『徘徊タクシー』坂口恭平さんインタビュー(3)

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『徘徊タクシー』坂口恭平さんインタビュー(3)

 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
 一昨日からお送りしている第62回は、『徘徊タクシー』を刊行した坂口恭平さんです。
 『TOKYO 0円ハウス 0円生活』『独立国家のつくりかた』『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』など、フィールドワークや実際の体験・活動に基づいた本とはまた違った、「フィクション」という手法で物語が描かれています。
 この物語を通して、坂口さんが描こうとしたこととは一体なんだったのでしょうか? 今回はインタビュー最終回となる後編をお届けします。
(新刊JP編集部/金井元貴)

■“謀反”を起こして一人で学級新聞をつくった?

―坂口さんは1日どのくらい原稿を書くか決めて書かれていらっしゃるんですか?

坂口恭平さん: 枚数ではなく、時間で決めています。だいたい朝4時か5時から、12時頃まで。人が使っていない時間を使うようにしています。
基本的に書くことは一人ですることですが、一人で書いていても、たまに家の中に母ちゃんの激昂の声が響いたりするじゃないですか(笑)そういうのが聞こえてくるから独りよがりにならないで済んでいるというか。

―そういう何気ない声も、「日々の粒」の一つですね。

坂口:うん。だから、僕の中ではフィクションだとしても真実味があるんです。『徘徊タクシー』にもいろんな人の声が入っていますし。

―それこそ、今おっしゃった、母親が子どもを叱る声も。『徘徊タクシー』は家族の物語ですよね。

坂口:僕が書きたかったのは、みんなが生きていたときの話なんですね。もう現実の世界では祖父も曾祖母も亡くなりましたが、みんなが生きていた頃の日々の粒ですね。それをもって敬意を示したかった。
たとえば親に対して感謝を伝えるときに、どういえばいいのか悩むと思います。たったひと言「ありがとう」と言えばいいのに、それが直接言えない。だから「ちょっと焼き肉でも食いに行かない?」とかそういう態度になってしまうことってありますよね。

―それはすごく分かります。「ありがとう」という5文字の中に、ものすごくいろいろなものが詰まっているから、「ありがとう」だけでは勿体なくなってしまう。

坂口:そうでしょ。でも、自分の世界の中の感謝的な言葉も、結局は既存の言葉によってでしか他者に伝えられないんですよね。
そうした自分の中の敬意を示すために、僕と曾祖母のエピソードや、あの相撲甚句を、この『徘徊タクシー』の中で書いたんです。

―この「ベストセラーズ・インタビュー」では毎回同じ質問をしています。それは影響を受けた本を3冊、ご紹介いただきたいというものなのですが、坂口さんはいかがでしょうか。

坂口:まず小さい頃に読んだ小説で、ポプラ社から出版されている『続芥川龍之介名作集』に収録されていた『三つの宝』という戯曲。次に、渡辺茂男さんが翻訳した『エルマーのぼうけん』、そしてトール・ハイエルダールの『コンチキ号漂流記』ですね。
これらの本を小学生のときに読んで、僕はいじめ撲滅運動家になったんですよ。そして、『三つの宝』に影響を受けて、『浦島太郎2』という、いじめられている子をいじめる役に、いじめている子をいじめられる役にするという舞台上で役回りを反転させる戯曲を作りました。また、自分が住んでいる街のマンホールの下に地下世界があって、その中を探検するという『坂口恭平の冒険』という、この3つの作品を合体したような物語を書くために、「坂口恭平日日新聞」という新聞を立ち上げました。僕はもともと学校で新聞係りに入っていたのですが、一人で新聞を書きたいと謀反を起こして(笑)

―謀反を起こしてまで一人で書こう、と(笑)

坂口:『徘徊タクシー』にも出てきますが、小さな頃よく入院していたんですね。そのうちに病院の人と仲良くなって、新聞をザラ紙に印刷してばらまいていました。

―では最後に、読者の皆様にメッセージをお願いできますでしょうか。

坂口: 人間は忘れたふりをしていることがたくさんある。けれど、忘れたふりをしているということは、本当は忘れていない。そういうものに気づける本になっていると思います。自分の横にいる家族に対する目、思い、家族が集まっている風景を見る目が一変するはずですから、一読していただけると嬉しいです。

■取材後記
どうして小説としてこの『徘徊タクシー』を書いたのか、どうしてフィクションを書いたのかということが大きなテーマだったこのインタビュー。日常を“日々の粒”と捉え、そこに目を向けさせようとする姿勢は、非常に新鮮で、気づかされることがたくさんありました。
『徘徊タクシー』は日常と妄想が入り混じった不思議な小説ですが、その裏に流れているのは、誰もが感じたことのある家族への感情であり、敬意です。ぜひ、読んでみてください。
(新刊JP編集部・金井元貴)


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