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新しい笑いの境地をSFに切り拓いた田中啓文の話芸に酔う

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 田中啓文の”笑い”は独特だ。そろそろ本気でこの独自性を示す言葉を考えたほうがいい。

 初期の筒井康隆がスラップスティック、横田順彌がハチャハチャを旗印としたように、田中啓文らしさを象徴するタームがほしい。でないと、アホらしいとかクダラナイとかしょーもないとか形容するしかないじゃないか。いや、ほんま、アホらしくてクダラナクてしょーもないんですけどね。それが至芸に達していて、次から次に読みたくなるから始末におえない。

 もちろん、田中啓文は笑いだけのひとではなく、日本推理作家協会賞受賞作を含む《永見緋太郎の事件簿》シリーズなどのミステリ、映画化された『水霊 ミズチ』などのホラー、落語を題材とした《笑酔亭梅寿謎解噺》シリーズ、本格SF『忘却の船に流れは光』と、それぞれに面白い。しかし、彼のエッセンス、というか独自性(ワザの冴え)がもっともくっきりと出るのは、ギャグSF短篇だろう。本書は2000年から2013年までに発表された12篇が収録されており、その多くに諧謔・滑稽・駄洒落が渦巻いている。

 いちばん笑ったのは「血の汗流せ」だ。ぼくらの年代ならこのタイトルがスポ根アニメ『巨人の星』の主題歌の一節だとすぐわかるし、元の歌詞の「血の汗」が譬喩だとも承知している。それをあえて字義通りに突っ走ってしまうのが、田中啓文の無鉄砲だ。主人公は高校の野球部の新入部員。彼はほかの部員が来る前のグラウンドで猛特訓をし、瀧のような汗を流す。その汗がすべて血だ。ぴゅーぴゅー出血して顔色が蒼白になりながらなお練習をやめない。彼の名は星吸魔(ほし・きゅうま)。

 名前だけでネタがわかる。この熱血高校球児は、練習で出血したぶんの血を夜な夜なひとを襲って補っているのだ。すぐに元気いっぱい、翌朝の練習が待ち遠しい。気力が充実すると種族の習性どおりに月を見あげるのだが、なぜか口を突いて出る叫びは「海のバカヤローッ!」である。

 こんな話を書いていて作者はバカらしくならないかと不思議だが、田中啓文の筆はためらいもはじらいもなく調子がどんどんあがっていく。ストーリーやアイデアだけ取りだせば悪ふざけにしか見えなくとも、それを駆動させるスタイル(言葉のセンス)があって、ネタ単体ではなくネタとネタが次々と結びつき、ネタネタネタッタッタッタタタッタタタッと相乗して、なんだかワケのわからない世界が出現してしまう。これはなに? 散文? 戯文? あっ、啓文か!

 小説のスタイルを評論的に扱うのは野暮の極みなのだが、文章表現だけを見ても〔黒田節で一升入りの大杯から酒を飲む場面のように豪快な飲みっぷり〕とか〔オオアリクイが蟻塚の上に落とされたようなもの〕とか、不思議なイメージ喚起力がある。オオアリクイ云々は懲罰のはずが褒美に転じてしまう事態をあらわしたものだ。星吸魔と彼の恋人である「血のマリア」は甲子園を血に染め(文字通り)、最後の審判(文字通り)に付される。この場面、忘れずに(?)アンパイアとバンパイアの地口が繰りだされる。ベタやなー。

「血の汗流せ」にヒケをとらずトバしているのが、「ガラスの地球を救え!」と「本能寺の大変」。前者は、実物大で武器装備の宇宙戦艦ヤマトをはじめオタク妄想を具現化した宇宙テーマパークが舞台で、地球を狙う異星人を人類が迎えうつ。後者は、明智光秀の謀反で絶体絶命となった信長を救うべく、金金(きんこん)教の秘儀によって巨大猿と化した羽柴秀吉が駆けつける。この作品は、現代の本能寺跡における発掘調査で巨大な大腿骨が発見されるところから話がはじまり、結末でまたその場面へと戻ってくる枠物語になっている。枠の部分にもネタがふんだんに仕込まれていて、まるで耳まで美味しいピザのようだ。こってり満腹。

 この短篇集にはギャグ作品だけでなく、シリアスな傾向も数篇も入っている。「みんな俺であれ」は、脳機能を代替する外部装置〈サブブレイン〉の普及を描いたポストヒューマン・テーマのショートショート。自由意志を俎上にあげている点で、以前に(9月1日更新分)紹介した『伊藤計劃トリビュート』収録の王城夕紀「ノット・ワンダフル・ワールズ」と共通する。興味のあるかたは、ぜひ読み比べてください。

「あの言葉」は、圧政を覆そうとテロを試みるも失敗し、そこから表舞台の政治へと転じた活動家が過去を顧みる。時間遡行という小道具こそ用いられているが、基調はビターなハードボイルド。こういう小説も書ける作家なのだ。

 過去を顧みるという点では表題作の「イルカは笑う」も同じだが、こちらは視線がまっすぐではなく、人類のふるまいを見つめてきたイルカたちが、人類の最後の生き残り(彼は冷凍睡眠のために時代をスキップしてしまった)に歴史を語りきかせる形式だ。イルカの声には癒やしの効果があり、物語にしっとりした風情さえただよう。ああ、これは人類が消えた地球を犬たちが継承するクリフォード・D・シマックの『都市』みたいな良い感じの物語なんだと思って読むのだが……。なんと、この衝撃の結末は! もう笑うしかない。

(牧眞司)

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