『千日の瑠璃』471日目——私は経歴だ。(丸山健二小説連載)

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私は経歴だ。

荒れ果てた土蔵に住み着いて不摂生な生活を送る若者の、詐称された経歴だ。彼は、まほろ町を離れていた数年間を人に語るとき、それが放埒を極めた私生活であり、危険に満ち満ちた日々であったことを殊更に強調する。かつての級友と出会うたびに、こう言う。やりたいことはすべてやり尽くしたから、普通の人聞の五十年分は生きてしまったから、このあとのことは何がどうでも構わないのだ、と。そして彼は、皆が皆その話を信じてくれているものと思いこんでいた。

その数年間はというと、実際には今以上に単調だった。彼は、自動車の下請け工場でしか働いたことがなく、独身寮と、寮の近所のゲームセンターでしか遊んだことがなかった。そこでの彼がのべつ心にかけていたのは、身の置きどころについてだった。彼は常にそれを捜していたのだ。捜しても捜しても見つからぬまま歳月が流れ、新しい土地に馴れることもなく、遂には故郷への帰心が募り、それにつれてごく並の労働が過酷に感じられ、まほろ町に残し、まほろ町に忘れてきたものを捜しつづけるようになり、ある晩はたと思いあたることがあり、荷物をまとめて即夜出発した。ただそれだけのことだった。

ただそれだけなのに、彼は私を歪めてしか人に伝えなかった。だが、もはや私をまともに相手にしてくれる者はいなかった。そこできょうの私は、少年世一を相手にさせられた。
(1・14・日)

丸山健二×ガジェット通信

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