清澄で不穏さを秘めた短編集〜小川洋子『不時着する流星たち』

清澄で不穏さを秘めた短編集〜小川洋子『不時着する流星たち』

 年齢のことを言うのもなんだが、いくつになられてもこれほど「文学少女」という言葉が似合う人がいるだろうかといつも思う。本書の著者である小川洋子さんのことだ。大の阪神タイガースびいきだったり佐野元春ファンだったりとご本人はけっこう意外性のあるタイプでいらっしゃるが、そういった好みの傾向を知ってなお、穏やかな日ざしの中を風に吹かれながら本を読む小川さんが思い浮かぶのだ(できれば白いワンピース姿で。きっと第四話「臨時実験補助員」に出てくる女性たちが着ているような)。

 清澄でありながら不穏さを秘めた小川作品を読むといつも、少し落ち着かない気持ちになる。自分はほんとうにこの作品を理解できているのだろうかと。そういう意味では一般的なエンタメのカテゴリーからははみ出しているかもしれない本書であるが(とってつけたようなクライマックスや激しいアクション・バイオレンスなどとは無縁)、わかりやすいものだけに楽しみがあるわけでもないだろう。私はこのコーナーにおいて読んで自分の心が動かされた本をご紹介しているので、繊細にして大胆、甘いのに毒もあるこの短編集をお楽しみいただければ幸いだ。

 出版元であるKADOKAWAのサイトでは、本書は「かつて確かにこの世にあった人や事に端を発し、その記憶、手触り、痕跡を珠玉の物語に結晶化させた」「硬質でフェティッシュな筆致で現実と虚構のあわいを描き、静かな人生に突然訪れる破調の予感を見事にとらえた」作品であると記されている。具体的には、各短編の後ろにその作品がどのような人物や事象にインスパイアされたものかが紹介されている。例えば、個人的に最も好みだった第七話「肉詰めピーマンとマットレス」は、意外なことに「バルセロナオリンピック・男子バレーボールアメリカ代表」に着想を得たものだ。その次に好きな第十話「十三人きょうだい」は植物学者の牧野富太郎が夫人との間に13人のお子さんをもうけたという話が題材であるようだし、第九話「さあ、いい子だ、おいで」はなんと世界最長のホットドッグが終盤で重要なアイテムとなっている。リアリティからはかけ離れているように見えるのに、いずれの物語もでも登場人物たちの心の動きが胸に迫ってくるのが、小川洋子という作家の魅力であろう。「肉詰めピーマンとマットレス」は、女手ひとつで子どもを育ててきた主人公が異国の地に住む息子のところに滞在する物語だ。彼女がどれだけ息子を慈しんで育てたか、大仰な言葉やこれ見よがしなしかけに頼らずとも、著者は十二分に描き出す。ちなみに、その息子がバレーボール選手なわけではない)。「バルセロナオリンピック・男子バレーボールアメリカ代表」が作品内でどのような役割を果たしているか確認するためにも、ぜひお読みになってみてください)。

 著者の『博士の愛した数式』を読んだとき、「この1冊があればそれでいいんじゃないか」とすら思った。それほどまでに素晴らしい小説だと感じられたからだが、もちろんその後も小川さんは読者の心に訴えかけてくる作品を書き続けておられる。この希有な作家が描き出す10の物語を、かみしめるように読んでいただきたい。どこにたどり着くかわからない流れ星のような短編たちを。

(松井ゆかり)

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