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『西遊記』は日本の音楽シーンを進化させたスーパーバンド、ゴダイゴの大傑作

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吉井和哉が12月9日にカバーアルバムシリーズ第2弾となる作品『ヨジー・カズボーン〜裏切リノ街〜』を発表したばかりだが、その収録曲の中にゴダイゴの「ガンダーラ」がある。オリジナルと大きく変わらないバンドアレンジで、カバーと言うよりもコピーと言ってよい仕上がりに、思わずゴダイゴへの惜しみないオマージュを感じざるを得ない楽曲である。そんなわけで今回の邦楽名盤列伝はゴダイゴを取り上げたい。ロビンだけでなく、数多くのアーティストに多大なる影響を与えた偉大なるレジェンドである。

1978〜79年の快進撃
街を歩いていても、家に居ても、とある楽曲が聴こえてきて、「最近、この曲、よく聴くなぁ」なんて思った経験は誰にでもあるだろう。ミリオンセールスが少なくなった今でも、まだまだよくあることだと思う。俗に言うヒット曲。例を挙げれば枚挙に暇がないが、古くはジュリーやピンクレディー、小室ファミリーもそうだったし、最近ではEXILEや嵐を思い出す。個人的に最も印象に残っているのが1978〜79年のゴダイゴの快進撃だ。1978年の「ガンダーラ」「モンキー・マジック」、1979年の「ビューティフル・ネーム」「銀河鉄道999」「ホーリー・アンド・ブライト」と、かなり大袈裟に言うと、当時はゴダイゴの楽曲を聴かない日がないほどであった気がする。
こんなことがあった。1979年の夏休み。当時中学生だった筆者は友人とともに街に遊びへ行ったところ、ラジオ番組の公開録音現場に出くわした(公開生放送だったかもしれない)。そこで番組で流す曲のリクエストも受け付けていた。「そういうことなら…」と友人と示し合わせて、当時大ヒットしていた「銀河鉄道999」と書いて所定の箱に用紙を投函。番組の開始を待った。そのうちに、前説だったか番組パーソナリティーだったか男性が登壇して諸注意と曲のリクエストを募ったのだが、彼はこんなことを言った。「どんどんリクエストをください。今、あの何とか鉄道とかいう曲ばっかりですので他の曲もお願いします」と。未だいたいけな中学生だった我々は何か悪いことに加担した気がして、肩を落として静かにその場を立ち去り、以後、ハードコアパンクしか聴かなくなったという…というのは嘘だが、何だか恐縮してしまったのは事実。壇上の方も「銀河鉄道999」のリクエストばかりで、辟易していたのだろう。今になればそれもわかる。毎日「××××××」(編集部註:自主規制)を聴かされたら自分もそうなる。ただ、当時はそれだけ皆、特に子供たちはゴダイゴが好きだったし、それほど街にあふれていたということである。

ドラマ『西遊記』との出会い
ゴダイゴの結成は1975年。「ガンダーラ」「モンキー・マジック」で大ブレイクするまで3年を費やしている。この間、CMソングや映画のサントラなどで一定の評価を受けていたものの、いまひとつパッとしなかったのは英語詞が関係していたらしい。今の音楽ファンは信じられないだろうが、その昔は英語詞というだけでレコードを出させてもらえないとか、デビューさせてもらえないことが多々あったという。いや、90年代ですらそうした慣習が残っていたわけで、この頃には関係者に相手にされるような話ではなかったことは想像するに難くない。ゴダイゴにはスティーヴ・フォックス(Ba)、トミー・スナイダー(Dr)という外国人メンバーが2名在籍していた上、北米での生活が長かった奈良橋陽子女史がプロデューサー兼作詞家であったことで、今で言うグローバリゼーションのあるバンドであり、むしろ英語詞の方が自然で、おそらく変に意識することなく英語で歌っていたのだろう。しかし、CMや映画ならまだしも、そのままの姿勢で所謂チャート上で闘えるほど時代は成熟していなかった。そんな彼らのもとにドラマの音楽担当のオファーが届く。サントラに加えて、オープニング、エンディングまでを手掛けるという。それが日本テレビの開局25周年ドラマ『西遊記』であった。
ウィキペディアで調べたら、このドラマ『西遊記』は「(放送された)1978年は日中平和友好条約が調印された年であり、当時としては画期的な中国ロケが中華人民共和国中央広播事業局の協力のもと行なわれた。放送枠は、NHK大河ドラマと同じ日曜夜8時であり、ひけをとらないようにと当時の金額で10億円の予算が投じられた」とある。彼らのエキゾチックな音楽性が認められたとはいえ、そんな超大作ドラマの音楽担当にゴダイゴが起用されたことは大抜擢だったと言っていい。エンディングテーマ曲「ガンダーラ」は日本語詞という依頼で、これを歌うことには若干の抵抗感はあったということだが、オープニングテーマ「モンキー・マジック」は英語詞。これは同ドラマの海外販売という戦略があってのことだったろうが、それはゴダイゴにとって僥倖であった。開局25年記念番組ということで、このドラマ『西遊記』は事前の宣伝告知も相当なものであり、筆者も「何かすごいドラマが始まる!」とワクワクして放送日を待っていたような気がする。そこで流れてきたオープニングテーマの躍動感と、日本人俳優が演じる『西遊記』で英語詞という無国籍感にカッコ良さを感じたものだ。同じように感じた子供たちも少なくなかったであろう。そこで潮目が変わった。いや、潮目どころではない。これは大袈裟でも何でもなく、そこが時代の転換点となったのであった。

難解さを飲み込んだ大衆性
そのドラマのサウンドトラックでもあった『西遊記』は、それと同時にゴダイゴ通算3枚目のオリジナルアルバムであり、最もセールスを記録した作品でもある。プログレ、サイケ、ブルース、ソウル、R&Rと、ゴダイゴのバンドとしてのポテンシャルの高さをしっかりとパッケージしている上、M2「ガンダーラ」も英語バージョンになり、全編英語詞のバンド本位のアルバムであるとも言える。しかし、難解さ、マニアックさはほとんど感じられない。いや、例えばM1「THE BIRTH OF THE ODYSSEY〜MONKEY MAGIC」の冒頭、約1分間にもおよぶ電子音のイントロはまさにプログレ的で、そのスリリングな様子はカッコ良いのだが、(特に当時は)万人受けするフレンドリーなものではない。また、M3「ASIATIC FEVER」で聴かせるロックサウンドも結構洋楽的なアプローチだし、タイムラグなく曲がつながっているM4「WE’RE HEADING OUT WEST TO INDIA」〜M5「THANK YOU, BABY」はその様からしてサイケデリックだし、M7「HAVOC IN HEAVEN」での若干変拍子気味の間奏のグイグイ迫る感じはマニアックと言えばマニアックだ。だが、「これ見よがしではない」と言えばいいのか、M1「THE BIRTH OF THE ODYSSEY」も実にいい頃合いで「MONKEY MAGIC」につながるし、その他のサウンドにしても決して歌の主旋律を邪魔することなく配されている。プログレであり、サイケであるのだが、難解でないのだ。これはタケカワユキヒデ(Vo)とミッキー吉野(Key)という両メインコンポーザーが作るメロディーラインが親しみやすく、キャッチーなものであることにも起因することは明らかだろうが、もっと言えばそのメロディーとサウンドのバランスが絶妙だったことが大きな勝因だったと思う。
耳に残るメロディーはもちろん、シンセサイザーを大胆に導入しつつもアジアンテイストあふれるサウンドは、熱心な音楽ファンでもあまり聴いたことがないものだっただろう。だからこそ、自分も含めて当時の子供たちはゴダイゴに夢中になった。ウィキペディアにもゴダイゴのヒット曲を指して「これらのヒットはとりわけ低年齢層に受け入れられたためである」とある。異論はない。しかし、子供だからこそ、それまでになかった音楽に敏感に反応したとも言える。“子供だまし”という言葉があるが、俗に言う“子供だまし”なものにこそ子供は簡単にはだまされない。俗に言う企画もので後世に残るヒットがないことがその証左である。ゴダイゴは上記の通り、マニアだからこそ奏でることができる音楽を鳴らし、真っ向からではなくドラマのサントラという迂回路線ではあったものの、邦楽シーンに分け入った。そこでブレイクしたのは、そのサウンドがプログレやサイケデリックをベースにしたものであり、歌詞が英語であったからこそ…であったと思う。ゴダイゴはそれまでなかったものだからこそ、ウケたのだ。これは間違いないと思う。その後のゴダイゴは、ユニセフ国際児童年協賛曲「ビューティフル・ネーム」、 映画『銀河鉄道999』のテーマソング、ドラマ『西遊記II』のエンディングテーマ「ホーリー・アンド・ブライト」を発表し、前述の通り、時代の寵児となった。そればかりか、90年代半ばに小沢健二がゴダイゴへのリスペクトを公言して以降、モロにゴダイゴを神と崇めるバンド、MONKEY MAJIKが登場してヒット曲を連発するなど、ゴダイゴが日本の音楽シーンに及ぼした影響は甚大であることがわかってきた。EXILEが「銀河鉄道999」をカバーし、それが今や彼らの代表曲になっているに至っては、ゴダイゴの偉大さを痛感せざると得ないのである。

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