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『千日の瑠璃』466日目——私はリスだ。(丸山健二小説連載)

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私はリスだ。

ふさふさとした冬毛に覆われ、猛禽の奇襲を警戒しながらも、枝から枝へ無謀なジャンプを繰り返す、リスだ。春までの食糧をたっぷりためこんである私にとって、冬はむしろ最も優雅な季節なのだ。私はこれまで、太万打ちできないような寒さを一度も経験していない。また、塒まで埋められてしまうほどの大雪も知らない。雪の上に点々と落ちている血は、いつも私の仲間のものであって、私のものであったためしはない。

今朝方、冷えこみが大気をきらきらと輝かせる頃、私は久しぶりに少年世一の歌を聴いた。しかもきょうの世一は、イモリよりも上手に幹にへばりついている私のためだけに、その歌を歌ってくれたのだ。作者不明の歌を。だがまほろ町の住人なら誰でも知っている古い歌を。禍害を避けるための歌を。

ありのままの自然に即して生きることができなくなった人間どもにはおそらくわかるまいが、世一が人間以外の生き物のために歌う才能は生得のものであり、天の成せる麗質ともいえるものだ。雪に押し潰された全壊家屋を背にした世一が、何心ない様子で歌うその歌は、普段は至っておとなしい私の血を逆流させ、びくびくするばかりではない生き方も可能であることをそっと教えてくれる。

日が落ちてまもなく、雪がもたらす静寂よりも静かに襲ってきた梟に、私は痛烈な反撃を加え、ものの見事に撃退した。世一、万歳。
(1・9・火)

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