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宇多田ヒカル、衝撃のデビュー作『First Love』。 日本の音楽シーンの新世紀はここから始まった!

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先日、宇多田ヒカルが9月28日に通算6枚目のオリジナル・フルアルバム(タイトル未定)を発売することが発表された。詳細も分からぬままに2カ月以上も前から音源発売が一般告知されることもなかなかないが、2008年3月にリリースした『HERAT STATION』以来、実に8年半振りの新作。さらには10年12月以来、アーティスト活動を休止して、“人間活動”に専念していた国民的シンガーソングライターの本格始動とあっては、それも当然なのかもしれない。99年、まさしく彗星の如く登場し、瞬く間にシーンの話題を独占した天才少女、宇多田ヒカル。その衝撃のデビュー作を振り返る。

邦楽史上最高セールスという金字塔
宇多田ヒカルは、美空ひばり、山口百恵らと並んで日本の芸能史にその名を残す女性シンガーである。何しろ、99年に発表した1stアルバム『First Love』が765万枚以上のセールスを記録して日本歴代1位なのである(870万枚以上との説もある)。音楽ソフトと有料音楽配信の売上は07年をピークに下落し続け、現在では全盛期の半分となった市場規模を鑑みれば、今後、少なくとも1作品のCD・レコードのセールスがにわかに突出することは考えづらい。この記録が抜かれることはないだろうし、その名は未来永劫まで語り継がれることは間違いない。無論、彼女のすごさはそうした数字的な因果だけではない。小室哲哉が「ヒカルちゃんが僕を終わらせたって感じ」と言ったとか、つんく♂が宇多田ヒカルを聴いて「これは敵わないと思った」と言ったという話もある通り、大袈裟に言うと、宇多田ヒカルの出現以前と以後ではシーンは様変わりし、多様性(寛容性?)がグッとアップしたような印象がある。具体的に言えば、今や当たり前となり、シーンになくてはならないと言ってよい“日本のR&B”は、彼女が居たからこそ隆盛を誇っているジャンルなのではないかとすら思う。本稿執筆のために『First Love』を聴き直してみて、ここに収録されているサウンドは今やスタンダードとなっているが、それ以前は所謂クラブカルチャーにおいてはポピュラーではあったものの、一般大衆に深く根差していたかというと未だ微妙な頃ではあったことを思い出した。まぁ、800万枚も売れればどんなものでも大衆的になるわけで、宇多田が売れたから日本のR&Bが確立されたのか、日本のR&Bが確立されたから宇多田が売れたのか、“卵が先か鶏が先か”みたいな話ではあるが、いずれにせよ、宇多田ヒカルの出現時期が芸能史の転換点であったことは否定できないであろう。
宇多田ヒカルがシングル「Automatic/time will tell」でデビューしたのは98年12月。そろそろ20年が経つ。「Automatic」の歌詞《七回目のベルで受話器を取った君/名前を言わなくても声ですぐ分かってくれる》にある“七回目のベル”や“受話器”、あるいは“声ですぐ分かってくれる”の意味が分からない世代も少なくないという記事をどこかで読んだ。確かに、今は電話のベルも鳴らないし、受話器なんて言い方をしないし、そもそもどこからかかってきたか分からない電話に出る人もほとんどいない。20年間という歳月はそういうものであることを激しく認識させられる。しかし、約20年経つが、宇多田ヒカルがデビューした時の衝撃は昨日のことのように覚えている。個人的には彼女からの直接的な衝撃を受けたというよりも、あらゆるメディアがこぞって取り上げ続けた、狼狽にも似た狂騒は今も忘れられない。ラジオではある時期まで毎日「Automatic」がかかっていたし、もしかすると1番組1回くらい流れていたかもしれない。つぶさにワイドショーや週刊誌をチェックしていたわけではないが、ものすごい頻度で彼女の名前が取り上げられていたことも思い出す。16歳のバイリンガルの帰国子女が作詞作曲を手がけて、かつてない楽曲を作り出し、しかもその子は往年の演歌歌手、藤圭子の娘だったということで、宇多田ヒカルは当時、この上ないトピックになったのだろう。デビュー時のプロモーションはラジオ出演に限定していたということで、これが偶然だったか演出だったかは定かではないが、そのミステリアスさも話題に拍車をかけたとも思われる。

クラブシーンからの潮流
そんな芸能的なトピックも手伝ってデビュー曲で宇多田ヒカルは一気にブレイクしたわけだが、話題だけでミリオンセールスを記録するほど、今も昔も音楽シーンは甘くない。これで音楽性が愚にも付かないものなら、「Automatic」はともかく、「Movin’ on without you」「First Love」がそれに続くことはなかっただろうし、伊達や酔狂でアルバム『First Love』が史上最高セールスを記録するはずもなかった。やはり彼女の音楽的センスがずば抜けてすごかったことがブレイクの最大の要因ではある。そこは後述するが、その前に、当時の音楽シーンの影響も見逃せないところではあるので若干触れておきたい。その流れとは、ズバリ、UA、MISIAからの流れである。UAの4thシングル「情熱」がスマッシュヒットしたのが96年、MISIAのデビューシングル「つつみ込むように…」の発売が98年。いずれもチャートリアクションは好調で、一般層にもその名を知らしめたが、これらによってR&Bやソウル・ミュージックの空気感やグルーブが世間に浸透していったことは、直接的ではないにしろ、99年の宇多田ヒカルのブレイクに寄与したところはあるようだ。地ならしされていた…と言うと、どちらにも語弊があるだろうが、そうではなく、すでに盛り上がっていた日本のR&Bシーンにひとりの天才少女が現れたことで、“駆け馬に鞭”というか、“帆掛け船に櫓を押す”といった状態になり、一般大衆を巻き込んでいったという見方もできるのではないかと思う。

コーラスを含めた歌唱の確かさ
彼女のビブラートをかけた歌唱法に、聴く人にヒーリング効果を与えると言われる“1/fゆらぎ”があるという話もある。それゆえにリスナーの心を掴んだのだと。まぁ、そういうことがあるのかもしれないが、彼女の歌のすごさはバックトラックでのコーラスワークを聴けば十分な気がする。M3「In My Room」、M5「甘いワナ 〜Paint It, Black」、M7「Never Let Go」──ウイスパー、ハイトーン、フリーキーなシャウトと、いずれもタイプこそ異なるが、いや、タイプが異なるゆえにヴォーカリストとしての非凡さを如何なく確認できる。個人的に注目したのはM12「Automatic -Johnny Vicious Remix-(Bonus Track)」 だ。14年に発売された『First Love-16th Anniversary Edition-』では本編に収録されずボーナスディスクに収められた、まさしくボーナスであるのだが、リミックスであるがゆえに、オリジナルよりもバックコーラスが強調されているような作りになっている。ビートも効いているせいか、元曲ではフワフワとしていた音像もシャープになり(若干エフェクトがかかっているかも?)、歌も迫力が増しているような印象もあって、聴いていて非常に心地良い。驚くべきは、このコーラスは全て宇多田本人がやっている上に、そのアレンジも本人が手掛けているということだ。発売時、御年16歳。レコーディング時には15歳であったのだろう。今となっても、その事実の前にはぐうの音も出ない。

バイリンガルならではの革命的リリック
彼女のメロディーメーカーとしての非凡さはここで説明するまでもないだろうが、その洗練されつつも叙情的な主旋律への言葉の乗せ方にも、当時の多くのリスナーが度肝を抜かれた。

《声を聞けば自動的に sun will shine》《アクセスしてみると 映るcomputer screenの中/チカチカしてる文字 手をあててみると/I feel so warm》(M1「Automatic」)。

《悩んだって仕方ないよ/I just can’t control the time/この長いRunwayから青空へTake off!》(M6「time will tell」)。

《I’m searching for you my dear/In theまわるいろ模様》(M9「Another Chance」)。

日本語も英語もネイティブというバイリンガルならではの特徴を最大限に活かした──と言うよりも、おそらくそれすらも意識していないと思われるシームレスな言葉の使い方は、日本芸能史における偉大なる発明のひとつと言えるだろう。桑田佳祐、佐野元春、あるいは岡村靖幸以来の衝撃だったし、70年代初頭の“日本語ロック論争”をいとも簡単に一蹴するような手法でもあったと思う。

《最後のキスはタバコの flavor がした/ニガくてせつない香り》(M4「First Love」)。

“匂い”でも“香り”でも、ましてや“味”でもなく、“flavor”。どうしてこういう言葉のチョイスができたのか。天才の所業は凡人には分からないが、このメロディーに最も合うのは“flavor”であることは疑いようがない。少なくとも大衆に認知された手法やテクニックの中で、この発明を超えるものまだ現れてないと思う。

(本稿作成にあたって、DJ yanatake氏の宇多田ヒカル論をかなり参考にさせてもらった。『DJ yanatake 宇多田ヒカル』で検索すると氏の論説を見聞きすることができると思うので、ぜひ探していただきたい。この拙文よりも的確で素晴らしい)。

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