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『ファミコン』が日本を駄目にした論について

政治・経済・社会
シロクマの屑籠

今回はp_shirokumaさんのブログ『シロクマの屑籠』からご寄稿いただきました。

『ファミコン』が日本を駄目にした論について

私が小学生ぐらいの頃、周囲の大人たちは以下のようなことをよく言っていた。

「任天堂は、『ファミリーコンピュータ(以下ファミコン)』で日本の将来を駄目にするだろう」

もちろん私は『ファミコン』が大好きな小学生だったので、こうした大人たちの言葉が面白くなかったし、「任天堂がなくなってもセガが頑張るから結果は同じだ」と反論していた。この“『ファミコン』が日本の将来を駄目にする”論に限らず、その後も“テレビゲームの悪影響”は手を変え品を変え、指摘され続けてきた。例えば“ゲーム脳の恐怖”といった具合に。

あれから二十年以上の時が流れた。

セガはともかく、任天堂は世界を代表するゲーム会社の一つとなり、“プライベートな空間でゲームを楽しむ”という文化習俗をもたらした *1 。任天堂のライバル会社たちも様々なゲームをリリースし、最近はソーシャルゲームも流行っている。現場の昼休み、作業員がスマートフォンやケータイでゲームを弄っているぐらいには“プライベートな場所でゲームを楽しむ”という文化習俗は定着した。もはや、ゲームは子どもとオタクだけのものではない。

で、日本は駄目になったんでしょうかね?

年配の人たちから見れば、“ゲームのせいで駄目になった”ように見えるかもしれない。“飲みニケーション”や“付き合い”より小さなディスプレイでピコピコ遊ぶほうを優先させる“いまどきの若者”の姿は、年配の人たちから見れば駄目っぽく見えるかもしれない。「いい歳してゲームなんかやっているから結婚できないんだ」「ゲームなんかやってないで車を買ってドライブしろ」という台詞も聞こえてきそうである。このような人たちから見れば、任天堂をはじめとするコンピュータゲーム会社は、“日本の若者を駄目にした戦犯”という風にうつるだろう。

『ファミコン』なら一人でも遊べる

ところで、どうして『ファミコン』は売れたのだろうか。“面白かったから”は言うまでもない。だが、『ファミコン』だけが面白い遊びだったわけではない。当時、よくできたボードゲームもたくさんでていたし、集団での外遊びにはコンピュータゲームには代替できない面白さがあった。ほかにも草野球の類とか、色々やっていたと思う。

けれども、その『ファミコン』は他の多くの遊びにはない、特別なメリットを隠しもっていた。ボードゲームも、ケードロも、草野球も、どんなに面白くても一人では遊べない。けれども『ファミコン』なら一人でも十分に遊べる――この“一人でも遊べる”というのは、大きなアドバンテージだった。

ただ、『ファミコン』がでて間もない時期は、この“一人でも遊べる”というメリットは、それほどメリットとして意識されていなかった、と記憶している。『ファミコン』がでた当時、まだ子どもは“遊びはみんなでやるもの”という習慣を身につけていた *2 ので、“友だちの家に集まってみんなで『ファミコン』をする”というスタイルが流行っていた。少なくとも私の周囲では、そのようにして『ファミコン』を遊んでいたし、『マリオブラザーズ』『キングオブキングス』のような複数名で遊べるゲームはことのほか重要視された。また、『チャンピオンシップロードランナー』のような難しいゲームに、皆が集まって知恵をだしあうような場面もあったと思う。

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