ウィスット・ポンニミット ×臼田あさ美『REFRESH! Mamuang』インタビュー
日本でも高い人気を誇るタイのマンガ家、通称“タムくん”ことウィスット・ポンニミットの展覧会『REFRESH! Mamuang』がROPPONGI HILLS A/D GALLERYにて開催中。これを記念してお届けする対談企画の第2弾のお相手は、映画やテレビドラマのフィールドで活躍する一方で、音楽をはじめさまざまなカルチャーに関心を寄せる女優の臼田あさ美。数年前にタムくんの存在と作品を知りそれ以来のファンだという彼女は、展覧会場で行われたトークショーのゲストにも招かれた。この対談はその翌日に実現したものだ。展覧会のテーマである“リフレッシュ”や互いの仕事観までじっくり語り合った。
——トークショーではどんな話をしたんですか?
タム「特にテーマは決めてなかったけど、一応(展示会のテーマである)リフレッシュについて話したかな。死んでる気持ちを生き返らせるためにはどうしたらいいか、とか。でも、それだけだと堅苦しいじゃん? だから、別の話もしたよ」
臼田「お客さんから『アイデアが浮かばなかったらどうしますか?』という質問があったりしたから、自然とテーマに沿った話になったよね」
タム「うん、そう」
——臼田さんはリフレッシュというテーマに対して、どんなことを話しましたんですか?
臼田「打ち上げで大人がたくさんいて息苦しくなったときに外に出るとか(笑)。外の空気を吸うのが一番だと思うんですよね。仕事で疲れて帰宅して、寒くても窓を空けて空気を入れ替えて深呼吸したり。結局、リフレッシュって空気を変えることだと思うから。あとは、友だちにいきなり電話して喋り倒したりもします(笑)」
タム「僕も空気や気の流れを変えるのがリフレッシュだと思う。小さく回ってる気を自分で変える。たとえば彼氏と別れた→悲しい→死にたいって回ってる気はハッピーじゃないじゃん? だから、もっと他のことに目を向けたらいいと思う。それがリフレッシュになる。好きなバンドのライブを観に行って、そこで新しく好きな人ができるかもしれないし。それは僕がマンガを描いてるときもそう。『どんなストーリーがいいかな? う〜ん、こういうのは前も描いたなあ』って思い悩んでいたら小さなサイクルから抜けられないから。それなら、マンガのことを考えるのはやめて、ご飯を食べたり散歩したりする。散歩したら、鳥が自分の巣に帰っていくのが見えて、そのときに雨が降っていたら『大変そうだな』って思いたい。それは鳥じゃなくて、建物でもいい」
臼田「昨日のトークショーで羨ましいなと思ったのは、タムくんが『考えないで描くほうがいい』と言っていて。みんなはマムアンちゃん(タムくんのマンガ作品における代表的な女の子のキャラクラー)を描いたら喜ぶけど、そういうことも考えないで描くほうが楽しいという話をしてたんですよ。それってすごく難しいことだと思うから羨ましいなって。あ、でも、私もあんまり考えこまないほうか(笑)」
タム「知ってるよ」
臼田「ありがとう(笑)。世間が求めてる臼田あさ美像が何かわからないし、それは人によって全然違うと思うから。でも、そうやって人によって違うイメージを持ってもらえたほうがおもしろいですよね」
——芝居の仕事は大前提としてこの役は臼田さんが適役だという理由でキャスティングされるわけじゃないですか。そのうえでときには自分なりのアレンジで役を体現したいと思うこともあるだろうし。
臼田「そういう意味では、最近は『この役柄は私じゃない』とか、そういうことも思わなくなりましたね」
——年齢を重ねるにつれてよりフラットに仕事できている感覚がある?
臼田「ああ、そうかもしれない。肩肘張って仕事してると疲れますしね。もちろん、努力はするんですけど、この仕事は好きでやってるし、ホントにイヤだったらやめたほうがいいと思う」
——タムくんは創作面で、年齢とともに変化したことはありますか?
タム「なんだろう? あんまり急がなくなったかな。昔は早く(作業を)終わらせようとしてたかもしれない。今は早く終わらせたい作品もあるし、丁寧に描いたほうが伝わるメッセージのある作品もあるから。作品によってミッションが違う。丁寧に描くとメッセージがズレることもある。一番大切にしてるのは、何を伝えるか。モノを売るためにイラストを描くこともあるし、言葉にならない気持ちを伝えるためにシュールな作品を描くこともあるからね。自分の気持ちも大事だけど、ミッションも大事。だから僕も『これは僕じゃない』とかは考えない。全部自然」
臼田「私はオファーをいただいてちょっとイヤな予感がしたら、そっちのほうにイメージが膨らんじゃうからそこは意識してる。たとえば『この役は難しそうだな』って感じるのは負のイメージじゃなくて。難しいけど自分がやったらおもしろくなるかもって思うこともあるし。人と話していても危険な匂いを感じることってあるじゃないですか(笑)。そういう動物的な勘が働くときもありますよね」
タム「『やっちゃった!』って思ったことある?」
臼田「あるある。1本の映画を作るのでもみんなの力を合わせるでしょ? そこで自分がみんなと同じ気持じゃないときはしんどい。同じ気持ちじゃないと『なんでみんながんばってるんだろう?』って客観的な視点が出てきちゃうから。そういうふうに最低な人になる瞬間が自分の中にあって。そうすると、いい作品でも私のせいでマイナス10点になってしまうかもしれないし。あと、同じチーム内でも対立してしまうことだってあって。監督とケンカをするのもたまにはいいと言う人もいるけど、ケンカしたくてチームに参加するわけじゃないので。作品をよくするために話したいんだけど、同じ目線になれなくて話が噛み合わないのはよくないですよね」
——臼田さんはチームありきで仕事をすることがほとんどだろうし。
臼田「そう。だからこそ難しいこともあって。タムくんはゼロから作品を生むでしょ。役者の場合は台本がある時点で5くらいまではできてるとも言えるから」
——ゼロから創作することの憧れもありますか?
臼田「それは芸術ですからね。芸術的な才能は自分にはないと思うので。どちらかと言うと職人的な仕事だと思ってます」
タム「合ってると思うよ。自分でストーリーを書ける人だったら、今のあさ美ちゃんはないじゃん」
臼田「うん、そうだね」
——タムくんは臼田さんが芝居をしている作品を観たことありますか?
タム「全然ないよ。普通だったら、昨日みたいにトークショーがあると相手のことを調べたほうがいいかもしれないけど、ゼロで話したほうが気持ちいいから」
臼田「うん、そっちのほうが自然だよね。あと、その作品を知っていることとその人を知っていることは違うと思うから。お話をするのは人と人だしね。私なんて昨日、タムくんの展示を観ないままトークショーが始まっちゃったから(笑)」
タム「一緒にバレーボールを観てたよね(笑)」
臼田「私がバレーボールにハマっていて、打ち合わせもしないで控室でタムくんと一緒にバレーボール中継を観ていて。本番の3分くらい前に試合の決着がついて。『勝った〜!』って(笑)。タムくん、ゴメンね」
タム「でも、今回のテーマはリフレッシュだし、そのほうが気持ちよくていいじゃん。“生まれたばかりのこの人”って感じがいいよ」
——臼田さんがバレーボールが好きなのは意外ですね(笑)。
臼田「バレーボールとフィギュアスケートはずっと好きで。スポーツの感動にお芝居は敵わないなって思うこともあるし、それと同時に自分も仕事でこういう種類の感動を生んでみたいとも思う。そういう感動をたくさん味わえたら、最高な人生だと思うんですよね」
タム「でも、あさ美ちゃんはスポーツが似合うよね。『タッチ』の南ちゃんみたいじゃん」
臼田「うれしい(笑)」
タム「スポーツのシンプルさとあさ美ちゃんのシンプルさは合ってると思う。スポーツって何も考えないで観れるんだけど、人生の意味みたいなことも感じるストーリーも生まれるでしょ」
臼田「うんうん」
タム「僕は映画が大好きだけど、最近は映画がちょっとセンチメンタルすぎるなって思うこともある。それで、よくスポーツを観るようになった。サッカーとかね。それもリフレッシュだよね。映画でもスポーツでも今の自分に合ってるものを観る。でも、一番いいリフレッシュはやっぱり自然に触れること。ご飯を食べてお腹いっぱいになったらソロの空気を吸って、空を見て、自然の気を感じる。自然は広いから飽きないよね。しゃべらないし、作られたストーリーもないし」
臼田「自然は勝手に変化していくしね。光も時間によって違うし」
タム「そうそう。エゴがない」
——タムくん、日本の空気は好き?
タム「うん、好き。タイと違って日本は季節によって空気が違うし、すごく新しい気持ちになれる。タイ人は季節や天気を気にしない。スコールが降ったら、雨が止むのを待つだけ。傘もあんまり持たないし、コンビニにも売ってないよ」
——日本に来たらリフレッシュできる?
タム「できる。でも、日本に来てまたタイに帰ってもリフレッシュになる」
——臼田さんはタムくんの作品のどんなところに惹かれてますか?
臼田「数年前に知り合いにDVD(『hesheit ウィスット・ポンニミット作品集』)を借りて、そのとき初めてタムくんの作品を観たんですけど。そのときはシンプルにかわいいと思って。これは昨日のトークショーでも言ったけど、私はaudio-technicaの連載(『SHORT SHORT STORY』/https://www.audio-technica.co.jp/atj/sc/movie/)がすごく好きなんです」
タム「いいね」
臼田「1分から3分くらいのショートストーリーなんだけど、アニメーションと音楽とメッセージのアンバランスさが気持ちよくて。私が好きな『武器』(https://www.audio-technica.co.jp/atj/sc/movie/v21.html)という作品もアニメーションや音楽自体は楽しいんだけど、最後に言葉が武器になってしまうというメッセージが強く印象に残る」
——タムくんのライブパフォーマンスでも覚えるあの感覚ですよね。かわいいし、笑えもするんだけど、最後に本質的なテーマが浮かび上がるという。
臼田「そうそう、あの感じです」
——タムくんには作品上で融合するマンガと音楽のバランスについてどんなことを意識していますか?
タム「暗いメッセージが入ってるストーリーに暗い絵を描いたらただ暗いだけじゃん? 黒に黒を塗るみたいな。だから、ストーリーが暗かったら明るい絵を描いてみたりする。明るく暗いことを言うみたいな。で、音楽をつけるときもそのバランスを見て。メッセージがちょっと深すぎるなと思ったら、絵をちょっとかわいくして、明るい音楽を乗せてみたり。そういうバランス。マムアンちゃんのセリフに女の人の声を付けるとかわいすぎるから、僕の低い声をつけたほうがいいかな、とかね。音楽は最近よくライブをやってるから、ちょっと元気な音楽にしようかなと思うことが多い。音楽はリズムが好きで、リズムがないとつまらないから、リズムのあるギターやピアノを弾く。ホントはバンドでやりたいんだけど、人に頼むのがめんどくさいから(笑)」
臼田「あはははは」
タム「ひとりでライブするのが飽きてきた感じもあるから、タイでライブするときはコーラスを入れてもらうために友だちを(ステージに)呼んだりしてる。日本でライブを手伝ってくれるミュージシャンの友だちはまだいないね。あ! こないだ一緒にライブやった(齋藤)浩樹くん(paraboLa)とはまたやりたいな。英語で歌詞を描いてるけど、先月くらいに何曲か日本語にしてみたの。だから、これからは誰かに頼みやすいかも」
——最初の話に繋がりますけど、日本には“天職”という言葉があって。タムくんに説明すると、その人の天性に合った職業という意味なんですね。2人はそれぞれの仕事を天職だと思いますか?
タム「マンガは自分に合ってると思う。でも、まだ(自分の才能を)使えてないものもある。ちゃんとストーリーがあってオタクっぽいマンガを描いてみたいけど、そういう仕事はないから。日本でもタイでも僕のお客さん(読者)はそういうマンガが得意じゃないと思うし。(自分の作品のイメージが)オープンな感じになっちゃったから。でも、自分には才能があることはわかる。音楽の才能は……ギターやピアノの演奏も上手くないし、そんなにないけど(笑)、歌うのは好き。誰かが演奏してくれたら、僕は歌うだけでも気持ちいい」
——臼田さんはどうですか?
臼田「天職だとはまだ思えてないな」
タム「ホント!? あさ美ちゃんは華やかだから、花屋さんもいいかもね」
臼田「お弁当屋さんがいいかも。食べたいから(笑)。タムくんは演奏が上手くないと言ってるけど、演奏やお芝居が上手いことだけを才能とは言い切れないと思うし。私は今の仕事を好きでやってるけど、自分にマッチしてるかって考えたらときどき違和感を覚えることもある。この仕事はスターを目指すことがいいとされているところもあるから、そういうときに違和感を覚えてしまう。私は真ん中がいいなって思うんですよね。アンダーグラウンドでもないし、スターでもなく。そういうバランスが理想的ですね」
——臼田さんは今おっしゃったようにとてもいいバランスで仕事ができてるんじゃないですか?
臼田「今のバランスは自分を守るためだから。自分がイヤになったり、傷ついたり、落ち込んだりしないようにバランスをとってるんですよね。だから、すでに誰かがやったやり方ではなくて、自分なりのやり方で仕事できたら天職と思える日が来るかもしれないですね」
タム「仕事を選べてるのはめっちゃいいよね」
臼田「うん、ありがたい」
タム「こんな国ってあまりないよ。タイは芝居(役者)とかマジで少ない。だから、あさ美ちゃんは幸せだと思う」
臼田「ありがとう。そう言ってもらえて、幸せです」
撮影 中野修也/photo Shuya Nakano
文 三宅正一/text Shoichi Miyake(Q2)
編集 桑原亮子/edit Ryoko Kuwahara
REFRESH! Mamuang
会期:2015年11月13日(金)〜12月13日(日) 会期中無休
(11/15 15:00-17:00はイベント開催のため会場内の作品をご覧いただくことはできません)
会場: 六本木ヒルズ A/D ギャラリー (六本木ヒルズウエストウォーク3F 六本木ヒルズアート&デザインストア内 )
tel 03-6406-6875
開館時間: 12:00〜20:00
入場料: 無料
ウィスット・ポンニミット
1976年、タイ・バンコク生まれ。愛称はタム。1998年バンコクでマンガ家としてデビュー。2003年から2006年神戸在住の後、現在バンコクを拠点に作品制作中。「マムアン」シリーズ、『ブランコ』(小学館)、『ヒーシーイット』 (ナナロク社)などマンガ作品多数。2005年横浜トリエンナーレ参加。2009年『ヒーシーイットアクア』が文化庁メディア芸術祭マンガ部門奨励賞受賞。2015年バンコクで個展「MELO HOUSE」を開催。アニメーションや音楽制作も行い、音楽作品に原田郁子との共作「Baan」(2013年)がある。
http://www.wisutponnimit.com/
臼田あさ美
1984年千葉県生まれ。10代の頃からモデルとして活躍後、ドラマ、映画、CMと幅広く活躍。ラブコメディ『ランブリングハート』(10 / 村松亮太郎監督)で映画初主演を果たし、ひとり二役を演じる。その他の映画出演作に『色即ぜねれいしょん』(09 / 田口トモロヲ監督)、『キツツキと雨』(12 / 沖田修一監督)、『映画 鈴木先生』(13 / 河合勇人監督)、『桜並木の満開の下に』(13 / 船橋惇監督)、『さいはてにて やさしい香りと待ちながら』(15 / 姜秀瓊監督)などがある。
http://www.ateam-japan.com/ateam/usudaasami/
都市で暮らす女性のためのカルチャーWebマガジン。最新ファッションや映画、音楽、 占いなど、創作を刺激する情報を発信。アーティスト連載も多数。
ウェブサイト: http://www.neol.jp/
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