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読者を惹き付ける 小説の「書き出し」の魅力

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 書き出しの表現から引き込まれて、小説の世界に没頭する。そんな経験をしたことのある人は多いだろう。冒頭の文章で現実の世界から読者をいかに小説の世界に引きずり込むかというのが、面白い小説の要素の一つだ。ただ、小説家からすると、そこが苦労するところでもあり、腕の見せどころでもある。

 『書き出しは誘惑する――小説の楽しみ』(中村邦生/著、岩波書店/刊)では、古今東西の小説の書き出しをめぐり、さまざまな誘いの表現の持つ面白さを紹介。
 小説家たちに多彩なアイデアと工夫が凝縮された書き出しを導きの糸として、小説の魅力や楽しさを解説する。

 風景や出来事の描写、気分や心理状態の表出、格言的な言い回し、人物や場所の紹介、会話や手紙など、工夫された書き出し文に心が動いた瞬間、物語を先へ読み進めていく。最初の言葉との出会いの手応えが、これから読む小説への期待となる。それほど、作品の導入部は重要なのだ。

 風景が鮮やかに浮かび上がる描写。一読して主人公たちの動きが脳裏に広がる。そんな導入文から読者を惹きつける小説がある。川端康成の『雪国』だ。小説の書き出しとなればもっとも有名な小説の一つだろう。

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に記者が止まった。向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落とした。雪の冷気が流れ込んだ。」(『雪国』川端康成)

 各々の文が独自の鮮明な情景を内包していると、著者はこの書き出しを評する。そして、ひとつひとつ思い浮かべながら次の文を追って、五つめの文まで読み終えたとき、雪国の白さ、登場人物の所作、窓から流れこんできた冷たく清澄な空気が読者の脳裏に刻まれると述べる。
 この冒頭の五つの文だけで、読者はどこか見知らぬ場所に運ばれた気分になり、書き出しから物語の情緒的なゆくえを感知することになるのだ。

 冒頭から一気に「事件」を導入する小説もある。

「夏休みの第一日目、私はユウカイされた。」(『キッドナップ・ツアー』角田光代)

 この「ユウカイ」という片仮名の表記に「事件」の内容が示されていることが感じ取れるだろう。たしかに車に乗った犯人はサングラスなどかけて怪し気なのだが、決して「誘拐」と書くような事件性の強い出来事ではないと著者は推測する。そして、何やら「ユウカイ」は「ユカイ」とも見えなくもない。誘拐犯ではなく、ユウカイ犯は、二カ月前に家から消えた「おとうさん」だったのだ。そして、情けなくだらしない不良の、しかし憎めない父と娘の夏休みのユカイなユウカイ旅行が始まる。
 ただの誘拐事件ではないという片仮名表記。今後の展開が気になってしまう冒頭ではないだろうか。

 書店で本を選ぶ際、好きな作家、目にとまったタイトル、裏表紙の紹介文を読んで決めるという人は多いだろう。たまには、冒頭の文章を読んでみて、本を選ぶというやり方もいいかもしれない。いい本に出会えるチャンスが増えるはずだ。
(新刊JP編集部)



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