終戦まもないドイツのレシピブックで当時の料理を再現してみた【1949年の味】
ミュンヘンでは魚が高級食材
皆さん、こんにちは! ドイツ在住のメシ通レポーター、溝口シュテルツ真帆です。
私の住んでいるミュンヘンでは、春夏秋の年3回、「アウアードゥルト(Auer Dult)」という蚤の市が開かれます。ちょっと変わったこの市の名は、このあたりの地名がAuといい、ドイツ南部・オーストリアで定期的に開かれる市のことをDultということに由来しています。
教会前の広場に、家具やインテリア雑貨、古本などのアンティーク系のお店に加えて、ぴかぴかのキッチン用品や食器、スパイスなどの食材、いい匂いをさせる屋台や移動遊園地(!)まで並ぶ、ミュンヘン市民がとても楽しみにしているイベントのひとつです。
私ももちろん、ぶらぶらとこの市を冷やかすのが大好き。
毎回出かけては、気に入った食器などを少しずつ買って帰ってきています。
そしてもうひとつ、「アウアードゥルト」で楽しみにしているのがこれ!
そう、ゴーカイな魚の串焼き。
内陸部のミュンヘンでは、新鮮な魚はなかなか手に入りません(入ってもとっても高価)。たとえばカチンコチンに冷凍されたサケの切り身が3つで10ユーロ(約1,200円)以上もしたりして……美味しい魚はセレブの食べ物なんです。
日本にいたころは母親に「なんだ、アジの干物か」「またブリのお刺身?」なんて愚痴をいっていた私に往復ビンタをくらわしたい。自分がこんなに魚好きだったとは、ドイツに嫁いで初めて知りました。
というわけで、この串焼きは私のたぎる“魚欲”を満たしてくれる、数少ない一品なんです。
Forelle(フォレレ)と呼ばれるマスも美味しいですが、私はなんといってもこちらのMakrele(マクレーレ)。エキゾチックな響きの名前ですが、何のことはない、サバ、です。魚の塩焼きをナイフとフォークで食べるなんて気分が出ないので、今回ももちろん、割りばしと醤油を持参。隣の親子連れがジロジロ見ていますが気にしません。
では、いただきま~す!
100gで3.6ユーロ(約432円)とやや割高ですが、炭火でじっくり、焼き立てのまるごとサバはもう、「大根おろし持ってきて~! あっ、あと白ごはんも!!」と叫びたくなる美味しさ。この「アウアードゥルト」だけではなく、夏場のビアガーデンや、オクトーバーフェストなどのイベントに出店されることが多いので、もし見かける機会があればぜひ試してみてほしい一品です。
1949年刊行の古レシピ本
さて、そんな「アウアードゥルト」で、掘り出し物を探してアンティークショップをのぞいていたところ、1冊の古本に目が留まりました。
『MEIN KOCHBUCH』(マイン・コホブッフ)
「私の料理本」というタイトルのレシピ本です。中を開けば、ぷんと古びた本の香りとともに、レトロな雑誌の切り抜きや、たくさんの手書きのメモが飛び出してきました。
なんだかきゅんと来て、28ユーロ(約3,360円)でこの本を買い、自宅に持ち帰りました。自宅でゆっくりと眺めてみれば、ますます胸が高鳴ります。
「Das Essen soll zuerst das Auge erfreuen und dann den Magen.(食事は最初に目を、そして胃袋を喜ばすべきである。)」
と、前書きがゲーテの格言(?)から始まるあたり、いかにもドイツの料理本です。
刊行は1949年のシュトゥットガルト。つまり、敗戦後のドイツです。そのころの人々の生活はまだまだ貧しくて、街にもがれきの山や空き地が散見されたのではないでしょうか。
あちこち書き込みがあったり、チーズケーキのページにシミがあったり(ぽとりと生地をこぼしてしまったのでしょう)、長く愛用されていた様子がよくわかります。
雑誌の切り抜きに混ざって、1969年に贈られたと思しき、クリスマスのカードもはさまっていました。ユルゲンという男性から、おそらくこの本の持ち主に向けて、「メリークリスマス」のメッセージが、ドイツ、フランス、オランダ、英語、ラテン語の各国語で書かれています。
ゆで卵の作り方からはじまるこの本は、きっと新米主婦に向けたものだったのでしょう。思わず想像がふくらみます。
彼女の名前は――そう、フレデリケとでもしましょう。
フレデリケは、誰もが振り返るような美人ではないけれど、人好きのするような可愛さがあって、ファッションはちょっと野暮ったい感じ。好きな色は緑。人の悪口を言ったりはしないけど、率直で頑固なところもある。趣味はささやかな園芸で、それはそれは上手に花を咲かせる。
叔母さんの知人の電気工をしている息子、ユルゲンを紹介されて結婚、彼は兵士として戦地に赴いたものの、幸運にも帰還。その後、ふたりの娘にも恵まれました。
戦後、まだ20代で、包丁を握る手も覚束ない様子の彼女が、少ないへそくりからこの本を買い、家族のためにページをめくりながらひとつずつ料理を作って、だんだん美味しい料理を作れるようになって、少しずつ年を取って、それでもこの本とともにキッチンに立ち続けて――と、こんな感じでしょうか。
お菓子のレシピがぎっしり
特筆すべきは巻末のメモ欄にぎっしりと書かれた手書きのレシピ!
ラジオやテレビで流れていたものを書きとったのでしょうか。それとも知人や親類の女性から教えてもらったものでしょうか。一部幼く見える筆跡が混ざっているのは、きっと彼女の子どもが書き込んだものでしょう。
どういうわけで「アウアードゥルト」にこの本がやってきたのかはわかりませんが、きっと彼女はもう料理を作ることはなくなって、あるいはもう亡くなってしまって、家族の手によって整理された遺品のひとつなのだと思います。
まさか彼女も、自分のあと、遠く日本から来た新米主婦がこの本を手にするとは想像もしなかったことでしょう。ましてや、自分が書いた手書きのレシピに果敢にも挑戦しようと考えているとは!
ということで、フレデリケのレシピとにらめっこ。……が。
ぜんぜん読めません。
ということでドイツ人の夫を召喚。「100gのハム、100gのエビ……」さすがネイティブ、すらすらと読み解いてくれました。
彼女の手書きのメモは、大部分がケーキのレシピでした。お菓子作りの得意なドイツ人としてはさもありなん、です。
ドイツ人は「手作りのケーキが焼ける」がデフォルト。男女問わず、手製のものをさっと焼いては、ホームパーティーなどに持参したりするんです。
うちの夫も「う~ん、ちょっと甘いものがほしいな」なんていっておもむろに泡だて器を握ったり、夕食後になにやらキッチンにこもっていたかと思ったら、ぷ~んといい香りがしてきたりと、あまりにもナチュラルにお菓子作りを楽しんでいます。
寒い季節にふさわしそうな……と夫とともに手書きのページをくって、「チーズとハムのスフレ」(Feines Käse-Shinkensouffle)、そしてドイツのクリスマス菓子として欠かせない「レープクーヘン」(Nürnberger Lebkuchen)に挑戦してみることにしました。
再現①:チーズとハムのぜいたくスフレ
▲ちなみにこのココット皿の下にしいたレトロなお皿も、「アウアードゥルト」で買ったものです。1枚1ユーロ(約120円)のお買い得品でした!
ではまず材料から。
【材料】直径8cmのココット皿6皿分 ハム 100g 小エビ 100g エメンタールチーズ 75g マーガリン 50g+器に塗る用 小麦粉 60g 牛乳 375ml 卵 3個 塩、カイエンペッパー、白胡椒 ひとつまみ
このころはまだまだバターが貴重な品だったのでしょう。マーガリン、というのが時代を感じさせますね。もちろん、バターで代用しても香り高く仕上がるはずです。
【作り方】
1. ハムを細長く切り、小エビのサイズが大きい場合は適宜刻む。チーズをすり下ろしておく。卵は白身と卵黄にわけておく。
2. マーガリンを鍋で溶かし、小麦粉を少しずつ加え、手早く混ぜる。
3. 牛乳を少しずつ加え、ダマにならないように手早く混ぜる。なめらかになったら、沸騰させないように混ぜながら5分程度加熱する。
※小麦粉、牛乳はとにかく少量ずつ加え、手早く混ぜるのがポイント。けっこうな力仕事です。奮闘するフレデリケの姿が目に浮かびます。
4. チーズを少しずつ加えて溶かし、鍋を火から下ろす。卵黄を崩して、鍋に加える。塩、カイエンペッパー、白胡椒を加えて味を調え、ハムと小エビを加えて混ぜる。
5. 卵の白身をしっかりと泡立て、ソースに加えてさっくりと混ぜ合わせる。
※彼女は電動泡だて器なんて持っていなかったでしょうから、きっと一仕事だったはず……。そのせっかくの白身の泡をつぶさないように、手早く大きく混ぜ合わせて。
6. ココット皿にマーガリンを塗り、生地を器に入れて表面を整える。175~200℃に余熱したオーブンで30~40分ほど焼き上げて出来上がり。
※スフレはとても繊細な料理。オーブンから出した直後からしぼみ始めてしまいます(私の写真も、本当はもっとふくらんでいたのですが!)。
出来たてをすぐにテーブルに並べてもいいですし、冷めても美味しくいただけます。
あつあつをハフハフ、しゅわっとした食感で思わず笑顔になります。チーズの香りはそれほど強くなく、優しく親しみのある味。ハムとエビの具材で、子どもも喜びそう。夫はぺろりとふたつも食べてしまいました。
冷めたものも試してみましたが、こちらはケークサレのようでおつまみにもなりそう。続いてはレープクーヘンに挑戦です!
再現②:ニュルンベルガー・レープクーヘン
「レープクーヘン」とは、柑橘類や、シナモンやアニス、クローブなどのスパイスの風味がきいたクリスマス用の素朴な焼き菓子。クリスマスシーズンになるとドイツ全土で店頭に並び、お茶の時間のお菓子や食後の甘いものとして老若男女問わず楽しまれています。
日本だとデコレーションされたショートケーキなどが一般的ですが、「シュトレンとクッキーとレープクーヘン! ドイツのクリスマスには絶対に欠かせないものだよ」、そう夫も力説します。
大規模なクリスマスマーケットで有名な街、ニュルンベルクのレープクーヘンはとくに有名です。
まずは材料をチェック。
【材料】 直径約8cmのもの、15枚分 卵 2個 砂糖 200g バニラシュガー 1袋 クローブ ナイフの先っぽ(※後の写真を参照のこと) シナモン 小さじ1杯 ラムアロマ 半瓶 レモンアロマ 1~2滴 レモンピール 75g アーモンドパウダー 125g ベーキングパウダー ナイフの先っぽ(※後の写真を参照のこと) ヘーゼルナッツパウダー 75~125g オブラート 15枚 アーモンド 飾り用60粒
「?」なものもあると思うので、少し説明します。
まずはバニラシュガー。砂糖にバニラの香りを移したもので、ドイツのお菓子作りの材料によく登場します。バニラエッセンスで代用可能です。
次にラムアロマとレモンアロマ。
ドイツではごく一般的なスーパーにも並ぶ、ラムや柑橘類の香りづけ用のエッセンスです。もし日本で手に入らなければ、ラム酒やレモン汁で代用してもOKでしょう(生地がゆるくなる分は、ヘーゼルナッツパウダーで調整してください)。
そしてオブラート。
オブラートは、日本でいう、薬を飲むときに使ったり、懐かしい飴にまとわりついたりしているアレ、ではありません。
「レープクーヘンが外はさくっ、中はやわらかに仕上がる」とパッケージにも表示があるように、レープクーヘンを焼く際の下敷きにするもの。市販のレープクーヘンの底面にも張り付いていて、はがさずそのまま食べられます。これも、手に入らなければ省いて大丈夫です。
そして、「Messerspitze(ナイフの先っぽ)」という、謎の分量……。辞書を引くと「ほんの少量」という意味ですが、つまり、こうです。
さあ、ふたたび調理開始です。
1. まずはレモンピールを細かく刻みます。
2. 卵をよく泡立て、砂糖とバニラシュガーを少しずつ加えます。
※フレデリケは甘党だったのかな? それとも時代のせい? 砂糖たっぷりのレシピなので、甘さ控えめが好きな方は適宜減らしてお好みを探ってみてください。
3. よく混ざったら、クローブ、シナモン、ラムアロマ、レモンアロマ、レモンピールを加えて混ぜます。
4. アーモンドパウダー、ベーキングパウダーを加え、しっかりと混ぜていきます。生地をすくって傾けたときに、ごくゆっくりと落ちる程度までヘーゼルナッツを加え、固さを調整します。
5. オーブンペーパーの上に並べたオブラートの上に生地を置き、表面を整え、180℃程度で25~30分焼き上げる。
※フレデリケのレシピには、飾りのアーモンドについては記されていませんでしたが、「ニュルンベルガー・レープクーヘンの上にはアーモンドがのっていなければいけない」と夫が主張するのでのせてみました。彼女にも当たり前すぎて書かなかっただけかもしれないし……?
さあ、焼き上がりです! 存外にふくらんで、ちょっとくっついてしまいましたが、
う~ん、いい香り!!
市販のものよりさっくりと軽く、素朴な味わい。レモンピールの香りと食感がいいアクセントになっています。少し甘みが強いので、次回は砂糖の量を減らして作ってみようかな? 夫からは「うん、レープクーヘンだね!」とのお墨付きももらいました。
フレデリケ、見てますか? 日本から来た娘っ子が、あなたの残したメモを見ながら料理を作りましたよ。
もうすぐクリスマス。あなたの料理は、外の寒さを忘れそうな美味しさです。
Vielen Vielen Dank !
※日本円換算は2016年10月末現在、1ユーロ 120円で計算。
書いた人:溝口シュテルツ真帆
1982年、石川県生まれの編集者。(株)講談社にて楽しく週刊誌→グルメ誌編集者をしていたはずなのに、なんのご縁か2014年、ドイツに嫁ぐことに(自分でもびっくり!)。現在はフリーランスとしてドイツのあれこれなどを研究、発信中。
ウェブサイト:南ドイツの旅と暮らし / am Wochenende
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