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Interview with Haruma Yanagisawa about SECTOR 2 in DISTRICT 24

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昨年、月島のTEMPORARY CONTEMPORARYにて開催され、5日間で約1000人の来場者を集めた「DISTRICT 24」。パリのコラージュ・アーティストJuliet Casella、NYのフィルムディレクターNadia Bedzhanova、同じくNYのフォトグラファーGrace Ahlbom、サンディエゴ出身のJulian Klincewixzと、フレッシュな才能で世界中から注目されるアーティストの作品を集約させたこのプロジェクトを企画し、見事成功させたキュレーター・栁澤春馬。来たる3月に第2回目となる「SECTOR 2 in DISTRICT 24」の開催を控えた彼に、自らのルーツや原動力、イベントの意義を語ってもらった。

——「SECTOR 2」を開催されるにあたり、どうしてこのようなイベントを行うようになったのかという経緯をおうかがいさせてください。栁澤さんのルーツは長野県なんですよね。

栁澤「はい。長野の超田舎の出身で、実家は山小屋を経営しています。山に登る人たちが泊まるホテルのようなものですが、小1〜高3まで毎週土日は山に上がってその手伝いをし続けていました。父親がすごく厳しかったので、登りたくないとは言えずにずっと続けていて。そんな風に育ちながらも、兄がファッションに興味を持っていた影響で自分も好きになって雑誌を見せてもらったりしていたんです。それが小3の時で、そこからファッションにどっぷりとハマっていきました。中3の時には自分で学校帰りに洋服買いに行ったり、行動に移し始めて。学校から1時間かけて電車で街に出て洋服を見たりしていましたね。土日は山に登っているし、平日は学校で使う機会が無いので、山小屋の手伝いの小遣いが100万くらい貯まっていたのですが服を買うようになってなくなりました(笑)。ファッションから必然的にアートや音楽にも関心が行くようになって、今に至るという感じです」

——小3からファッションというのはかなり早熟ですね。アートに関心が拡がり出したのはどの時期だったんですか?

栁澤「高校1年くらいです。自分の中で一番大きかったのは、ラフ•シモンズがアートに密接に関わり合っている人だと知ったことです。そういうことを全く知らないままに、初めて服を見て『このブランド、すごい』と思ったのがラフだったんです。2011年SSで彼がマルタン・マルジェラにオマージュを捧げたシーズンを発表しました。それに衝撃を受けて色々調べていきました。そこから、自分の好きな写真やアーティストに行き着いたんです。あとは文化服装学院に入学してアートに興味がある人たちが多かったのも大きいです」

——ファッションの分野に進むことに実家の反対はなかったですか?

栁澤「全くなかったですね。小5で母を亡くして、父に育ててもらったのですが、高3まで山に上げ続けていたというのは父の中で何かしらあったみたいで、『全部好きにやれ。お前にやりたいように生きればいい』と言われて。山小屋での仕事で人間としての基礎は学ばせたということだったのかもしれません。当時は遊びたくて嫌でしたけれど、こうやって自分で何かを作って人と何か関わるという仕事をしていると、本当にあそこで鍛えてもらって助かったなと思いますね。それが無かったら自分が思っている以上に人に迷惑をかけて生きていたと思います。山小屋での生活で忍耐力が培われ、辛い時にも踏ん張りのきく人間になることができました。また目上の人との関わり方について父に厳しく教えてもらって、それがいま本当に役立っているなと思います」

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