狭くても快適に[5] 建築家に聞く、美しく暮らせる住まいの秘訣
一級建築士として、住宅設計からインテリアコーディネート、収納計画まで、トータルで住まいづくりを提案している水越美枝子さん。近著「物が多くても、狭くてもできる いつまでも美しく暮らす収納のルール (エクスナレッジ)」が大好評の水越さんに、限られたスペースでも実現可能な片付けストレスのない家づくりについてお聞きしました。【連載】狭くても快適に
「家が狭い=理想の暮らしはできない」。そう考えるのが一般的かもしれません。けれどもここで紹介する人たちは、数多くの選択肢のなかから、あえてコンパクトな住まいを選択し、狭くても快適に暮らしています。家族3人+愛犬1匹の4人家族で59平米という狭小スペースに暮らすライフオーガナイザー、さいとうきいが、そのヒミツに迫ります!
建て主が証明した「暮らしやすい住まいは美しい」という事実
水越さんのご自宅には、建築士事務所「アトリエサラ」のオフィスが併設されています。けれども、取材に伺ったわたしたちが招き入れられたのは、オフィスではなくご自宅のリビング・ダイニングスペース。仕事が立て込んでお忙しそうな様子でしたが、水越邸はすっきりと片付いていました。
「17年前に設計したわが家もそうですが、収納計画がうまくいっていると、片付けなくても自然と家が片付くものなんですよ。意識しなくても美しい日常が保てるから、いつ誰が来ても招き入れることができます。それをイメージしていただきたくて、クライアントの方と自宅で打ち合わせすることも多いんです」【画像1】前夜も遅くまで仕事をしていたというのに、ご自宅はこの美しさ! 「片付けなくても自然と片付く家=暮らしやすい住まいは美しい」を、自ら証明されていました(写真撮影/さいとうきい)
水越さんが手がけた200件以上の物件に暮らすクライアントは、入居後すぐだけでなく、1年後、5年後、10年後でも、美しく暮らしている人が多いといいます。
これから家をつくる人に、より多くの「美しく暮らせる家」の実例を見てもらいたいと、2010年からは「住まい講座」を開催。事務所が設計した家を訪問し、水越さん自ら間取りや収納について説明したり、建て主の方が実際に暮らしてみた感想を聞いたりしているそうです。【画像2】水越さんが手がけたS邸の明るく開放的なキッチン。カウンターの立ち上がりが、シンクまわりや作業スペース、調理家電などを絶妙に目隠し。来客時、多少キッチンが片付いていなくても目立ちません(写真撮影/永野佳世、写真提供/アトリエサラ)
「実際に暮らしている様子を見ることで、どこにどんな収納があったら片付くか、どんなものを収める必要があるのか、どのくらいのものがあれば足りるのかなど、リアルにイメージできるようになります。講座に参加した後は、持ちものを見直して不要なものを手放しやすくなったという人も多いんですよ」【画像3】キッチンの背面収納は、手持ちの家電の大きさをはかり、使っていないときは収納できるように設計。開き戸の棚板は奥行きを浅めにしておけば、戸裏にラックなどを取り付けて収納スペースとして活用できます(写真撮影/永野佳世、写真提供/アトリエサラ)
「講座への参加者は、延べ1200人以上になりました。みなさんと一緒にクライアントの家を訪れるたびに、いつまでも美しく暮らすことは可能なんだ、暮らしやすい住まいは美しいものなんだと実感しています」
狭くても美しい家づくりのポイントは「視線」「動線」「収納」
それでは具体的に、狭くても暮らしやすい、美しい住まいをつくるにはどうしたらよいのでしょうか。水越さんによると、コンパクトな家でも美しく、快適に暮らすために大切なポイントは「視線」「動線」「収納」の3つ。ご自身が設計したお住まいを例に、説明してもらいました。
70代の女性、Iさんのご自宅は約55m2、3K、築35年のマンションです。3人の子どもが独立し、現在は一人暮らしをしています。小さな部屋に仕切られて、暗く、寒かった住戸の間取りを変えて、暖かく、効率のよい動線に変えるため、全面リフォームすることになりました。【画像4】リフォーム前、Iさんも「住まい講座」に参加されたそうです。暮らしやすく美しい住まいをイメージできた後は、新居にふさわしくないものを手放すスピードが早まったとか(写真撮影/永野佳世、写真提供/アトリエサラ)
まずは、1つめのポイント「視線」について。I邸は南側にふたつの大きな窓があります。けれども、間仕切り壁によって真ん中で分断されているため、日中の日差しが部屋の奥まで届かず、暗い雰囲気でした。
リフォーム後は、住戸の南側を仕切っていた間仕切り壁を撤去。ワイドスパンで、明るく暖かなリビング・ダイニングスペースを実現しました。窓に向けて視線が抜けることで、部屋が広々と感じられるようになっています。【画像5】水越さんの手がける物件では、水まわりを大幅にリフォームすることが多いそうです。「家事の歩数とストレスは比例します。歩く距離が短ければ短いほど、ラクになります」(写真撮影/永野佳世、写真提供/アトリエサラ)
2つめのポイントは「動線」です。以前は住戸内が多くの壁で仕切られていたため、家自体はコンパクトであるにもかかわらず、何をするにも家中を歩きまわらなくてはいけませんでした。
リフォーム後は、間仕切りを減らすことで回遊性アップ。北側にウォークインクローゼットを配して寝室の寒さを抑えつつ、朝置きて着替える動作をスムーズに。クローゼットから玄関、トイレへ通じるドアも設置しました。【画像6】リビング・ダイニングと寝室の間仕切りはプリーツスクリーン。スクリーンを下ろせばプライバシーを確保できます。細長い板を平行に建てた「ルーバー」でベッドの存在を柔らかく目隠し。寝室の奥はウォークインクローゼット(写真撮影/永野佳世、写真提供/アトリエサラ)
水まわりも大きく変更しています。キッチンと洗面所を隣接させることで、家事を1カ所ですませられるようになりました。洗い終わった衣類をそのまま洗面所に干せるよう室内用物干し竿を設置。洗う場所と干す場所が近ければ、重い洗濯物を抱えて歩く必要がありません。【画像7】キッチンのシンクと背面収納の間は狭いほうが調理中の動きが減ってラク。思った以上に狭い「75から80cmがベスト」とのこと。キッチン奥の引き戸の先は、洗面所、浴室へとつながっています(写真撮影/永野佳世、写真提供/アトリエサラ)
3つめのポイントは「収納」です。とくに洗面所と玄関は、住んでいる人の数に関係なく、ゆとりのある収納スペースを備えておくと片付けやすくなります。【画像8】洗面所ですることを考えてみると、歯磨き、手洗い、スキンケア、ヘアケア、メイク、入浴時の着替えなど、思った以上に多いことに気づきます。それぞれに必要な道具を収めるためにも、収納スペースには余裕を(写真撮影/永野佳世、写真提供/アトリエサラ)
もしも玄関や洗面所に収納スペースをとるのがむずかしい場合、廊下の壁を30cm凹ませて、床から天井まであるタワー収納を設置するのがおすすめ。壁と同化して見える扉をつければ、存在感をなくすことができるそうです。【画像9】コンパクトなI邸でも、玄関からリビング・ダイニングへつながる廊下の一面が大容量のタワー収納になっています。壁と一体化して見える扉のおかげで、閉めていると存在感ゼロ。インテリアの邪魔になりません(写真撮影/永野佳世、写真提供/アトリエサラ)
「家がなかなか片付かない方は、ものが捨てられないことや片付けが苦手なことが散らかる原因だと考えがちです。けれども、その大半は収納スペースの場所や形といった、家のつくりによる問題のほうが多いものです。ものを使う場所の近くに戻すべき場所があれば、自然と片付く家が手に入ります」
引越し・リフォームなしで実現!暮らしやすく美しい家の工夫
狭くても暮らしやすい、美しい住まいをつくるためには、かならずしも引越しやリフォームが必須ではない、という水越さん。家具の配置や収納の工夫で、快適な暮らしを手に入れることも可能です。
例えば、I邸のリビング・ダイニングスペース。10.8畳とコンパクトなので、テーブルと椅子、ソファを置くと窮屈になってしまいます。水越さんの提案は、「ソファは置かず、あえて大きなダイニングテーブルを置く」というもの。「椅子は低めで座面が広く、ひじ掛けがあり、背もたれがゆったりしているものであれば、長時間座っていても疲れません」【画像10】日本人に合う椅子の平均的な座面の高さは40から43cm、座面とテーブル面の差は30cm。高齢者や小柄な女性が長時間椅子に座って過ごす場合、それぞれ3から5cm低くすると疲れにくくなるそうです(写真撮影/永野佳世、写真提供/アトリエサラ)
家族がくつろぐリビングには、できるだけ「収納のための家具」を置かないのもポイントなのだとか。造り付けの収納スペースに入るものだけで生活すると、部屋がすっきりと片付いて見えます。家具を置く場合は高さをそろえ、水平ラインがデコボコにならないよう配置すれば、印象がよくなります。
ものが収まりきらないけれど、減らせない、捨てたくないという場合、改めて収納にデッドスペースがないかチェック。「収納の密度を上げることで、活用できる有効面積は増やせます」【画像11】画像2のS邸のキッチン背面収納でも、収めるものの高さと棚板の高さが合うよう調整されていました。細々したものをボックスにまとめたり、ものの形状によって縦置きしたりすれば、収納の密度が上がります(写真撮影/永野佳世、写真提供/アトリエサラ)
「収納するものの高さと棚板の高さをぴったりあわせ、隙間なく収納することが大切です。棚板が足りなければ追加してください。ほかにも、箱で仕切る、立てる、コの字ラックを使うといった工夫で、使ってない空間をつくらなければ、収納スペースの稼働率は大幅にアップします」
子育ての忙しい毎日を乗り切れたのは「自然と片付く家」のおかげ
2人の子どもの母でもある水越さんの“住まいに対する考え方”は、17年前に設計したご自宅が原点だといいます。
「長女は社会人となり、最近、職場の近くで一人暮らしを始めました。長男は現在、大学生です。この家に引越してきたときは、まだまだ手のかかる年ごろでしたが、子育ての忙しい毎日を乗り切れたのは、この家のおかげです。
片付けをしなくても自然に片付く家。普通に生活していても美しい日常が保てる家。家族に協力してもらえる家。そして、いつ誰がきても招き入れることができる家。収納のセオリーを知り、理解して取り組めば、必ず片付く家になります。そんな家を、一人でも多くの方に手に入れてもらいたいと思っています」【画像12】建築士としてだけでなく生活者の先輩としても、暮らしやすさの提案を続ける水越さん。特に子どもが小さい建て主には、ライフステージの変化に合わせた間取り変更のプランをシミュレーションすることも(画像提供/アトリエサラ)
日ごろは、片付けのプロ、「ライフオーガナイザー」として活動している筆者。水越さんが設計した住まいの図面を拝見すると、どの家からも「暮らしやすさ、片付けやすさ、維持しやすさ」という、住まい手への思いやりを感じることができました。
実際に小さな家に暮らしている人たちだけでなく、たくさんの家を設計してきた建築士にも、「家が狭くても快適に暮らすことはできる」という太鼓判を押してもらえた、今回の連載【狭くても快適に】。家が狭いから美しい暮らしを諦めたり、片付けられないことで自分を責めたりする必要はない!ということを、これからも、自信をもって伝えていきたいと思います。●取材協力
水越美枝子さん HP
一級建築士。キッチンスペシャリスト。大学卒業後、 清水建設を経て、1998年一級建築士事務所「アトリエサラ」を共同主宰。新築・リフォームの住宅設計からインテリアコーディネイト・収納計画まで、トータルでの住まいづくりを提案している。著書に『40代からの住まいリセット術―人生が変わる家、3つの法則』(NHK新書)『物が多くても、狭くてもできる いつまでも美しく暮らす収納のルール』(エクスナレッジ)』など。
著書の「いつまでも美しく暮らす住まいのルール」「いつまでも美しく暮らす収納のルール」(共にエクスナレッジ)が好評で、それぞれ増版を重ねている。●【連載】狭くても快適に記事一覧
・狭くても快適に[1] 秘訣は「あえて収納家具を置かない」こと
・狭くても快適に[2] 身軽でいるために選んだコンパクトな住まい
・狭くても快適に[3] 小さな家で実現した「いずれは都心で」の夢
・狭くても快適に[4] 築50年の団地がDIYでヴィンテージな住まいに
・狭くても快適に[5] 建築家に聞く、美しく暮らせる住まいの秘訣
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