凝り固まった考え方を“ほぐして”くれる『イノベーションカード』とは?
「いつからそうなった?」「それはどこが重要?」「よくある間違いは?」など、何気ないようでいて、胸にズシンと響く言葉が書かれている『イノベーションカード』(写真上)。メンバーがカードの言葉に沿って考えながら、新しい発見や発想(すなわちイノベーション)を導き出すためのツールです。
開発したのは、コンサルタントの小野ゆうこさん。東日本大震災後のある経験がきっかけで開発を思い立ったというこのカードには、これまでさまざまな問題解決や事業開発の現場に関わってきた経験が活かされています。
なぜこのカードがイノベーションを生み出すのか。どのような使い方をするのか? 詳しくうかがいました。小野ゆうこ(おの・ゆうこ)
株式会社つくるひと代表取締役、デキル。株式会社代表取締役。
情報分析型のコンサルティングではなく、現場のメンバー個々人の成長と集団組織の発展を後押しする「対話セッション」によるコンサルティングを得意とし、特に組織の強みを活かした新規事業の開発や価値の再発見(リブランディング)に定評がある。
著書に『「結果を出す会議」に今すぐ変える フレームワーク38』(日本実業出版社)。
http://www.dekir.co.jp/company/
考え方の層を揃え、比較しやすくするためのツール
――パッと見たところ、タロットカードのようですね。
まさにタロットカードのように、何かあるたびに1枚ずつ引いてみる人もいるようです。そんなふうに子どもでも使える道具にしたくて、カードという形態を考えました。
――開発したきっかけを教えてください。
東日本大震災の約1年後、被災地の経営者の方たちと交流するツアーに参加しました。最終日に、それまでお会いした方たちと、町役場の方たちも交えての食事会があったのですが、「暮らしの再建のためにはお金が必要。だから一日も早く商売の再開を」という経営者の方たちに対し、大きな資本で建てた施設を中心に、人が集まる町にする青写真を描いていた行政の方たち。小さな復興と大きな復興、そのギャップに驚くと同時に、「ここには対話がない」と感じたのです。
誰もがみんなのために考え、自分は正しいと思って発言している。でも、対話によってそれぞれの“正しさ”をきちんと交流させておかないと、この先、目に見える復興が進んでも、このギャップは続くのではないかと思ったのです。
あることに対し、Aさんはこんなことを考えていて、Bさんはこう考えている。比較するためには、考え方の「レイヤー(層)」を揃える……つまり、見ている方向や本人の依って立つ位置を揃える必要があります。そのための道具として考えたのがこのカードです。
重要なのは「考え方の“矢印”はひとつではない」と知ること
――カードの1枚1枚に言葉が書かれていますね。
私はもともと事業開発のコンサルティングをしていますが、そこでは異分子である私が現場に入って、メンバーによる問題解決を目指す「対話セッション」を重視しています。
問題を抱えているチームに入ると、第三者である私には、解決の妨げになっている思い込みや固定化した考えがよく見えます。そこで私がファシリテーターとなって、「それって本当にゴールなの?」「なんで私たちがやるの?」といった言葉を投げかけると、固まっていたものが揺さぶられ、思い込みの枠が外れる。そこから「そうだ、そもそもうちの商品(サービス)ってこういうところが大事だったんだ」という気づきが生まれ、ものすごいスピードで、誇りを持って改善に向かうのです。
このような“自ら気づいた力”を私たちは『内発』と呼んでいるのですが、その内発を促進するためによく投げかけている言葉を集めたところ、250ほどが集まりました。そこから汎用性の高いものを絞り込み、残った56の言葉がカードになっています。
――このカードが、第三者から発せられるのと同じような問いかけをしてくれるということですね。
私たちは毎日何かしらのインプットがあり、何かしらをアウトプットしながら暮らしています。うまくいかないことがあると、「なぜあんなこと言ったんだろう」とか「どうしてこうなったんだろう」と思い、その部分にばかり目が向きがちですが、実は一番重要なのは、自分の中にある「矢印」の部分。つまり入ってきたものを処理する解釈の仕方とか、思考のパターンです。
ところがこの解釈とか思考のパターンというのは、自分で思っている以上に固定化されていることが多いのです。
たとえば「A」というインプットがあっても、これを「あ」とアウトプットする矢印しか持っていないと、「A´」や「A″」のように「A」に近い形のものも、全部「あ」に変換してしまいます。でも、「A」は「あ」だけど、「ア」にも「エー」にもなるよね、というふうに、違う矢印があることに気づけば、「A´」や「A″」にふさわしいアウトプットは何だろうと考えるようになり、それが新しい発見、イノベーションにつながります。だからイノベーションカードなのです。――自分の力で「考え方を変える」のは難しいのでしょうか?
難しいと思います。そもそも“別の考え方があること”を知らないのですから。だからカードの指示に沿って考えてみることが重要なのです。
たとえば、なかなかダイエットできなくて悩んでいる女性が、「言い方を変えてみる」というカードに従って、「あの服が着られるようになりたい」とか「あのモデルみたいになりたい」と言い換えてみます。“あの服”とか“あのモデル”というのは、今までの思考パターンでは出てこなかった情報ですが、カードによって自分の中にそういう情報があったことに気づいて、矢印が増える。ただ「考えてみましょう」では、今までの矢印からはずれた発想をするのは難しいでしょう。
――「とにかく新しいことを考えろ」という上司の掛け声だけでは、新しい発想は生まれにくいということですね。
手がかりもなく「考えろ」と言われても、無理ですよね。多くの人にとって、変化は恐いことだから、「あのときもうまくいきませんでした」とか「あそこは規模も大きいし、うちとは違うから」などと、「変化=恐いこと」をしなくてすむような情報を見つけるのは得意なんです。でも、変化は本当は怖いことではないし、自分の中から解決を導き出すことができると気づけば、それがすでにイノベーションの始まり。つまり、このカードを使って、いろんな矢印で考えるクセをつけましょう、ということですね。
思考するって、実はひとつの対話なんです。「あのお客さんのところに行きたくないな」「じゃあちょっと寄り道しちゃおうかな」と、これも自分の中の対話ですよね。その対話のパターンが固定化しているから、「あのお客さんのところに行く」⇒「いやだな」となるけれど、パターンが変われば、苦手なお客さんのところにも積極的に行けるようになるかもしれません。
カードで「対話の場をデザイン」し、参加者全員による「創発」を促す
――教育現場でもこのカードを利用する試みがあるそうですね。
今、21世紀型ヒューマンスキルのひとつとして「協働的問題解決能力」が重要といわれています。これはひとつのテーマについて仮説を立て、アクションを起こすというのを循環させていく力のこと。ところがこれまで「正しい・正しくない」を教えるのが仕事と思ってきた先生方は、正解のない話し合いに取り組んだ経験がありませんし、問題解決に関与せず、その場にいる人たちに考えさせるというファシリテーターのスキルもありません。
そこで昨年、東京都内のある小学校で、このカードを使った「イノベーション学習」をさせていただきました。上級生には「校庭の遊具を考える」とか「理想のレストラン」といったテーマをチームで考えてもらったのですが、ふだんは消極的でめったに発言しない子が生き生きと自分のアイデアを発言したりして、先生方も驚いていました。
ここで重要なのは、誰かひとりのものすごい発想を伸ばすのではなく、みんなの発想と発想を掛け合せて、集合知の価値を高めること。これを「創発」と呼びますが、協働的問題解決においては、お互いを尊重しあいながら、創発が起こる場を作ることが重要です。そしてこのカードによって、そんな対話をの場をデザインできるのです。
――「対話の場をデザインする」とは?
さきほどはカードを1枚引いて違う矢印で考えると言いましたが、この場合は何枚かのカードを組み合わせて、対話の流れを作るという意味です。化学の元素記号と化学式に例えるとわかりやすいでしょう。HとかO、N、Feといった元素記号は、対話における「思考要素」であり、カードの1枚1枚がそれにあたります。一方、元素の化学反応の結果、生まれた物質を表す化学式が「思考フロー」、つまり対話の流れです。
H(水素)やO(酸素)は、それぞれが特性を持っていますが、このふたつがくっつくと、まったく違う性質のH2O(水)という物質になります。同じようにカードも1枚1枚が性質を持っていますが、何枚か組み合わせることで別の性質を持つようになります。
ただし、HとOが結びついたら必ずH2Oになるのと違い、カードは順番を入れ替えることができます。たとえばさきほどの「ダイエットができない女性」でいえば……
【カード1】「言い方を変えてみよう」⇒あの女優みたいになりたいな。
【カード2】「理想の状態を作ってみる」⇒痩せて生き生きとした毎日を送りたい。
【カード3】「いつからそうなった?」⇒5年前の失恋がきっかけかな。
でもカードの順番を変えると……
【カード1】「いつからそうなった?」⇒5年くらい前かな。
【カード2】「言い方を変えてみよう」⇒いつも失敗ばかりで自信が持てない。
【カード3】「理想の状態を作ってみる」⇒やっぱり継続できるダイエットがいいな。
……といった具合に、思考の流れも変わるのです。
それを考慮しながら、ファシリテーターがカードで流れを作り、参加者全員がその流れに沿って考えるので、アウトプットが比べやすくなります。そして最終的に集まった全員のアウトプット(情報)の中から、解決策を見い出すのです。
「自分たちの中から生まれた発想」という自信と誇りがチームを変える
――このカードを使うのに向いている業種・業態はありますか?
すでにいろいろな業種・業態で取り入れられていますが、特に「新しいことに取り組みたい」「今までと違う発想が欲しい」という現場では役立つと思います。たとえば新しいことに取り組みたいけれど、人材を増やす余裕はない。現状を維持しながら、今ある人材で取り組みたいが、どうすればいいか困っている中小企業…といったケースですね。
さらにこのカードは、冒頭でもお話ししたように、フレームワークなんて初めて聞きました、みたいな人でも簡単に、楽しく取り組めるのも特徴です。
たとえば「工場の壁に5Sって貼ってあるけど、そもそも5Sってナニ?」というようなとき。現場の人はもちろん、管理者も一緒にこのカードを使ってアウトプットすれば、現場の人たちの中に「だから5Sが大事なんだ、じゃあ自分たちはこういうふうに取り組もう」という発想が生まれます。マニュアルを渡してこうしなさいというのと違い、自分たちで発見したという当事者意識があるので、すぐにアクションプランが定まるなど、その後の行動スピードが速くなるメリットもあります。
――とはいえ、ファシリテーター役は、ある程度勉強しないと難しそうですね。
本格的にやるとなればそれも必要ですが、もっと軽い感覚で取り入れていいと思います。たとえば、その日の会議のテーマについて、ひとり1枚ずつカードを引きながら発言する、といったやり方ですね。
あるいは、カードには6種類のカテゴリー(疑う、調べる・把握する、概念を操作する、整理する、本質を抜き出す、未来を描く)があるのですが、どれかひとつのカテゴリーに絞って考えることもできます。たとえば、今抱えているプロジェクトについて「疑う」のカードだけ使って話し合えば、見失いかけていたコンセプトを共有できたり、今まで誰も気づかなかった価値を発見できるかもしれません。
とにかく全員がカードに沿って考えていくので、ふだんは遠慮しがちな人も発言できますし、意義を挟む余地がないから口論になることもありません。少なくとも、誰も発言しないといった停滞がなくなり、会議が効率的になります。
そういえば、部下とのコミュニケーションに使っている経営者の方もいます。面談などで、このカードを引きながら本人に「次の四半期はこれを目標にします」などと決めさせるのだそうです。「自分の中から出てきた目標値だから達成率が高い」とおっしゃっていました。
――どんな使い方があるか、体験したり勉強する場はあるのですか?
このカードを使ったことのある人たちが自主的にやっている勉強会が、奇数月に開催されています。勉強会といっても、初めての人でも参加できますし、貸し出し用のカードもあるので、そこで体験してから、自分のところでも取り入れるか考えてもいいと思います。参加者には経営者やチームリーダーの方も多いので、参考になる体験談も聞けるのではないでしょうか。
『イノベーションカード』(税込6,246)は、「つくるひと」のホームページhttp://www.dekir.co.jp/で購入可能です。また、勉強会の開催については「つくるひと」「デキル。」のFBで告知しています。
取材&文章/小野千賀子 撮影/朝比奈雄太
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