても、むしろ何の違和感もないことに驚かされました。
入所なさっている、ある方は「大人ばかりじゃつまらない。子どもと一緒に遊んだりできる方が楽しい。折り紙とかトランプとか仲間に入ってくれる」。ほかにも、子どもの姿が見えると涙を流して喜ばれる方や、手をつないで散歩に出かける方、反射的に子守りの経験を思い出される方もいるそうで、この場所で子どもがとても歓迎されていることが伝わってきました。
セキュリティーや衛生、安全面などの理由で大人の出入りさえ制限する職場が珍しくないなか、今回紹介したような“子連れ出勤”をそのまま採り入れられる会社は少ないかもしれません。ただ「職場に子どもがいても、接し方は家にいるときと同じ」というお母さんの言葉を聞くと、心のモードを激しく切り替えるような働き方を考え直したくなる人もいるのではないでしょうか。
アットホームな中にも決まりがあり、またそういう働き方を歓迎する雰囲気が社内でつくれれば、「母親の顔」「父親の顔」のままでバリバリ働ける職場が、実はもっと沢山あるのかもしれません。
WRITING:相馬大輔
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