細菌と放射線
今回は佐藤健太郎さんのブログ『有機化学美術館・分館』からご寄稿いただきました。
細菌と放射線
どうやらここのところ、乳酸菌で放射能を消せるという話が出回っているようです。米のとぎ汁に砂糖などを加えて1週間ほど発酵させて乳酸菌を増やし、これを飲むなり部屋に噴霧するなりすることで放射能の害を防げるというものです。
実際問題としては、乳酸菌で放射能を防げる理屈はありません。また発酵といっても、素人がそううまく乳酸菌だけを増やすことができるわけではなく、雑菌か悪くすれば病原菌を育ててしまうこともありえます。下手をすれば腐った水を子どもに飲ませているだけになりかねませんから、絶対にやめるべきです。
といっていたら、今日のとある新聞にこんな記事が出ていたようです。いずれ消えるでしょうから、まとめて引用します。
南相馬市、飯舘村で微生物を活用した除染実験に取り組んでいるA金沢大名誉教授は2日、放射性物質を取り込む糸状菌のバクテリアを発見した同村長泥の水田の放射線量が大幅に下がったと発表した。南相馬市役所を訪問し、桜井勝延市長に報告した。
水田の表面は毎時30マイクロシーベルトの高い放射線量だったが、7月28日には1桁台に下がっていた。
まあここまではいいのですが、次が問題です。
水田では無害のバリウムが確認されており、A名誉教授はバクテリアの代謝によって放射性セシウムがバリウムに変わったとみている。
こんな細菌がいてくれたらと筆者も思うのですが、残念ながらこれはどう考えても無理です。代謝では放射能は消えてくれません。その後にはこんな記述も出てくるのですが、
金沢大低レベル放射能実験施設で水田の土1キロ当たり447ミリグラムのバリウムを検出した。バリウムは通常、土壌からは検出されないという。
この話の通りだとすれば、土1キロ当たり数百mgあった放射性セシウムが、細菌によってほとんどバリウムに変えられたということになりますが、そんな土があったら大変なことです。たとえば500mgのセシウム137は、だいたい1.6テラベクレルに相当します。これは近づいただけで即死するレベルで、とても30μSv/hなどという話では済みません(計算がおかしかったらご一報下さい)。
実際にはバリウムのクラーク数は0.023だということですので、平均して1キロのふつうの土には230mgくらいのバリウムが含まれている計算です。土質によって、その倍くらいのバリウムが含まれていたとしても、そう驚くには価しないでしょう。要するにこのバリウムはセシウムからできたのではなく、元から土に含まれていたと考えた方がよほど辻褄が合います。
もちろん細菌にはすごい力を持ったものがおり、たとえば有機塩素化合物などの有毒化合物を分解してくれるものなども存在します。しかし放射線は、これと全く話が異なります。細菌はどうあがいても酵素による化学反応しか行うことができません。しかし放射線のエネルギーは、これより5~6桁は上です。つまり化学反応の力で放射線をどうこうしようというのは、爆走するトラックに小石を投げて止めようとしているのと大差ありません。
またタンパク質のサイズはナノメートルオーダー、つまり10-9m程度ですが、原子核のサイズは10-14mレベルですから、サイズも5~6桁は異なる計算です。大きすぎるタンパク質は、どうやっても原子核の世界には入り込めません。要するに原子・分子の世界と、原子核・素粒子の世界はまるで別次元であり、前者の力で後者を止めるなどはできない相談なのです。
ではなぜ放射線量が下がったのか? このあたりは記事からはわかりませんが、たまたま放射性セシウムがどこかに流れたのかもしれませんし、計り方が悪かった可能性もあります。いずれにしろ、セシウムがバリウムに変わったということだけはありえません。
細菌にはいろいろなものがいますから、セシウムを選択的に吸収するようなものがいることはありえます。しかし放射線は細菌の体を貫通して出てきてしまいますから、これは残念ながら解決にはなりません。今度はその細菌をどう処理するかが問題になってしまいます。
放射線をどうするかは深刻な問題で、何かそれらしい方法が出てきたらすがりつきたくなるのは人情です。しかし、効果のない方法、逆効果になりかねない方法に飛びついてしまっては何もなりません。しっかりと冷静に検証し、見極める姿勢が大事になると思います。
(なおこの記事は元文献などが示されておらず、記者が研究者の言うことを理解せずに記事にした可能性などもあることから、名誉のために研究者の名を伏せましたことをお断りします)。
執筆: この記事は佐藤健太郎さんのブログ『有機化学美術館・分館』からご寄稿いただきました。
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