TPP参加による消費者の利益は生産者の損失より大きい
今回は池田信夫さんのブログ『池田信夫blog part2』からご寄稿いただきました。
TPP参加による消費者の利益は生産者の損失より大きい
10月28日の記事*1 に同じような質問が多いので、まとめてお答えしておく。これはクルーグマンの教科書の上巻255ページの説明を簡略化したものだ。厳密な説明*2 は複雑になってわかりにくいので、ここでは国内の需要関数と供給関数が世界の平均に等しいと仮定した。
*1:「グローバル化の最大の受益者は見えない」2011年10月28日『池田信夫blog part2』
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51751717.html
*2:「[高校生の経済学] 関税と所得補償」2009年08月09日『池田信夫blog part2』
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51301394.html
輸入品は何でもいいが、ここでは牛肉としよう。その世界の市場価格を1000円とすると、今は38.5%の関税がかかっているので、輸入価格は1385円になる。この価格で消費者は、1か月に700gの牛肉を食うとすると、世の中には1385円以上払ってもいい消費者がいるので、彼らはその効用(需要曲線)から価格を引いた利益(消費者余剰)Aを得る。これに対して国内の牛肉生産者は、価格から費用(供給曲線)を引いたB+Dの利益を得る(ここでは国内業者だけを考えるので関税収入は無視する)。
ここで関税を撤廃し、価格が1000円になったとしよう。消費量は1kgに増え、消費者余剰はA+B+Cに増えるが、生産者の利益(生産者余剰)はD+Eになる。図からも明らかなように、関税の撤廃による消費者余剰の増加(B+C)は生産者余剰の減少(B-E)より必ず大きい。それは関税によって消費が減るため、消費者も生産者も損をしているからだ。この社会的損失(C+E)を死荷重とよぶ。関税のような価格支持政策は、死荷重をもたらして社会的な損失をまねくのだ。
具体的に考えると、牛肉の価格が下がることによって、今まで1か月に700gしか食えなかった消費者が1kg食えるようになり、実質所得も値下がりの分だけ上がる。日本の牛肉の年間消費量は約110万トンで、小売価格は平均4500円/kg。関税を撤廃したら価格が3割下がり、消費が3割増えるとすると、消費者の利益(B+C)が1700億円に対して生産者の損失(B-E)は1200億円。日本全体としては500億円のプラスになる。
ところが、この損失は畜産農家の所得の減少になるので見えやすいが、消費者の利益は年1人1500円ぐらいなので、あまり実感がない。牛肉を1500円安くするために国会に請願しようという消費者はいないだろう。これが貿易自由化に限らず、多くの補助金が残る原因である。農業を保護する関税は、結果的にはすべての消費者に薄く広く課税しているのだが、彼らはそれに気づかない。
日本経済全体として自由化の利益が損失より大きいことは明らかだが、生産者が損することも明らかだ。つまり貿易自由化は生産者から消費者への所得移転だが、これはゼロサムゲームではない。生産者にB-Eに相当する額を所得補償すれば所得分配にも中立になり、経済の効率は上がる。これがWTOの方針であり、民主党の提案した農業戸別補償のもともとの考え方だ(今は単なるバラマキになってしまったが)。
つまり関税を廃止して所得補償に変えれば、農家の所得を同じに保っても消費者は利益を得る。日本は農業に比較優位はないので、農家が他の産業に転換することで生産性も上がる。ところが内閣府も経産省も輸出増だけを考えているので、メリットが見えない。おそらく反対派のいうように、TPPによって輸入増が輸出増を上回るだろう。それは日本にとっていいことなのだ。
執筆: この記事は池田信夫さんのブログ『池田信夫blog part2』からご寄稿いただきました。
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