ワイドショーのためのTPP超入門

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池田信夫blog part2

今回は池田信夫さんのブログ『池田信夫blog part2』からご寄稿いただきました。

ワイドショーのためのTPP超入門

ワイドショーからTPPについての電話取材があった。ワイドショーの取材はお断りしているのだが、野田首相が参加表明を延期したというので、少し心配になってOKした。相手は20〜30代とおぼしき女性記者(?)

記者:「TPPに参加したらアメリカのいいなりになるという人がいますが……」

私:「条約というのは、すべての当事国が同意しないと調印されません。アメリカが何をいっても日本がいやだといい張ったら何も決まらない。むしろアメリカはそれを恐れて日本の参加をあまり歓迎していない。」

記者:「でも、いったん参加したら抜けられないと……」

私:「そんなことありません。アメリカは京都議定書に副大統領が調印したのに、議会が批准しなかった。日本のように国会がねじれていると、野党の反対している条約を調印しても関連法案が通らないので、政府は譲歩しないでしょう」

記者:「農産物の関税がすべて撤廃されるんですか?」

私:「それはわからない。TPPの原型であるP4では関税は原則撤廃ですが、アメリカは砂糖などの例外扱いを求めています。日本も米の関税は譲らないでしょう」

記者:「P4って何ですか?」

私:「(そんなことも知らないのか、という言葉を飲み込んで)TPPのもとになっている4か国の自由貿易協定です」

記者:「え~! TPPってもうあるんですか?」

私:「いや、そういうことじゃなくて……あなたTPPが何か国の条約か知ってます?」

記者:「知りません(きっぱり)」

私:「日本が入ったら10か国なんですよ。アメリカが勝手に決めることなんてできない」

記者:「でも自給率が下がるんじゃないですか?」

私:「食糧自給率なんて日本の農水省しか出してない無意味な数字。食糧の輸入が100%止まるなんて、第二次大戦でも起こらなかった。もし輸入がすべて止まったら、石油の自給率は0.15%だから、食糧だけ自給しても意味がない」

記者:「でもアメリカが穀物の値段を引き上げたらどうするんですか?」

私:「日本の米の値段は国際相場の3倍以上。自給率を高めるというのは、割高な国内農産物を守るということだから、価格だけを考えるなら、関税を撤廃して輸入したほうがはるかに安い」

記者:「食の安全が……」

私:「そんなものは検疫を強化すればいいだけ。そもそもまだ何も決まってないのに、なんで危険な食品が入ってくると断定できるの?」

記者:「でも農家は困りますよね?」

私「困る人もいるでしょうね。しかし専業農家はもう35万人。圧倒的多数の農家は、休日に農業もやるサラリーマン。自由化を拒否して企業の業績が悪くなるほうが困るでしょう。消費者は1億2000万人以上いるんですよ。関税が下がると消費者は絶対に得するのに、ワイドショーはどうして農家の話ばかりするの?」

記者「……」

私「バターや砂糖の関税は300%以上。あなたの好きなケーキの値段は、砂糖の関税がなくなったら半分ぐらいになるでしょう。サトウキビをつくる農家は困るかも知れないが、砂糖を使うケーキ屋さんはもうかるし、海外に輸出もできる。農家とケーキ屋のどっちが付加価値が高いか、明らかでしょう」

記者「医師会は混合診療 *1 で格差が広がるといってます」

私「それは逆。今は全額を自己負担できる金持ちだけが自由診療を受けられる。混合診療が認められれば自由診療の負担が減って、貧しい人も高度医療が受けられるようになります」

記者「他にもいろいろな制度がアメリカの都合のいいように変えられるんじゃ……」

私「だから日本が拒否すれば、変えられないの。同じような非関税障壁について交渉した80年代の日米構造協議 *2 では、日本はほとんど譲歩しないで何も変わらなかった。日本がアメリカの最大のライバルだったときに何もできなかったんだから、アメリカが日本に関心をもってない今、意味のある結果が出るとは思えない」

*1: 「医師会はなぜ混合診療をいやがるのか」 2011年11月09日 『池田信夫blog part2』
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51754488.html
*2: 「日米構造協議の教訓」 2011年11月06日 『アゴラ』
http://agora-web.jp/archives/1400555.html

電話録音したようだが、使うかどうかはわからない。しかしワイドショーの担当者の知識なんてこんなものだ。経済学者も高校レベルでていねいに説明しないと、今後もこういう混乱は続くだろう。

執筆: この記事は池田信夫さんのブログ『池田信夫blog part2』からご寄稿いただきました。

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