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不思議で”あるある”なご近所ストーリー〜川上弘美『このあたりの人たち』

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 斜め前は、飼い猫もそうでない猫もたくさん集まってくる猫屋敷と呼ばれるおうち。正面は、新しくて大きな家。お隣は、某宗教団体の集会所にもなっているお宅。私が幼少期のほとんどを過ごした、東京・中野にあった家の近所である。ベタベタした関係ではなかったが、あいさつはもちろんのこと、おすそ分けし合ったりいざとなれば子どもを預かったりする程度の助け合いは当然という感覚で暮らしていた。いまや都会におけるご近所づきあいの希薄さについては改めて語るまでもない事実として受け止められていると思うが、現代でもまだまだあるところにはあるものだと思う(都会にしても実際のところ、高齢者や子どもが家にいたりするとなんだかんだで身近に顔見知りが増えることも多いし)。

『このあたりの人たち』は、とある町に住む人々を描いた連作短編集である。出版元であるスイッチ・パブリッシング社のサイトを見ると、本書の紹介ページには「このあたりってどのあたりかというと、こういう町に住むのっていいかも、とあなたが思うあたりです。」という柴田元幸氏の推薦コメントが載せられている。ただ個人的には、正直この近所に住みたいという希望は特にない。危なそうな動物や人間も多そうだし。

 例えば、「演歌歌手」で描かれる赤井の家で飼われている犬のクロ。人に噛みつく凶悪な犬で、しょっちゅう誰かに怒鳴り込まれるというのに「赤井も赤井のおかあさんも平気な顔をしていた」という。それでも、かなえちゃんの隣の隣の家に空き巣に入ろうとしていた泥棒を捕まえてからは、周りもちょっとだけクロに対して寛容になった。

 また例えば、「八郎番」で描かれる敷島家の15番目の子ども(女7人・男8人きょうだいの末っ子)である八郎。子どもが多すぎて敷島家で育てきれなくなったため、町内の家で順繰りに八郎を居候させているのだ。大食らいで(食費がかさむ)、素行が悪く(ひんぱんに呼び出される)、理屈っぽく口ごたえをしいちゃもんをつける(言わずもがな)という、さんざんな子どもだ。いいところといえば、ハーブを育てるのがうまいことと、彫刻が得意で長じて建築士になり八郎番をした家の改築や建て直しを安く請け負ったことか。

 あれ、クロも八郎ももしかしてけっこういいやつ? これくらい破天荒な動物や人間なら、そういえば昔もいたかも…と思ってしまったり。そもそもご近所づきあいって度合いの差はあれ、面倒なものだ。私が住んでいたところだって、私はうれしかったけど猫アレルギーの祖母にとって猫屋敷はやっかいな家だったろう。また、一度も勧誘されたことがなかったからこそ常識的におつきあいを保っていられたが、宗教に入信しているお宅が毎週末に会合でがやがや騒がしくなるのをうるさいと思わなかったといったら嘘になる。それでも、お互いに不自由をしのびつつ、いざというときには手をさしのべ合う関係を今となっては懐かしく思う。

 こういった”ご近所あるある”なリアリティに加え、不思議テイストが盛り込まれているのも川上作品の魅力だ。「犬学校の校長先生」(って何だ?)とか、「影じじい」(なんで影が二つあるんだ?)とか。よくよく考えれば、「八郎番」という制度だって、けっこうな現実離れ感である。地に足が着いているような、ふわふわ浮遊しているような。川上ワールドを体験するにはぴったりの一冊といえよう。

(松井ゆかり)

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