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続・ジャーナリズムの堕落(メカAG)

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今回はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

続・ジャーナリズムの堕落(メカAG)

大衆を鼓舞するのもジャーナリズムの1つの役割ではあるだろう。世論を形成し社会を動かす。時にはそれは大きなうねりになる。しかし大衆を先導するというのは問題も多い。あれほど騒いだ地球温暖化問題はどこへ行ったのだろう。

ちょっと古いが旧石器捏造事件もある。ただ一人の研究者が次から次へと従来の説を覆すような発見をしていった。世間はその研究者をもてはやした。「ゴッドハンド」と。でも当時も専門家は「なにかおかしい…」と考える人はいた。もっと慎重に検証した方がいいのではないか、と。しかしゴッドハンドの熱狂の中で、そういう冷静な声は無力なものだ。

常温核融合事件もマスコミは「おまえたちは、長い年月と莫大な金をかけて、なにをやってるんだ」と政府や研究者を非難したものだ。そういう声に押されて常温核融合の研究を始めたところもあるが、まあ、結果は承知の通り成果は上がらずどれもひっそりと幕を閉じた。

専門家たちが長い歳月と莫大な研究費をかけて成果が上げられなかった分野に、ある時彗星のごとくヒーローが登場する。「実はこんな簡単にできました!」と。コロンブスの卵だ!とマスコミも大衆も大騒ぎ。STAP細胞騒動もこれとそっくり。

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やっぱ物事は落ち着いて冷静に平常心で研究することが重要。大衆を先導しブームを煽り、それを原動力として何かをなそうとするのは、諸刃の剣。まあ、これまでそうだったように、間違いはいずれ正されるから、功罪の功と罪を比べれば功の方が大きいのかもしれないけどね…。しかし冷静に研究しようとしている人間にとっては迷惑であることは事実。

ジャーナリズムの場合、自分では研究成果を生み出せないというもどかしさはあるだろう。だからついつい専門家に「もっと頑張って研究しろ」とはっぱをかけたくなるのだろう。

以前立花隆が東大生とかを叩いた本を書いて、逆に反撃された事があった。立花隆の本から伝わってくるのは悪意ではなく、研究者への健気なほどの「応援」なのだが、勢い余って「なんで成果が出せないんだ」という方向に暴走してしまった。

人工知能がいつまでたってもできないのは、研究者たちの頑張りが足りないのだ、と(笑)。たとえ悪意がなくても、言われた方の研究者は、ちょっと黙ってられないよね。で、どばどばと専門知識を並べた反論本が何冊か出たように思う。

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立花隆の頃はまだ日本経済が悪くなかったから、人工知能など視線が未来に向かっていた。現在は日本経済が悲惨なので「この危機をどう乗り越えるべきか」と危機感と啓蒙が一緒になった記事が賑でいる。「これからの若者はどう生き残るか?」というのが人気だ。

そういえば2006年頃にさかんにシリコンバレーだ、googleだ、と煽っていた人間に梅田望夫がいる。「これからの10年をどう生きるか」みたいなことを(うるさいくらい)啓蒙してたけど、そろそろ10年が近づいてきたけど、答え合わせとかしないんですかね。梅田望夫も「ソフトウェアを開発したこともない人間が分かった風なことを言うな」と、当時叩かれていたような(小飼弾とかに)。

でもね…これも立花隆の本のように空回りだと思う。やっぱ自分では実践できないジャーナリストのもどかしさ・歯がゆさなのだろうけど、結局は「とにかく頑張れ」と言ってるだけなんだよね。

若者は頑張ってクリエイティブでイノベーティブでオンリーワンでグローバルになれ、と。もうわけわかんねーよw。そして、なぜこれまでの日本の企業や研究者は成果をあげられないのか?といろいろ適当に思いついただけの悪口が並べてある。

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でも、派手に威勢よく煽っているのは、そういうクリエイティブでイノベーティブで(以下略)な事をやったことのない人たちばかりだよね。危機感を煽り、頑張れ頑張れと連呼するジャーナリスト。

一方、実際に成果を上げている人が啓蒙活動をする場合、門外漢の人間がやる啓蒙活動に共通して見られるような焦り・空回りがない。わりと落ち着いていて、こういう方向に自分のペースで時間をかけて歩んでいくといいですね、みたいな。熱狂や気合だけでは生み出せないことを知っているから。

どんな画期的なひらめきも、そこに至るまで地道に積み上げた研究が大事であり、それは熱狂やブームでは持続できないことがわかっている。せいぜい他人ができるのは「きっかけを与える」ことだけだ、と。

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危機感を煽り頑張れ頑張れと騒ぐジャーナリスト、そしてそのブームに載せられ、そうだそうだ、いま何かしなくっちゃダメなんだと騒ぐ大衆。でもそういう人たち(ジャーナリストも大衆も)は、結局は自分ではなにも生み出せない「外野」なんだよね…。

外野を煽り外野から金をせびり取るのがジャーナリズムなのか…。むかしはジャーナリズムって「商売」ではなかったと思う。ジャーナリズムは儲けとは別次元のものである、と。研究活動とかと同じように、金儲けを考えては成り立たないものだ、と。

なんか最近は、なんでもかんでも金儲け(やページビューw)に結びつけた、金儲け至上主義が蔓延してるよね。自覚すらされないほど自然に。とにかく社会的に成功しなくちゃならないんだ、社会的成功とは金儲けのことだ、ページビューを増やすことだ(笑)、と。

そうやって社会を「効率」第一にチューニングしてしまうと、どんどん社会の冗長性がどんどん失われ、脆くなる。現状に最適化された構造は、変化に適応できない。そういうことに警鐘を鳴らすのが本当のジャーナリズムじゃないんですかね。

大衆と一緒に騒いで同じ方向を向いている、つまり大衆に媚びたジャーナリズムなど存在価値がない。twitterとかfacebookでフォロワーが増えて喜んでるようなジャーナリストは失格だろう。大衆にウケて喜ぶのはジャーナリストではなく「芸人」だ。

関連記事:
「ジャーナリズムの堕落」 2014年05月12日 『ガジェット通信』
http://getnews.jp/archives/574293

執筆: この記事はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2014年05月11日時点のものです。

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