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「節約」ってなんだ? 他人に勧められるようなことか?(3)(中部大学教授 武田邦彦)

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今回は武田邦彦さんのブログ『武田邦彦(中部大学)』からご寄稿いただきました。

「節約」ってなんだ? 他人に勧められるようなことか?(3)(中部大学教授 武田邦彦)

節約も3回目になりますが、少し立ち止まって考えてみたいと思います。

ある環境のシンポジウムで女性の大学の先生とご一緒の時がありました。その先生が「節約は大切だ」と言われるので、「私はこの歳になるまで女性の人で、環境のために節約している人を見たことがないのですが、先生はどのような方法で節約しているのですか?」と聞きました。

これだけでは唐突なので、「ある主婦が月30万円で家庭を切り盛りしているとします。家族で節約して27万円で済んだので、3万円を銀行に預けたとしましょう。銀行は金庫にお金を入れておくわけではなく、すぐ社長に貸しますから、そのお金は使われてしまいます。環境(資源の消費、電気の消費など)は誰が使ったかは関係がありませんから、それで30万円分は使われてしまいますね。また銀行に預けた人は後にそのお金を引き出して使いますから、結局33万円が使われます。ずいぶん、環境を汚しますね。」

「もともと銀行というところは社会のお金の回転を良くして消費(生産)を増やすためにある機関ですから、銀行に貯金するのは節約と反することです。つまり、現代社会では収入を減らす以外に節約する方法がないのですが、先生はどうされているのですか?」とお聞きしました。

その先生は誠実な方で、質問にはお答えにならず、真っ赤な顔になって下を向かれていました。「節約している」というのはウソなのです。節約しているといわなければ「良い子」になれないので、そういっているだけです。現実にはほとんどの人が「節約しよう」と言って、その実は「節約して余ったお金で「自分」が別のことをしよう」とか、「お金が足りないから節約しているだけ」ということに過ぎないのです。

私の経験ではお金持ちで節約している人はいません。年収300万円なら300万円を使うか貯金していますし、3000万円なら3000万円を結局使っています。だからしいて言えば、「節約している人」というのは収入の少ない人ということになりますが、「環境を大切にしなければならない。節約は良いことだ。それは日本文化だ」という人で「給料を下げてくれ」という人も見たことがありません。

知識人というのは中途半端に頭が良いので、「資源が足りないから節約しろ」というので、「アメリカも中国も節約していませんよ。日本人だけが節約してどうなるのですか?」とか「私は資源の専門家ですが、石油系の資源は1万年はあります」というと、「私は物質のことを言っているのではない。精神的なことなのだ」とそれまで言っていたことと180度ちがうことを言って、素早くすり抜けます。

その意味では、高給取りで知識人ほど「ウソ」をついて、自分は結果として物を多く消費しているのに、他人に「節約」を呼びかけるということをしているのですから、厳しく言えば「節約が大切だという人は偽善者だ」ということにもなります。

また、私たちはグローバリゼーションの中にいるのですから、他国とあまり大きく違うことをして苦しむことはないと思います。もし石油が枯渇するなら、アメリカや中国が節約しないと、日本人が節約しても全く意味がありません。というのは石油の生産量は日本人が節約しても変わりませんから、その分だけ中国人が使って楽な生活をしたり、国が栄えたりするからです。その意味で「世界的なもの」=石油の消費、温暖化阻止などは、日本が節約すればするほど、日本の将来は危うくなるのです。

人間が自然の中でつつましく生きるのは大切なことで、それを否定はできないと思います。でも、その人が生を受け、才能や生きがいを伸ばすうえで電気をつけたければつければよいし、アイスリンクを滑りたければ滑ればよいのではないかと私は思います。物を粗末に扱うことには賛成しませんが、でも人の人生、目標、満足のために適切にものを使うことは正しいと思うからです。

熱くて苦しいならクーラーをつければよいのですが、40歳代の女性で軽い労働をしている人なら発熱量が1700キロカロリーなら少し温度が高くても良いし、20歳代で忙しい若い男性なら3400キロカロリーも燃やしています。 頭脳を使っているときには25ワットがよけいに足されますから、勉強している人は熱く感じるので冷やしてやりたいと思います。

冷え性の女性が冷房に苦しむので、それは考える必要がありますが、自分の発熱量の2倍の発熱をしている男性のことも考えてあげて、男性が暑いという言い分にも耳を傾けてほしいと思うのです。つまり、男女の体の差や、生活の違いを相互に理解しあうのが本当の男女の関係と私は思います。

また、人の人生というのは「資源を節約するため、生きるだけのため」に生きているのでしょうか? たとえば、スポーツ、つまりラグビーでもサッカーでも、野球での意味がないと言えば意味がないのですが、やはりそれも人の生きがいになります。スポーツは原則として物質としては何も生み出さないので、超浪費と言えば浪費です。

歌でも、オーケストラでも「物を生み出す」ことはありません。しかし、スポーツも芸術もすべて「節約」に反するから「無駄」であるとか、「自分はスポーツが好きだから良いけれど、ほかのものはダメだ」ということになるのでしょうか? でも「人はパンのみで生きているのではない」と言われるように、人間の価値は生きることそのものより、浪費するスポーツなどが大切だと私は思います。

女性がケーキなどを食べていると、私は「なんて無駄なことをしているのだ」とおもいます。それが1つ500円と聞くとびっくりして、「お弁当が買えるじゃないか」と思いますが、その女性にとってはお弁当よりケーキなのでしょう。他人が自分のお金で好きなものを買っているのですから、無駄も何もないのです。

「自分と同じ生きがいを持て」、「自分がいらないからお前も使うな」ということにはならないと思うのです。そして私は科学者なので、どうしても「石油も資源も十分にあるし、地球は寒冷化していくのだから、なんでそんなに制限するの?」という疑問が融けません。

科学技術に携わるものとして、熱が高い子供を母親が吹雪の中を走るのなら、暖房の効いた自動車で病院に送ってあげたい、そのために私たちは技術をやっているのだという気持ちが消えません。物を大切にして分別する気持ちはわかるけれど、そんなことをしても資源の無駄使いになるし、もし分別が必要なら工業的に技術を作ってやります、個人の時間は楽しいことに使ってくださいと言いたい気持ちがします。どうしても分別しなければならなければ工場で分別すればよいので、なにも毎日家で分別する必要などありません。

中国の文化大革命のとき、「人民製鉄」という運動がありました。巨大な製鉄会社ではなく、国民が一人一人で自給自足をしなければならないので、製鉄所をつくるというので小さな製鉄所が膨大な数作られました。今は無残な残骸になっています。精神活動は時に重要ですが、バッシングを伴うような精神活動は多くの場合、人を苦しめるだけで無意味です。

ペットボトルのお茶が登場するまで、職場の女性はお茶くみが仕事でしたが、今では会議の時にはペットボトルで済み、女性がより重要な仕事ができるようになりました。牛乳瓶がパックになって使い捨てになり、朝早く起きて牛乳を配達していた人たちはもっと楽な仕事になりました。

一人一人の人がより楽しく、豊かで、充実した人生を送ってほしい・・・そのためにこそ私は努力してきたのに「節約」なんて・・・という気持ちは消えません。

無駄にものを使うということと、豊かで充実した人生を送るというのは決して相反することではなく、私たちはあくまでも「人」を中心とし、「物」を重視して人を殺すようなことをしないほうが良いと思います。「電気」はものですから、作ればいくらでもあるのですから、暗い生活より明るい生活が良ければ、お金の許す限り明るい生活をしてもらいたいものです。

執筆: この記事は武田邦彦さんのブログ『武田邦彦(中部大学)』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2014年01月08日時点のものです。

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