アメリカのジーンズを日本が救った? 意外と知らない歴史

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アメリカのジーンズを日本が救った? 意外と知らない歴史
J-WAVEで放送中の番組「ACROSS THE SKY」(ナビゲーター:玄理)のワンコーナー「DIANA Shoes NEW LOOK」。2月18日(日)のオンエアでは、洋服をとおしてアメリカと日本の関係に注目。ゲストにはファッションジャーナリストのデーヴィッド・マークスさんをお迎えしました。

■裏原宿の文化に驚き! 思わず卒論に…

デーヴィッドさんは、オクラホマ州生まれフロリダ育ち。2001年にハーバード大学東洋学部を、2006年に慶應義塾大学大学院を卒業。現在は東京を拠点にファッション、アートについて、さまざまな媒体に寄稿しています。そんなデーヴィッドさんが大学の卒業論文に書いたのは「裏原宿のファッション」だったそうです。

デーヴィッド:10代の頃はファッションに全然興味がなくて。アメリカ人は「アメリカが一番オシャレな国」と洗脳されてたんですけど(笑)、1998年に東京にきて、みんなのファッションがすごくオシャレということがわかって。『猿の惑星』をイメージした「A BATHING APE」のTシャツがほしくて、原宿で3時間並んで7000円で買ったんです。アメリカではTシャツもジーンズも2000円くらい。だから、ジーンズを3万円で売る裏原宿の文化にびっくりしました。ハーバードに戻って先生に話したら「卒業論文のテーマにしたら」と言われて、裏原宿のマーケティングについて卒論を書きました。

デーヴィッドさんは昨年、著書『AMETORA(アメトラ) 日本がアメリカンスタイルを救った物語 日本人はどのようにメンズファッション文化を創造したのか?』(DU BOOKS)を上梓しています。同書を書いた理由を訊きました。

デーヴィッド:2008年からアメリカのメンズウェアで日本のブランドが注目されたんですけど、なぜ日本のブランドがアメリカの伝統的な洋服を作っているのか、みんな裏話を知らなかったから。(中略)日本人が作ったアメリカン・トラディショナル(アメトラ)が、世界のブランドに影響を与えている歴史のプロセスが面白いと思ったんです。

■最初は真似だった…日本におけるジーンズの歴史

本場アメリカからみた、日本のジーンズカルチャーのユニークな点について、こう話します。

デーヴィッド:60年代に日本で最初にジーンズを作ったのは、岡山県の児島という小さな町。学生服を作っていたけれど、売上が悪くてジーンズを作りはじめて。アメリカの生地やアメリカのミシンで真似をして作るんですが、70年代にはデニムが段々いいものになり、80年代にはアメリカのクオリティが悪くなり、日本のブランドが「セルビッジデニム」を復活させました。狭い織機で作るクオリティが高いデニムなのですが、アメリカでは最後の工場が閉鎖され、今は日本の工場でしか作ってないんです。3〜4万円のジーンズという文化は、日本ではじまったんです。

最後にデーヴィッドさんが注目している日本人デザイナーを伺うと「日本の洋服は60年代〜90年代まで、ただの真似だと思われていましたが、中村ヒロキさんの『visvim(ビズビム)』とか、鈴木大器さんの『エンジニアド ガーメンツ』とかは、ただの真似じゃなくて、歴史をよくわかってて、クリエイティブで革新的ものとして尊敬されています。メンズウェアの世界では神様みたいな存在です」と2名のデザイナーを挙げて絶賛していました。

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【番組情報】
番組名:「ACROSS THE SKY」
放送日時:毎週日曜6時−9時
オフィシャルサイト:http://www.j-wave.co.jp/original/acrossthesky/

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