没後4年 氷室冴子作品の魅力をひも解く
6月6日は、作家、氷室冴子さんの命日だ。2008年に51歳の若さで亡くなってから、もう4年がたつ。ある年齢以上の方なら、彼女の名前に懐かしさを感じる人も多いのではないだろうか。
今のように“ライトノベル”などという言葉もなかった1980年代。集英社のコバルトシリーズに代表される一連の作品群は“少女小説”と呼ばれていた。主に女の子を主人公にし、また読者も若い女性をターゲットにした小説。多くの作家が生まれたが、のちに直木賞を受賞することになる唯川恵さんや角田光代さん(当時のペンネームは彩河杏)など、実力のある書き手も多かった。そんな中、女子中高生を中心に絶大な人気を誇ったのが、氷室冴子さんだった。
ひょんなことから一軒家に同居することになった男女三人の日常をコミカルに描いた『雑居時代』、思春期の男女の淡い恋心をさわやかに描いた『なぎさボーイ』と『多恵子ガール』、平安時代を舞台におてんばなお姫様の活躍をつづった『なんて素敵にジャパネスク』シリーズなどヒット作は多い。また、『恋する女たち』や『海がきこえる』など、映画化やアニメ化された作品もあるので、それらで知った方もいるかと思う。
彼女の作品の一番の魅力は、想像もつかないようなストーリー展開とテンポの良い文章だ。一度読み始めると、すぐにその世界の中に入り込み、思わず笑ってしまったり、知らず知らずのうちに涙したりすることもあった。しかし、作品の本質はそこではない。彼女の生み出す物語の根底には、人間ならだれでも持っているような、孤独への恐怖や迷い、嫉妬の感情などが流れている。それらを、コメディやファンタジーといった手法を用いて、見事に描き出していく。それこそが、氷室作品の真骨頂なのだ。
私の好きな作品に『シンデレラ迷宮』という小説がある。ある日、主人公の女の子が眠りから目を覚ますと、昔話の主人公が存在する不思議な世界にいた。その中で過ごすうちに、現実の世界で彼女自身が心の奥底に封じ込めた気持ちに気付いていく。二つの世界の出来事と、少女の心の動きをシンクロさせた名作だ。
この作品にも代表されるように、ある意味「女の子が読むお話だから」と、ただ楽しげにかわいらしく書くというのではなく、そこに秘められた“人の業”のようなものまで感じさせるのが、氷室さんの力量なのである。
ケータイもネットも出てこない、今から30年も前に書かれた小説でありながら、いま読み返してもみずみずしく感じるのは、誰のなかにも普遍的に存在する心の動きを描いているからだろう。
今回初めて目にしたという方も、昔読んだことがある方も、改めて“氷室ワールド”に浸ってみてはいかがだろうか。
※画像は集英社 コミックス・書籍検索サイト『BOOKNAVI』より(多恵子ガール)
http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=4-08-610719-8&mode=1
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