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ビールのふるさと札幌で日本のビールの魂に触れる/現地特派員レポート

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 【TABIZINE 現地特派員による寄稿】 
 
日本におけるビールの歴史など知らなくても、そのノドごしに何ら影響するものではありません。ビールは舌で味わうのではなく喉で味わうのだ、とだれかが言っていました。ましてや頭で味わう必要など全くないわけです。

ほんとうにそうだろうか。それを確かめるために、札幌にあるビールの故郷を訪れてみるのはいかがしょう。ビールに情熱を傾けた一人の男のことを知ると、考えが変わるかも知れません。

ビールのふるさと札幌で日本のビールの魂に触れる
新千歳空港からJRに乗って札幌駅に近づくと、進行方向右手の街並みの上に煉瓦造りの赤い煙突が天高く聳えているのが目に入ります。

そこに白い文字で「サッポロビール」と大書されている。これを見ると、ああ札幌に帰ってきたなあと、道産子は思うわけです。ちょうど東京に向かう飛行機の窓から富士山が見える感覚でしょうか。

ビールのふるさと札幌で日本のビールの魂に触れる

サッポロビールの歴史は意外と古い

かのトーマス・グラバーと岩崎弥太郎が発起人となって麒麟麦酒の礎を作るよりも早く、明治9年には札幌の開拓使が日本人による初のビール造りに着手しています。そういうわけで知る人ぞ知るあのサッポロビールの★印は、開拓使のシンボルマークでもあるのです。札幌におけるビールの歴史は意外に深い。

札幌には「サッポロファクトリー」(中央区北2条東4丁目)というのがあって、映画館などを備えた大型の商業施設を展開しています。そして、旅するあなたに今回ぜひ訪ねていただきたいサッポロビール生誕の地でもあるわけです。ただ、札幌駅からは少し距離がある(徒歩15分ほど)せいか、地元以外の観光客からはスルーされることが多いようです。

実は、こちらはJRの列車から見えたあの煙突の場所とは正反対の方向にあります。ちょうど室蘭本線を挟んで双子のように対峙する形で建っている。右手に見えていた方は、サッポロビール札幌第二工場。サッポロファクトリーの方は、ビルの影でよく見えない。どちらも同じくらい古い歴史があります。

サッポロファクトリーと永山武四郎邸

サッポロファクトリーのすぐお隣に、北海道庁の二代目長官となった永山武四郎の旧邸宅(中央区北2条東6丁目)が残されています。足の便の悪いサッポロファクトリーまでせっかく来たのですから、まずはこちらを訪れてみることにしましょう。

ノーブルな顔立ちの永山武四郎は薩摩の出身で、西南戦争が起こったときに郷土の英雄、西郷隆盛と戦うために屯田兵を率いて北海道を発ち、九州を転戦した経歴があります。その功績もあっての北海道庁二代目長官というわけです。この方が長官になる前の年に、開拓使麦酒の生産が開始されています。

ちなみに永山さんは今回のビール物語の主人公ではありません。ただ、長官殿は仕事帰りに、「ちょっと工場の様子を見てくる」とか言っては頻繁に味見していたんじゃないでしょうか、証拠はないけど。

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西南戦争で獅子奮迅の戦いをしたのは、主に会津出身の屯田兵だったといいます。戊辰戦争の仇を討ったのだろうと考えられています。そうではなく、むしろ北海道での再起に命をかけていたという見方もあります。しかし、戦後彼らの功績が報われることはほとんど無く、薩摩出身の士官たちだけがその恩賞にあずかったようです。

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訪れた秋にはギンドロの葉が、輝く裏面を見せ石畳に散っておりました。
入口は、三菱が増設した洋館側にあります。

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邸内(入場無料)を見学して思うことは、冬は寒そうだなあという素朴な感想。一応二重窓になっていますが、管理人の方の話によると、後の造作ではないかということ。出来た当初は一枚のガラス窓のみということか。それでも屯田兵の住宅に比べればかなり立派です。明治の入植者たちは大変だったと思います。

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ビールのふるさと札幌で日本のビールの魂に触れる
続いてサッポロファクトリーの建物(全天候型のアトリウム)を抜けてサッポロビール札幌第一工場跡に行ってみましょう。この工場は1989年まで操業を続けていましたが、恵庭の工場に拠点が移され博物館的な役割とサッポロファクトリーの敷地として生まれ変わったわけです。

ビールのふるさと札幌で日本のビールの魂に触れる
サッポロファクトリーアトリウム

明治のビールを味わう

ビールのふるさと札幌で日本のビールの魂に触れる
すぐに目に入る赤レンガの旧工場建物、レンガ館1Fに「ビアケラー札幌開拓使」というかつてのビール貯蔵庫を用いた雰囲気抜群のレストランがありますが、同じ建物にある札幌開拓使麦酒醸造所でも、できたての「開拓使ビール」を250円でいただくことができます。

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日本のビールの父

この開拓使ビール、幕末に薩摩藩からイギリスに留学した村橋久成(むらはしひさなり)という方が作り上げたといいます。彼が英国に渡ったのは、かの長州五傑から遅れること2年の1865年のことでした。22才の久成はしかし、あまりのカルチャーショックに精神を病んでしまったといいます。繊細な彼の病んだ心を癒したのはロンドンのパブのビールだった、かどうか。村橋はわずか1年でロンドンを去りました。

明治になって村橋は開拓使に入り、当初東京に作られる計画だった開拓使ビール工場を札幌に置くことを主張し、それは認められました。やっぱり北海道ですよね。マッサンも理想のウイスキーを作るために北海道に来たわけですから。

一口にビールといってもいろいろありますが、村橋の手がけたビールにはドイツのビール製造技術が用いられています。今の日本のビールの主流であるラガー(下面発酵)です。

明治の男たちの北海道開拓にかける情熱を思い浮かべながら250円の開拓使麦酒を飲むのがよいでしょう。喉越しもさることながら、豊かな風味が口中から鼻腔へと広がってゆくのを感じます。
非業の最期を遂げた村橋久成の功績は近年になって見直されるようになり、2005年、北海道知事公館前に胸像が建てられました。なかなかのイケメンです。

さて、ここまで来たらビールの力を借りてもう一歩き(約15分)し、サッポロビール札幌第二工場(札幌市北区北7条東9丁目1-1)にも行っちゃいましょう。ビールの勢いでどんどん北に歩いて高架線路の下を越えれば、例の煙突が見えてくるはず。

サッポロビール博物館

こちらの建物は明治22年に製糖工場として建てられたものが、後にサッポロビール札幌第二工場となりました。北海道におけるビート(甜菜=テンサイ)糖生産の歴史遺産的建物でもあります。もうちょっとで重要文化財の指定を受けるところだったようですが、大人の事情で施設側が辞退したそうです。

サッポロビール博物館は、日本における唯一のビール博物館といいます。とにかく外観がすばらしいので、廻りをしばし歩いてみたいところ。施設の敷地は広々として、レストランやショップなどもあり、お隣にショッピングモールのアリオ札幌が建っていて市民の憩いの場にもなっています。

ビールのふるさと札幌で日本のビールの魂に触れる
ビールのふるさと札幌で日本のビールの魂に触れる
ビールのふるさと札幌で日本のビールの魂に触れる
ビールのふるさと札幌で日本のビールの魂に触れる

博物館内の見学

博物館入り口から入って内部を見学します。博物館の見学は、ガイド付き見学ツアー(有料:テイスティング付き500円)と自由見学(無料)の二種類があって、どちらも最後に有料で試飲を行うことが出来ます。
有料の見学ツアーは事前に予約(TEL 011-748-1876)しておく必要がありますが、自由見学は予約不要です。ただし創業当時(開拓使ではなくサッポロビールの創業)のビールを復刻した復刻札幌製麦酒は、ツアー参加者のみが頂けるようです。

ビールのふるさと札幌で日本のビールの魂に触れる
館内で、昔懐かしいサッポロビールのポスターを発見しました。「男は黙ってサッポロビール」も、ありました。三船敏郎さんでしたね。

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歴史を感じる博物館でサッポロビール創業に関わった大倉喜八郎だの渋沢栄一だのという明治時代の立役者のことなど、じっくりビールの歴史を勉強した後は、併設されているビール園でジンギスカンとビールで賑やかにいきましょう。「学び」した後のビールの味は、また格別のはず?

[旧永山武四郎邸]
[サッポロファクトリー]
[サッポロビール博物館]

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