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陽気なイメージとは真逆だった…「サルサ」のルーツ

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J-WAVEで放送中の番組「American Airlines MUSIC FLIGHT」。(ナビゲーター:サッシャ)。カリブ海からニューヨークへ渡り開花した、ラテンミュージック「サルサ」。11月12日(土)のオンエアでは、その中でもプエルトリコ系のアーティストが中心となって盛り上げた、「ニューヨーク・サルサ黄金期」を特集しました。

詳しいお話をお聞きしたのは、“ラテンの伝道師”そして“エル・カミナンテ(物事を追求する人)岡本”こと、音楽ライターの岡本郁生さん。そもそもニューヨークでサルサが誕生したことには、「カリブ海とニューヨークの関係」がすごく重要なのだそう。もともとスペイン領だったキューバとプエルトリコですが、1898年に起こった米西戦争でアメリカがスペインに勝利。そのとき、キューバ、プエルトリコなどがアメリカ領になりました。

そういった経緯もあり、20世紀に入ったすぐの頃から、ニューヨークに仕事を求めてカリブ海から多くの人々が移住しました。そんなときに起きたのが、1959年の「キューバ革命」。これにより、キューバとアメリカの国交が断絶します。

「すごく単純な言い方をすると、キューバからニューヨークに来ていた最新ヒット曲が来なくなる。そういうことも一つの要因として、ニューヨークにいる人たちは独自の音楽を作らなくちゃいけないということになりました」(岡本さん)

アメリカに住むキューバ、プエルトリコからの移民たち、特に英語が話せなかったラテン系の人々は酷い差別を受けていました。そんな中、1960年代に突入すると、黒人たちが人権を求める「公民権運動」が活発化。その影響を受け、「自分たちの民族のアイデンティティを見つめ直し、新たなラテン音楽を作ろう」ということで、誕生したのが「サルサ」でした。

サルサというと陽気な音楽なイメージがありますが、誕生の裏にはすごくシリアスなストーリーがあったのですね。そのため、ラテン系の移民たちにとってサルサは、「これを聞いて明日もがんばるぞ!」という“人生の応援歌”と呼ばれているそうです。

そんなサルサの黄金期は、1960年代後半から70年代。オンエアではその当時に活躍した、
「ニューヨーク・サルサの申し子」といわれるウィリー・コロン、その歌声を聴くだけでプエルトリコ人たちは故郷を思い出すという「歌手の中の歌手」、エクトル・ラボー、「ハウスミュージックの源流」を作ったジョー・バターンなどが紹介されました。

岡本さんにとっても「元気づけられる音楽というか、疲れて家に帰ってもニューヨーク・サルサを聴くと元気になって、『明日もがんばろう』と思える音楽」だそう。同番組サイトでは、この日のプレイリストを掲載。一部の曲には、世界的DJジャイルス・ピーターソンのコメントもありますので、元気がほしい! という方はぜひチェックしてみてください♪

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【番組情報】
番組名:「American Airlines MUSIC FLIGHT」
放送日時:毎週土曜 21時ー21時54分
オフィシャルサイト:http://www.j-wave.co.jp/original/musicflight/

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