全米を恐怖に陥れた格付け会社「S&P」って何者? わかりやすく解説
米国債の格下げを発表したばかりに、袋叩きに遭う
2011年8月5日、信用格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が、アメリカ国債の格下げを発表し、全米のみならず世界中を震撼させました。「S&Pによる米国債の格下げ」は史上初の出来事で、それまで米国債は最上位の「AAA(トリプルA)」をなんと70年間もキープし続けていたのです。それが、今回の1段階引き下げによって初めて「AA+(ダブルAプラス)」という屈辱を味わったわけで、アメリカ人が受けた衝撃の大きさは容易に想像できます。
実際、米国債格下げのニュースが出た直後から、多くの米政府関係者や金融機関の大物たちがS&Pを公然と非難し始めました。「格下げの根拠が薄い」「インサイダーの疑いがある」……等など。
まずニュースが出た翌日の8月6日には、米財務省の公式ブログに、S&Pが2兆ドルの計算ミスをしているとの指摘が掲載されます。財務省が、公式見解として格付けの信頼性と一貫性について、根本的な疑問を投げかけたわけです。
そして米議会議員の皆さんが、畳み掛けるように「『米国債格下げ』への疑義」を声高に主張しはじめます。民主党のウォーターズ下院議員は、格下げの持つ主旨について公聴会を開催するよう要求。また、S&Pが米国債格下げに関する情報をインサイダーに利用しなかったか、米証券取引委員会に対しても調査を要請します。上院銀行委員会も、格下げ判断に関しての調査を開始。ここの委員長は、「S&Pの無責任な措置は、米国民に悪影響を及ぼす」と言い切ってます。さらに、国家経済会議委員長は、(S&Pのプレスリリースは)「まず結論ありきで、それに合わせて議論を作っているように感じられる」とまで発言。
これらの動きを受けて、8月13日には米証券取引委員会が本格的に動き出します。米国債の格下げ判断の際に使用した「計算モデル」について調査開始。同時に、S&P社員が事前に情報を知って悪用しなかったのかについても調査開始。そこに米司法省が全面的にタッグを組みます。今度は、住宅ローン絡みの格付け判断について遡って調査というお題目です。ひとことで言うと、「サブプライム問題も、そもそもS&Pの格付けのせいじゃね?」という、言いがかりに近い物言いです。
まさに、全米を挙げての「S&P叩き」が行われている真っ最中というわけです。「誇りあるアメリカの国債格下げなど、到底許せない」といったところでしょうか。
そもそも「格付け会社」とは?
それではなぜ今、S&Pはここまでフルボッコにされているのでしょうか?「米国債を格下げしたから」という答えだけでは足りません。S&Pは世界最大級の格付け会社だから、という理由を付け加える必要があります。「格付け会社」は、なにもS&Pだけではありません。世界には無数の格付け会社が存在しています。それどころか今回、S&Pより前、7月のうちに米国債格下げを発表した格付け会社もあるのです。でも、市場ではほぼ黙殺されました。なぜなら、その格付け会社が弱小で無名だったからです。
つまりアメリカにはたくさんの格付け会社があるのですが、そのうちズバ抜けて有名な「ムーディーズ」と今回の「S&P」、そして「フィッチ・レーティングス」の3社が、格付け市場をいわば「独占」しているのです。ムーディーズ、S&P、フィッチという三大格付け会社(通称「ビッグスリー」)の、米国市場におけるシェアは約95%、という試算も出ています。
格付け会社の仕事は、企業・政府・自治体などの債権を、発行元を様々な角度から分析し一定の基準に基づいた上で「AAA」などの記号で評価すること。格付け業界がここまで寡占体制になってしまったのは、どうやら格付け会社ごとの歴史も関わってくるようです。ムーディーズは1909年に格付け業務を開始。1923年にはS&P、1927年にはフィッチが後に続いています。
米国債格下げがこれだけ世界を揺るがした背景には、「S&P」が格付け業界でビッグスリーと言われるほど社会的影響力があった、ということは間違いありません。言い換えるなら、もし今回S&Pが格下げを行わず、ムーディーズが格下げを発表していたとしたら、もちろんムーディーズが袋叩きにあっていたはずなのです。
日本国債はS&Pにどう格付けされている?
さて、今話題になっている米国債のことばかりここまで述べてきましたが、S&Pは日本国債の格下げをしたことがあるのでしょうか。
もちろんあります。しかも今年の出来事です。さらに言えば、震災より前のタイミングで格下げしています。菅首相の「ちょっとそういうことに疎いので……」発言でご記憶の方も多いでしょう。
2011年1月27日、日本の財政赤字は今後も拡大を続けるとの見通しから、日本国債の格付けを「AA(ダブルAフラット)」から「AA-(ダブルAマイナス)」に引き下げました。S&Pによる日本国債格下げは、2002年4月15日以来のことです。
参考URL:S&P、日本国債を格下げ 「民主党政権に戦略なし」http://www.afpbb.com/article/economy/2783658/6736822
ちょっと、おみくじの並び順のようにややこしくなってきたので、まとめてみます。S&Pによる格付けの順序は、高い順に次の通りです。
「AAA(トリプルA)」→「AA+(ダブルAプラス)」→「AA(ダブルAフラット)」→「AA-(ダブルAマイナス)」→「A+(シングルAプラス)」→「A(シングルAフラット)」→「A-(シングルAマイナス)」→「BBB(トリプルB)」……といった並びです。
つまり今回、全米が泣いた米国債格下げというのは、最上位から2番目への格下げです。一方で2011年1月に発表された日本国債格下げは、3番目から4番目への引き下げ、ということになります。イギリスやフランスはいまだに最上位の「AAA(トリプルA)」。だいぶん差がついてしまいましたね。
それにしても、国債格下げで怒りの矛先が自国の首相に行くのが日本で、格付け会社そのものに向かうのがアメリカ。……S&P自体がアメリカの会社だから当たり前なのかもしれないですが、なんだかお国柄を反映しているようで興味深いです。
※画像はS&Pウェブサイトより。
この 作品 はクリエイティブ・コモンズ 表示 – 継承 2.1 日本 ライセンスの下に提供されています http://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.1/jp/
※この記事はガジェ通ウェブライターの「池沢智史」が執筆しました。あなたもウェブライターになって一緒に執筆しませんか?
Webディレクター、個人トレーダーなどをこなしつつ、心の拠りどころはテキスト書き。執筆ジャンルは投資全般で、日本株・FXに関しては単著もあります。サッカーくじ・totoも「投資」だと言い張ってJリーグの試合に一喜一憂する、平和な日々を過ごしています。
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