【有名キャラをドット絵刺繍に】クロスステッチデザイナー・大図まことさんはなぜ「刺繍のプロ」になったのか?
女性が大多数を占める「手芸」の分野で、プロとして活躍している男性がいる。クロスステッチデザイナーの大図まことさんだ。
クロスステッチとは、「×」の縫い取りを並べる手法の刺繍。花や人形などの絵柄が一般的であり、趣味でテーブルクロスやピアノカバーなどを作る女性が多いが、大図さんが描くクロスステッチはゲームキャラクターや昆虫、乗り物など、男性ならではのモチーフ。ピクセルアートを思わせる、ポップなデザインが人気を集めている。
大図さんは子供のころから手芸が得意だったわけではなく、クロスステッチに触れたのは社会人になってから。なぜ、大図さんはこの道を選んだのか?そして今後目指す方向性は?詳しく伺った。
大図まことさん
クロスステッチデザイナー
株式会社オオズ代表取締役。大学卒業後、酒店でのアルバイト時代にクロスステッチに出会い、創作活動をスタート。その後手芸店に入社し、販促などを担当した後、2008年にクロスステッチデザイナーとして独立。ワークショップ開催やイベント出展を精力的に行うほか、有名キャラクターとのコラボ商品などを多数開発。『大図まことのクロスステッチ大図鑑!』(白夜書房)、『手塚治虫キャラクターのクロスステッチBOOK』(タツミムック)など著書多数。昨年、東京・蔵前に自身のピクセルデザインブランド「TOKYO PiXEL.」の実店舗をオープン。
23歳で手芸に出会い、クロスステッチの可能性に気付く
大図さんがクロスステッチに出会ったのは、23歳の頃。就職氷河期で就職活動がうまくいかず、大学卒業後に近くの酒店でアルバイトをしていたときのことだった。
ある日、カメラマンの友人が、自身が撮影に関わった手芸の本をプレゼントしてくれた。もともとイラストやデザインが好きで、アルバイトのかたわら独学してコンテストに応募するなど創作活動を続けていた大図さん。本を見て「これなら自分にもできるかも」と思い、いくつかの作品に挑戦してみたという。
「しかし、どれも意外に難易度が高かった。まず編み物に挑戦し、ニット帽などいくつかの作ってみましたが、立体的なデザインイメージが湧かずにとん挫。洋裁にもトライしましたが、ミシンの音がうるさいと隣の部屋から苦情が来てしまいました。そんな中、クロスステッチだけはとてもしっくりきたんです。『×』の刺繍を並べていくという技法はとっつきやすいし、シンプルだからこそいろいろなものが表現できそうだと思えました」
まずは、クロスステッチで昆虫の標本を作ろうと考え、100体を目指してひたすら刺繍するが、すぐに「これだけやっていても食べてはいけない」ことに気付く。そこで、クロスステッチのワークショップを開催してみたところ、「小さな男の子を持つお母さん」を中心に話題を集め、参加者がどんどん集まるようになった。
「例えば、子どものお弁当袋など保育園の持ち物にちょっと刺繍を施したい場合、花や人形など可愛らしい図案は数多くありましたが、昆虫や車、ロボットや恐竜といった『男の子ならでは』の図案はなかったんです。自分が好きなデザインを披露していただけなのですが、結果的にそれがウケた。口コミで参加者が増え、手作りのデザイン集もけっこう売れましたね。この時初めて、『この世界で、生きていけるかも』という手ごたえを得ることができました」
▲「TOKYO PiXEL.」に飾られている大図ワールド満載のクロスステッチ時計
30を前に独立。「作品の量産化」に踏み切り取引先を増やす
ただ、そのままクロスステッチデザイナーとして独立することはなく、手芸店に正社員として入社する。両親が不安定なアルバイト生活を案じ、「正社員として就職してほしい」と希望していたことから、「どうせなら手芸に関わる仕事に就こう」と考えたためだ。そこで3年間、リボン・レース売り場担当や販促担当として活躍し、30歳目前の2008年にクロスステッチデザイナーとして独立した。
「何か大きなきっかけがあって独立したわけではないのですが、仕事がとても忙しく、創作の時間を確保できずに悶々としていたことは確か。このまま会社で定年まで勤め上げるイメージも湧かなかったので、30歳がいい節目なんじゃないかと思い独立を決めたんです。…基本的に、僕って楽観的なんですよね。大きな仕事が決まっていたわけでもないのに、きっと何とかなると思っていた。昆虫などの男子モチーフなクロスステッチ図案は引き続きウケがよかったし、以前から続けていたブログの反響もよかったので、会社を辞めて本腰を入れて取り組めば、仕事として成り立つんじゃないか…って」
独立後、大図さんが積極的に取り組んだのは、デザインフェスタなどといったデザインイベントへの出展。ワークショップの開催も積極化して、露出を図った。
ただ、当然ながら作品づくりはすべて手作業。朝から晩まで取り組んでも、できる点数は限られる。たとえ作品が評判になったとしても、現状のままでは「商売」にするのは難しい。そこで大図さんが考えたのが、「作品の量産化」だ。自身のデザインをベースに機械で量産することができれば、それだけ多くの人に手に取ってもらえる。しかも、生産にかかるコストが軽減するから、作品1点あたりの販売価格もぐっと下げることができる。
「全国にあるアパレル工場を調べ、片っ端からメールを送りました。メールの内容は、『クロスステッチ作品をそちらの工場で作れませんか?でもこちらにはお金がないので、一緒に組んで商品化しませんか?』というひどいもの(笑)。50~60件送り、ほとんどは返信なしでしたが、1件だけ『面白そうだね』と言ってくれた工場が名古屋にあったんです。そして、その工場全面協力のもと、試行錯誤の末に量産化できるようになった。それが転機になりましたね」
量産化され、価格が下がれば、営業先も増やすことができる。クロスステッチという今までにないアプローチが受け、BEAMS、SHIPSなどといったセレクトショップに作品を置いてもらえるようになった。自ら商品をリュックに詰め、自転車でアパレルショップを回るという無茶な「アポなし営業」もしたが、興味を持ってくれるショップが多かったという。
1冊目の本を出したのも、この頃だ。2008年に発売されたクロスステッチデザイン集『ぼくのステッチ・ブック』は、乗り物やロボット、昆虫などの男の子向けデザイン図案が約500種類盛り込まれ、評判となった。従来の刺繍本とは一線を画す「黒地に刺繍が施された表紙」も注目を集め、ロングセラーに。その後、年1回ペースでシリーズ本が出されるまでになっている。
早くから頭角を現すには、ライバルの少ない分野を狙うのも方法
▲サンリオとのコラボ作品。人気キャラクターがドット絵刺繍に
そして現在、大図さんの活躍フィールドはさらに広がっている。
玩具や雑貨のデザインや、ハローキティ、鉄腕アトム、パックマンといった有名キャラクターとのコラボニーズが拡大。人気アパレルブランドやアーティストとコラボする機会も増えている。「気が付けば、6名のスタッフを抱える会社の代表になっていた」と笑う。
今、新たにもくろんでいるのは海外展開。デザイン性が高く親しみやすいクロスステッチは、外国人の受けもいい。特にパックマンなど、海外でも人気のあるキャラクターに対する引き合いは強いという。「進出する国が決まったら、現地企業とパートナー契約を結び、本格的に流通に乗せ、現地の人に広く認知してもらいたい」と意気込む。
「当初は、自分だけが食べて行ければいいと思っていたので、一人だけでのほほんとやっていくつもりでしたが、ただ面白いものを作るだけでは知ってもらえないし、知ってもらうためには一人だけでは限界がある。作品を広めてくれる仲間を増やし、コラボしてくれるパートナー会社を増やせば、さらに自分のデザインが広く世に出て、いろいろな人に見てもらえるようになる。そしてそれが世界にも広がる…想像するだけでワクワクします」
▲東京・蔵前にある「TOKYO PiXEL.」の店舗。外国人観光客の来店も多い
これまでの歩みを振り返り、大図さんは「就職活動時がちょうど氷河期で、就職に失敗したことがすべての始まりだった」と話す。失敗したからこそ、「自分の力で食べていかねばならない」という危機感が生まれ、さまざまなことに恐れずチャレンジできたし、「この分野ならば生きていけそう」という嗅覚も働いたのではないか…と分析する。
現在では求人市場は活況だが、「やりたいことがわからない」という若者は未だ多い。そんな人に向けて、大図さんは「興味を惹かれたら、すぐに行動に移してみる。そして、いいと思えたらさらに深く突き詰めてみる」ことを勧める。大学卒業後、先が見えずに悶々としていた大図さんが、こうして出会ったのがクロスステッチだからだ。
「僕の場合、早い段階でクロスステッチに出会えたのはラッキーでした。女性ばかりの手芸業界においては、男性というだけで注目されたからです。それに、男性目線で新しいクロスステッチの可能性を提案し、新たなニーズを掘り起こすことができました。狙ったわけではありませんが、結果的にライバルが少ない分野で勝負できたから、今があるのだと思います。『その道のプロになりたい、第一人者になりたい』という人は、ライバルが少ない、ニッチであるという観点を取り入れることも、ぜひお勧めしたいですね」
EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:中 恵美子
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