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『千日の瑠璃』481日目——私はゆとりだ。(丸山健二小説連載)

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私はゆとりだ。

厳冬のただ中にあって、少年世一の家族がこのところ日に日に強く感じている、確かなゆとりだ。私を根底で支えているのは要するに金銭そのものであって、決してほかの何かではない。しかしそれでも尚私は、肖り者となったかれらの精神の奥へ宗教のように深々と浸透し、父親も、母親も、姉も、世一と同様、ありふれた一日を堪能して過している。

すでにかれらは、焦燥の感に駆られるようなことはない。少なくともぎすぎすした会話は激減しており、逆に談笑の回数が増えている。今のところかれらの懐におさまったのはたったふたつの札束だが、その何倍もの現金と、それに見合うだけの幸福が冬の向うに待ち構えているのだ。一躍金満家にのし上がったかれらの姿が、雪の彼方に見えている。父親は金壺眼を己れのたるんだ五十数歳の腹に向けて、不足していたのは金だけだったことを思い知る。この惨たる男を堂々たる寝様にさせているのは、私にほかならない。

母親は、丘が丸ごと売れてその代金を受け取る瞬間を思い浮かべるたびに、喜悦のめまいを催している。姉はというと、林のなかで首を吊った莫逆の友を思い出して、「早まったものね」と呟き、「生きていればそのうちきっといいことがあったのに」などと、きいた風なことを言いながら風呂場で股を洗う。そして世一はセラミックの暖房機を入れてもらった自室で、青い鳥といっしょに今の幸福をさえずる。
(1・24・水)

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