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SUPER BUTTER DOGの刹那の輝きをパッケージしたファンクの名盤『FUNKASY』

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ハナレグミが通算7枚目となるニューアルバム『SHINJITERU』を10月25日にリリースする。そこで今回は、彼、永積タカシのキャリアのスタートであるバンド、SUPER BUTTER DOGのことを取り上げてみよう。レキシとしての活躍の他、今や役者としても一般層にその名を轟かす池田貴史も在籍していたファンクバンドでもある。彼らの音源を聴き、その歩みを振り返ると、そのバンドとしての成り立ちと進化・深化が実に興味深いことが分かる。
『これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!』 (okmusic UP's)
バンド活動とソロ活動と…

ずいぶんと前の話になるが、過去にバンドを組み、その解散後、シンガーソングライターとして活動しているアーティストにこんな話を聞いたことがある。「ギター1本で歌っていると自分のタイミングでテンポを変えることができるけど、バンドではそれができない。バンドでは自分が欲しいと思う音を他のメンバーに出してもらうことができるけど、独りではそれができない。悩ましいところだ」。細かいところは忘れたが、確かそんな主旨だったと思う。バンドが嫌だからソロをやるとか、ソロでは限界があるからバンドを組むとか、そういうことではなく、どちらにも長所があって、こっちがいいとは一概に言えない──そういう話だったと理解している。我々はとかく醜聞に目が行きがちなので、バンドが解散する時はメンバー間に軋轢が生じた…といった話に収めがちだが(そういう理由で解散するバンドもたくさんあることもこれまた間違いないが)、そのバンドではできないことをやりたくなって活動を休止したり、解散したりするケースもあるということだ。最近だとバンドはそのままに、そのメンバーが新しく別のバンドを立ち上げることも少なくなくなったが、それも上記のケースに含まれると思われる。
メンバーの誰かひとりがリーダーとなってそのバンドを引っ張る、所謂ワンマンバンドであれ、そうではなくて各人の意向が反映されるバンドであれ、メンバーがふたり以上いれば大なり小なり、そういうことは起こり得る。バンドが自己主張を旨とするアーティストの集合体であれば、どこかで解散するというのは自明の理であり、それは仕様がないことなのであろう。古今東西、傍から見て「何で解散しちゃうんだろう?」と思ってしまうバンドもいるだろうが、そう考えると分かりやすい。要するにそのバンドでの生産性がなくなったわけで、続けることが前向きではなくなったということである。そのバンドが活動を前向きに捉えられなくなったとすれば、極論ではあるが、活動休止や解散はむしろ歓迎すべきことなのかもしれない。そう考えると、(これまた無理やりな論法であるが)解散したバンドが過去に制作した音源の貴重さが増すと思う。その音源は、二度と同じことができない、まさに刹那の品であり、そのバンドが遺した結晶のようなものであると言える。その瞬間にしか産めなかったケミストリーを味わえる、まさしくレコード(記録)なのである。
演奏の気持ち良さを追求

いつも以上に強引に話を持ってきたが、今回取り上げるSUPER BUTTER DOG (以下SBD)はまさしく前向きに(?)解散したバンドではないかと思うし、彼らが遺した音源は当時の輝きをそのままにパッケージしている。SBDは1994年、永積タカシ(Vo&Gu)と竹内朋康(Gu)を中心に結成。2人の学生時代の後輩であったTOMOHIKO(Ba)、そして竹内の地元の仲間、沢田周一(Dr)と池田貴史(Key)に声をかけ、さらには山口めぐみ(Vo)を加えて、活動を開始した。1997年にアルバム『FREEWAY』でメジャーデビュー。翌年には2ndアルバム『333号室』を発表し、1999年には山口が脱退するものの、3rdアルバム『Hello! Feed☆Back』をリリースと、極めて順調に活動を展開していった。しかし、永積は、少なくとも当時はプロを目指すような気持ちはなかったようで、「ライヴハウスでライヴができて嬉しい」といった捉え方をしていたという。また、池田も「バンドは楽しかったけれど、職業にしようとは考えなかった」と結成当時を振り返っている。当時、クラブで働いていたこともあるという竹内はその頃の音楽シーンの流れを感じていたのでは…と後に永積は振り返っているが、それにしてもバンドとして大きな野心はなかったようである。これは想像だが、極端なことを言えば、初期のSBDは演奏の気持ち良さを追求したバンドだったのではなかろうか。
今も残るスリリングなパフォーマンス

音源毎にファンク色を強めていったSBD。その中でもっともファンク度数が高いと言われるのが2000年に発表した4thアルバム『FUNKASY』だ。本作を聴いても、このバンドがいかに演奏の気持ち良さを追求していたのかが分かる。顕著なのはM2「FUNKYウーロン茶」とM11「エ!? スネ毛」だろうか。前者は中華音階を使用したオフビートなポップチューン、後者はハードなサウンドアプローチで迫るロック的な楽曲だが、いずれも8分を超える所謂長尺のナンバー。当たり前のことだが、各人のプレイが積み重なって楽曲が構成されているのがよく分かるし、そのことを強調しているのは間違いない。同じフレーズが続く箇所、所謂リフレインも多いが、それはグルーブ感を産み出すためのものだろう。M2で途中ミディアムにテンポを落としているのもそのためだったと思われる。『FUNKASY』には、M4「日本男子」やM8「ボーイ風なガール」といったポップチューンも収録されていて、その辺がSBDらしさであり、単なるファンクバンドでなはい所以であろうが、基本的には演奏が前面に出ており、各メンバーの自己主張が折り重なっていくことで、楽譜で表されるようなものだけではない、この人たちでしか表現できないことを求めているように思える。グイグイとドライブしていく印象のM3「セ・ツ・ナ」、M5「FUNKY 労働者」、M9「Rainyway」もそうだが、ミディアムで少しムード歌謡風味のM7「Midnight ついてない-都会花編(プラタナス)-」の間奏など、随所でスリリングなパフォーマンスを聴くことができるアルバムである。
フワッとした自己主張

『FUNKASY』の歌詞を見てみると、ここでもこの時、バンドが過渡期というか、曲がり角だったというか、ターニングポイントだったというか──そういう時期にあったことも推測できる。

《怒ることぁないじゃん なぐることぁないじゃん/ほめたつもりがネジレ伝わった/あれ…ま やっちまった なんかひどいこと言った?/「ちがうんだ」つっても 裏返るばかり ハイ断念/コミュニケーションブレイクダンサー/DAN DARI DOO WA DEE/目と目だけで通じ合えりゃ こんなこたぁないのに/悩むこたぁないのに》(M1「コミュニケーション・ブレイクダンス」)。

《「行くぜ!」っても 何言えばいーんですけ?/そりゃねーつど 腹立つこともあんです/でも ハテ? それが何だって言うんで/テヘヘつって 話し出してみたこって》《ダラ~空っポ Yeah More 飽きが来まっせ/ダラ~空っポ Yeah So 色あせまっせ/ダラ~空っポ Yeah More 習慣でもって/ダラ~空っポ Yeah So 忘れてこうネ Ah~~~~~セツナ しみてくわ~~~~~セツナ》(M3「セ・ツ・ナ」)。

《ちょっと話 聞いてっかい?/涙ながら 語った恋/ハナクソホジリ 聞くんじゃなーい/その手で髪 さわるのねー?/わかってますよ 他人ごとさ/ホットドッグかじって うまけりゃそれでいんだろーよ》《右耳で話を聞け! 左耳手でふさげ!/お口はとじていろ! うまくなぐさめてよ……ねぇ》(M10「コラ!」)。

結論から述べると、語感を強調したポップな言葉使いが目立ち、一聴するとまったく意味をなしていないような気もするが、「“コミュニケーション”・ブレイクダンス」とはよく言ったもので、そこには確実に意思伝達の意志がある。しかも、そこには何かしらの意味がありそうではあるが、それを強調するのではなく、そこはかとなく…というか、フワッと乗せている。

《降り続く 冷たい雨のせい/足あとだらけの アスファルト/僕のふみだす 先なんて/だれかが描いた 物ばかり》《夢に見た街は どこにある?/今日もバス停で 順番待ち/たくさんの傘に うもれた僕を/君は見つけて くれるかな》《見つけてくれるかな/気づいてくれるかな》(M9「Rainyway」)。
理想的に見える発展的解消

上記のような、後の「サヨナラCOLOR」にも通じるような、シンプルで余白の多い歌詞もあるにはあるが、数は少ない。それがSBDのバランスだったのであろう。

『FUNKASY』発表後、SBDは各地のフェスに出演してその名を広めていき、2001年には名曲「サヨナラCOLOR」、5thアルバム『grooblue』をリリース。2002年にはライヴアルバム『ラ』を発表するが、バンドとしての活動を休止する。永積はハナレグミを、竹内はRHYMESTERのMummy-Dとのユニットであるマボロシを、池田はそれ以前からサポートをしていた中村一義とバンド、100sとして活動を開始。TOMOHIKOも沢田も他アーティストのツアーやレコーディングに参加した。その後、2006年に復活するも2008年に解散を発表するわけだが、解散理由については、当時、発表された竹内のコメントがかなり雄弁に物語っていると思う。
「この度、SUPER BUTTER DOGは解散することとなりました。「出会いあれば別れあり」と言われるように、ミュージシャンは出会いと別れを繰り返す。むしろ必然的なことで、そうやってどんどんデカいミュージシャンに成長していくと僕は信じています」(竹内)。
一旦、バンドを離れてソロ活動をやったことで、各自、アーティストとしてミュージシャンとして新しい方向性を見つけたのだろう。SBD結成した当時、少なくとも野心的なものはなかったという永積や池田にしても、現在のハナレグミや、池田のソロユニット、レキシの活躍をみれば、それが分かるし、永積はSBD解散理由を以下のように述べていたが、そのコメントもそれを裏付ける。
「五年ほど休憩して新たにはじめた 一年の中で やはり 埋まらない 五人ではうまくバランスのとれない 気持ち 情熱 熱量 が 自分の中にもメンバー 一人一人の中にもあることに気づき うむ  ふむふむ これは きちんとはっきりせねば お互い次の大切な人生にキッチリ進めないなぁ と 確信して、話し合いをして 決めました」(永積)。
発展的な解消であったことは間違いない。解散後もメンバー同士の交流はあるようで、人間関係において決して変な軋轢があった様子もないし、理想的な解散があるとしたら、それは彼らのような形だと思う。
TEXT:帆苅智之
アルバム『FUNKASY』
2000年作品

<収録曲>

01. コミュニケーション・ブレイクダンス

02. FUNKYウーロン茶

03. セ・ツ・ナ

04. 日本男子

05. FUNKY 労働者

06. Blackpage

07. Midnight ついてない-都会花編(プラタナス)-

08. ボーイ風なガール

09. Rainyway

10. コラ!

11. エ!? スネ毛
 (okmusic UP's)

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